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ヒトの情報収集の仕方は、確実に移り変わってきた。

しかし、いつの時代も、その情報収集の仕方は何であれ、

情報がヒトの行動に影響を与えた、歴史を動かしてきた。


ヒトはどうやって情報を収集し、取捨選択し、考え、検討し、判断し、実現してきたか。


例えば、有権者としてのヒト。政治を動かす清き1票。

 ヒトはどういう政治家を推薦するか。

 「自分」にとって都合が良い政治家だ。自分の生活を豊かにしてくれる政治家だ。

 ヒトには、今現在、1票が権利として、国から与えられている。

 そのとき、政治家という情報を収集し、取捨選択し、考え・・・が必要だ。


例えば、消費者としてのヒト。買い者としての、ヒト。

 欲しい、から、他の買いたいモノを我慢して、それを買う。

 情報を収集し、検討し、判断し、買う。

 そもそも、「欲しい」はどうやって発生するものなのか、については別途考えたいのだけど、

 買う目的、何のために買うのか。

 なぜ、それを選ぶのか。本当にその目的を達成するための「買い」者なのか。


例えば、恋愛家・恋愛者としてのヒト。

 数ある異性の中から、特定のヒトを「好き」になる。

 そもそも、「好き」はどうやって発生するものなのか、については別途考えたいのだけど、

 あまり目的意識はなくて、ただ「好き」になる。

 もちろん、「好き」になられた側は、「好き」になってもらうという目的のため、

 緻密なマーケティング活動を行っていたかもしれない。


このように、ヒトには様々なタイミングで、情報収集をしている。




ヒトが動いている、物事が動いている、という感覚を

肌で感じる「中央」。

それに対して、

まるでとまっているがごとき、の「地方」。


この外環境の差異が、ヒトに与える影響について考えたい。


確かに、世の中は動いている。

時勢という波に揺られながら、確かに動いている。

問題は、この時勢をどうやって、自分なりに捉えるか、という点だ。


自分なりの定点を持っていること。

結局、外環境はどうであれ、これが重要だが、

「時勢」は、どこにあるのだろう。


日経の中に? 中央に? アメリカに? 首相に? 7時のニュースに? ネットに?


自分自身の極めて抽象的な、直感・感覚・本能的な時の流れ。

昔はどこに何が「あって」、今は何が「ある」といった地理的・空間的な変化。

昔は何が「起こって」、今は何が「起こっている」という出来事的な変化。

 移動の仕方について

 情報取得の方法について

 戦争の仕方について

 政治のあり方について

 モノの獲得方法について

 結婚のあり方について

 コミュニケーションの仕方について・・・ 各人間の行為・事象へフォーカスした変化。


おそらく、どれだけ各分野における変化を捉える。

色々な分野に精通し、そして常に視点を切り替える。

 これが「時勢」を自分なりに捉える方法だと思う。

どこから手をつけるか。


 味方はどこにいるか。

   改革派・変革派はどこに?

   政治家?経営者?


   ・・・結局、老人(高齢者)が有権者層として数多くいるので、

     民主主義からしたら、まず負けるよね。保守派に・笑

     だから、やり方を考えないとな。

     20代~40代を対象にしないといけん。

      みんな札幌?東京行った?残った人達は、楽観主義者か 笑

   

     味方がいない、とすると?

     孤立?

     1人でどうやる?

     経営者の金儲けに、プランを出してやっか。

     ここのライフスタイルを東京に売りに行くか?


   ・・・老人がもうちょっとハイセンスだとなぁ。

     次の時代を見据えた老人がたくさんいればなぁ。

     次のかっこいいこの街を見据えている老人がいればなぁ。

     その「次のビジョン」を俺が語り、ヒトの考えを変えていく以外ない。

     

 その味方はどういう活動をしているか?

   都市計画?

   観光事業?

   ブランド戦略?