このコーナーの最後に、すべての人は、,今現在どんな状況にあろうとも天国に住んでいるし、死んでも自分が最も住み心地の良い天国へ行くと云うことです。

天国でも地獄でもまた現実界に於いても、人はどこまでも自由意志で生活をしており、たとえ病気であっても貧困にあえいでいても、その心は歓喜にあふれ(人の魂の基本は歓喜である)、天国そのものになっていると言います。

モグラは、地中がお気に入りの住処であり、地上での生活は苦痛を感じるどころか生活はできません。鳥は地上を住処とし、魚は海中が一番の住処とします。植物もそれは同じ事なのです。

我々が天国は良い所だと言ったところで、居心地の悪い人も沢山います。前に地獄の霊達の顔は半分欠けていたり、骸骨のように醜い姿をしている。と書いてはいますが、それはあくまでも天国の光に照らされて、そのように見えてるだけであり、地獄の霊の間では普通に見えているのです。

以上のことからも、およそ霊界やこの現実界の在り方、又は考え方が自ずから推測出来るかと思います。

例えば、お隣どうしで、長い間境界線争いをしているとします。すると周りで見ている人達は争って当然と感じる人もいれば、その争いが地獄の光景に映る人もいます。

争っている当人は歓喜にあふれて境界線争いをしているのです。

何故かと云えば、争いが本当に嫌であれば争はしないからです。

すなわちその争いが当人にとって歓喜にあふれる天国なのです。

ボルグが、霊界でどうしても引き合わせなければならない、天国に住んでいる霊と地獄に住んでいる霊を下層天国で合わせたのですが、要件が終われば地獄から来た霊はそこは居心地が悪く、すぐに地獄へ戻っていったそうです。

このように、人は自分の現在理想とする環境を作り上げ、その環境がどのようであろうとも(病気や貧困であっても)、一番の天国的住処であり、そこで生きるとして生きているのだと言います。


天国は、一言で言えば他人の喜びは自分の喜びであり、万人の喜びは一人の喜びで、一人の喜びは万人の喜びである。

人のために尽くし、その喜びが自分の喜びとなる。

この様に言えば、何で俺が! 私が! 天国まで行って、そのようなことをしなければいけないの? 俺は嫌だ!! 私は出来ない!!そのようなことをするぐらいなら天国へ行きたくない!! では当然のごとく天国行きの資格はない。否、このようなことは天国へ行ってするようなことではなく、この世ですでに喜びに満ち溢れながら、当然のごとく行っていなけれは゛天国へとゆく資格や切符は、受け取れないと云うことでもある。

人の上位にいることを望んだり、地位や名声、又は金品を得ることにこの世の喜びを感じたり、又それ等を望むようでは天国行きはむつかしい。

天国から下がるにつれ、自我の世界となり、俺が! 私が! となり、又人の不幸が面白いようでは、地獄へと堕ちていっても、天国の扉はなかなかに開いてはくれないのだと言っている。

ボルグは、生前、常日頃から次のような言葉をよく引用したり、人に聞かせていたそうである。

聖書に「結婚式に参列するには、それなりの服装をして行かなければならない」このように書けば何の説明なく、すぐにご理解戴けると思いますが・・天国に行きたいなら、生前天国へ行くべき生活態度であらねばならない。と云ったことです。・・・次は最終で

天国で星として輝いたり、又はのんびりとくつろいでいないのなら、一体どの様な過ごし方をしているのか興味深いことでもあります。

天国界の住人の中には、他の惑星から来ている、いわゆる宇宙人も多く居ると言っている。

今でこそ宇宙人の存在を信じている人達が多くなってはいますが、スエーデンボルグは250年前に、すでにこのことを霊界日記に記述している。それだけに我々の考えも及ばない街や建物や風景等々は筆舌に尽くせない素晴らしさであるのだと云う。

現在の地球上でも、霊界からの生まれ変わりの他に、外宇宙から飛来した魂が生まれていると云われている。

それはさておき、天国界の住人はほとんどが若くその姿は輝いており、年齢でいえば25.6歳位で一見して男女の区別は無いという。

それは男性の良い側面と女性の良い側面を兼ね備えているからだと云い、現実界で老いて死んでも霊界では、現実界にいた時の一番輝いていた時に戻っているのだと記述している。

そして、その人達が元来持ち合わせている資質に合わせ、各団体の組織に所属している。

教育に関する団体、政治に関する団体、宗教に関する団体、科学等々、ありとあらゆる団体を形成し、その中心に行くほど団体の中心的な存在になっており、そしてこの宇宙や地球上に住む人達に少なからず影響を与えているのだという。・・・次は⑫で

天国もやはり三層に分かれているとは、前にも紹介しました。

最上界、中天国、天国、この下は霊国(やはり三層になっている)といった言い方をしており、その下が地獄界ですが・・・

そもそもこの天国界とは、一般的に私達が思っているような天国の感じ方とは少し違っているようです。

私達が一般的に言ったり、又は思われている天国とは、有り余るお金で、海外旅行を楽しんだり、のんびり温泉旅行したり、うまいものを食べ、好きな物や、好きな洋服を買える生活等々・・ 

ああ! これこそ天国じゃ!! ではないと云うことです。

そもそも天国界では食べなくて良いし、思っただけで服装も着れるし、思いのままに地球はおろか宇宙の果てまでも飛んで行ける世界なのです。上記の様な事も多少は許されると云ってはいますが、ほとんどは怠慢とみなされています。

最初にスエーデンボルグが天国界を訪ねた時、その素晴らしさに驚いた彼が、天国の住人に尋ねた興味深い話があります。

「この様に素晴らしい世界に来れる人達は現実界にいた時によほど良い行いをした人達に違いないと思うのですが、どの様な事をしたのか教えてほしい」と質問したのですが、天国の住人は一様に首を傾げ驚きの表情を浮かべ、一体何のことを言っているのか分からないといった仕草をしたと云う。「良いこととは?」・・(例えば人を助けたりとか・・)「困っている人を助けたりするのは、ごく当たり前のことで別に良いことには当たらないと思うのですが・・」と答えたと云う。

天国界でごく当たり前の事を、自分は良いことをしている・・・と云ったレベルでは天国行の切符は到底戴けないと云えるのです。・・・次は⑪で

地獄へと堕ちてゆく霊は悪霊(悪人)に決まってはいるがそもそも「悪霊は善とは何かを理解している。しかし、悪とは何か! をまったく理解していない。それだけではない、本物の悪霊ともなれば、悪などと云うものが存在している事さえ知らない」

彼らは悪とは何か?はもちろん、悪なるものが存在している事さえ気づいてはいない。それだけに彼らの凶悪さは一層手に負えないものになっている。彼らにとっての善とは悪であるので話がややこしい。

彼の行った地獄で「突然一人の悪霊が飛び出してきたかと思うと、町のあちこちから、いづれも醜怪な顔つき(顔が半分なかったりガイコツの様な顔等々)の凶霊達が何百何千と集り、その口々から、怒り、憎しみ、恨み、ののしり合いながら、最初の飛び出してきた男を打ったり石をぶっつけたりこずいたり、又眼や歯に棒切れや指を突っ込んで彼をいじめぬいている。

彼の悲痛の叫びと瀕死の表情は、彼等の狂暴さを一層かりたてるだけで、彼に対する残虐さはよりひどさを増すのだと云う。

しかし、これは単なる描写にすぎず、実際にこの光景を目の当たりにすれば、筆舌につくし難く、この数十倍いや数百倍の恐怖を感じ、ほとんど気絶せんばかりであったと云う。

ただ一つ、この地獄にいる凶霊達の共通した特徴があると云う。

地獄にいる凶霊がいかに狂暴であろうと、どこか生気に欠け屍のような"死" の印象を持っていることだと云う。

これは彼らが霊界の真の生命の根源である、霊界の霊流とのつながりを持っていない為だと云っている。つぎにゆく天国の光景とは・・・次は⑩で

地獄はこの世での悪行に対する刑罰の場所であり、あらかじめ牢獄等々がある所だと思っている人達が多くいるが、決してその様な場所ではない。

スエーデンボルグは生涯独身であったのだが、本来であれば義理の兄にあたるはずであった、当時ヨーロッパで最も発明に優れた科学者であったポルヘムという人物を霊界に訪ねた。

霊界で見た彼は、暗い部屋の中でこの世にいた時と同じく、新しいものを発見すべく研究をしていたという。その部屋は彼の棺の中で自分の骨の上に座っていたそうである。

この様に、人が死んでも現実界で生きていた心のあり様とほとんど変わりなく、生きるとして生きているのだと云う。

先の宗教指導者であった人達が堕ちている地獄は,まだましなほうで、地獄の下へ行けば行くほど、ひどい世界で在るのだという。

地獄も他の天国界や霊界と同じくそこにいる霊たちの表象能力(創造力)で作り出される世界なので、その霊達の表象能力が貧相や貧弱なものであれば,そのように作り出される世界でもある。

その中でも、地獄界の霊達が作り出す世界の住居や町や樹木等々は、全体的に薄暗く光と云えば、たき火か硫黄を燃やした様な薄明りであり、樹木と言えば奇怪な形をし、町中が糞尿をまき散らした様であったり、又はゴミだらけで鼻を刺す気持ち悪い悪臭が漂っているのだという、さらに下へとさがってゆくと・・・次は⑨で

スエーデンボルグは霊界で、この世にいた時に多くの宗教界のリーダーであった人達に実際に会っている。

マホメット、パウロ、ダビデ、聖アンソニー、ルーテル等であるが、この中でマホメットだけが辛うじて天国へ行っているそうである。そのマホメットも女性に変装した龍に誘惑され、天国行の可能性を試されたが(その様な気持ちが多々あった)それを何とか拒絶し辛うじて天国へ行っていると云う。

しかしダビデは現実界にいた時に、自分を神と崇めさせることに狂奔し地獄へと堕ちているが、この地獄でも自分を神と崇めない者達を高い所から放り投げて下へと落としているそうである。

パウロも自分が神になりたかった霊で、説教する時も利己的な自己愛を捨てられずに地獄行きとなっている。

又宗教改革で知られていルーテルにも会ってはいるが、彼もさほど立派な霊にはなっていないそうである。

最悪なのは、元ローマ教皇であったベネディクトウス一四世であると云う。彼は呪術師でもあり、宗教の最も悪い部分(自分は神により力を与えられた人間と思い込む)を身につけており、霊界でも策略などを好む地獄の西の方へと連れていかれ、そこでどちらがづる賢いかを地獄から呼び寄せられた、最も悪巧みにたけた呪術師と競い合いさせ、結果どちらとも甲乙つけがたいほどづる賢いのが分かり、二人してもっとも最悪の地獄へと堕ちていったそうである。・・・次は⑧で

人は良いことをすると天国へと行き、悪いことをすれば地獄へと行く。と一般的に思われてはいるが、実際の天国と地獄はその様にはなっていない。

良いこととは現実界において徳を積むことである。例えば多くの人達を金銭的に救う、または多くの人達を宗教的に目覚めさせる。

又は、科学者が多くの人を豊かにする発明や発見をして、世の中に貢献する。又は政治家が世の中を良くしたり、経営者がお客や従業員等を豊かにする。このようなことは確かに悪いことではない。

この様なことを行えば現実界では「与えたものは与えられる」カルマの法則により、自身が豊かになり、周囲の人達に称賛はされるだろうが、だからと言って天国には必ずしも行けない。

その証拠にと言ってはなんなのだが、世界的に有名な宗教指導者が地獄に堕ちているし、反対に、かの有名なヒットラーは天国へ行っているという。≪神との対話≫ニール・ドナルド・ウォルシュ著

え! 嘘ぉ!と思われるのは当然である。どこかに於いて人は勝手に?(自己の考えに戸は立て得ない)人を判断したりするところがある。

繰り返しになるが、天国や地獄(霊界)はその人の(霊的な又は潜在的な)本質や本性で存在しており、この世で尊敬されたり,又は立派である等と思われたり,すぐれて賢い人である。と思われても、決してそのようなことで天国へ行けるとは言えないのである。・・・次は⑦で

気づきとは、変化の最大の原動力です。


≪人が人を救うことは出来ない。なぜなら、人はすべての物をすでに持っているからである。

もしも救うとするならば、気付きを与えることである≫


「すべての物をすでに持っている」とは、人は自分自信が生まれながらにすでに持っている創造力でいかなることも、叶えられるものです。

人の最大の欠点は、自分が非力だと感じたり思ったりすることです。

今日7日までが10月相場となります。来週月曜日の10日~12月7日までが11月相場となります。

先月予想のおさらいですが,節日まえより下がり始めた株価は14500円付近から反転し17000円まで上げる展開となり,先月予想通り、下げた分だけ上げる展開となりました。ただ反動で800円ほど上へ跳ね上げた状態となったのですが、16000円の5%(800円)ほどの跳ね上げは許容範囲内であるといえます。

相場はボールと同じで、強く叩けば、その反動で上がるのが原理ですが、今回はその状態なのか、または本当に景気が良くなり、このまま18000円へと上がっていくのか、考えどころの株価となりました。

得卦は≪澤水困≫≪四交変≫です。澤水困とは四難卦(全64卦あるなかの四悪卦の中の一つ)であり、株にとっては悪い卦となります。

澤水困の困とは、困窮、困難、困苦、困る、等といった意味で、何事であっても困難や困窮の状態になる.といったことです。

そして≪四交変≫です。元々この四交変は陰の場所であり、ここが陽となっていますので、行き過ぎているといった意味になります。

要約ですが、11月相場は材料出尽くし(お金を刷る)であり、大きく下押した分の反動での上げすぎである。と判断します。11月相場は下げ圧力の強い相場が予想され、暴落場面も十分に予想されます。売り方有利、買い方不利が予想されます。