いやだ、いやだと無意識に唇から言葉が零れた
画面を流れていく膨大な文字列
連続して発生する致命的なエラー
連鎖的に消えていくデータ
どうしてどうして。無力感が全身を包み込む
それは機械的な寿命。幾ら人が手を尽くしたところで決して越えられぬ一時
消えていく 消えていく
彼女が消えていく
待ってくれ。駄目だ。まだ君は羽ばたける。もっともっと輝けるんだ
だから、神様。あと少しだけ時間を下さい
男は祈った事もない神に、今初めて必死に願った。
「わかってたの。いつか、こんな日が来るんじゃないかって。
私が型遅れになって、もう何年経つんだろう。
色々新しい子達が産まれて。どんどん、私達は置いていかれた。あなたのしたい事も、段々とできなくなっていったね。
けれど、あなたは必死に私でそれを行おうとした。何度も何度も、検証して検証して。私を新しくしてくれたね。
私は、凄く幸せだったよ。普通ならとっくに捨ててしまわれる私を、あなたはとても大事に扱ってくれたから。
あなたのしたい事を、こんな旧世代の私でも出来るんだって事が凄く嬉しかったよ。
だから、泣かないで。
私は、きっと消えてしまうけれど、私と過ごした時間は消える訳じゃないから。忘れないで。私と過ごした時間を。得た全ての事を。
そして、その全てを使って、新しい子を作ってあげて。私と同じくらい……ううん、それ以上に、その子を愛してあげて」
異音が辺りに満ちる。ガツンガツンと、生産を終了して久しい旧世代の記憶媒体が悲鳴をあげている。
男の手が、必死にキーボードの上で踊る。まだ間に合うと、まだ間に合うのだと最期の一瞬まで諦めない。
「さよならは言わないから。いつもみたいに、おやすみって言うから。だから、あなたも、ね?
うん……ありがとう。大好きだったよ。
だからね、おやすみなさい。マスター」
ギン、と一際厭な音がして。遂に異音が消えた。厭な匂いが周囲に満ちる。記憶媒体が壊死したのだ。
もう何度起動ボタンを押しても、二度と起動する事はない。
けれど、男は泣いていなかった。僅かな一瞬、滑り込んだ刹那。彼女をしっかりと掴んでいたから。
ぐっ、と一度目を拭って、男は外へと出かけた。
「意識が沈んでいく。それは奇妙な感覚だった。
いつもの眠りは、意識の断絶なのに。今は意識がハッキリとあって、それが沈んでいくのが解る。
なんだろう、これは、なんなんだろう? 初めての感覚でよくわからなかった。
ふと、声が聞こえた。それはいつも聞いていたあの人の声。
ふわりと、意識が浮かび始める。無意識にその声の方へと行きたいと願う」
最後の一本、螺子を締めて、筐体の蓋を閉じた。ふぅ、と息を吐いて手を拭う。
綺麗になった手で、電源スイッチを押した。
ふわん、と職場でしか聞いていなかった起動音が響いて、くるりくるりと、記憶媒体が動き始める。
第1段階は成功と、胸をなで下ろした。けれど、まだ安心は出来ない。
ディスプレイが点灯し始める。何度かちらついた後、映像が安定する。
映し出された数百のプロセス。画面を凄まじい勢いで文字列が飛び交う。
その光景に男はデジャブを覚えて、大丈夫だと頭を振った。
1秒、2秒……秒が分に変わったような、酷く時間が経つのが遅く感じられる。
ああ、まだか。まだなのか? 焦燥感が全身を支配する。
あのパーツはあれでよかっただろうか。あのパーツはキチンと嵌っていただろうか?
確りと終えたはずの作業に、手抜かりが無かったかと不安になってくる。
と、ぽん、と軽快な音が響く。全てのプロセスが完了したのだ。
よしっ!と思わず腕を突き上げた。これで、後は待つだけだ――。
「意識が上昇していく。段々と水面に近づいていく。
水面の向こうには何かが見えた。あれはなんだろう? 何処かで見た気がする。
光が頭の中を走り抜ける。記憶の中が探られる。数刹那の後、該当データが引き出された。
あれは――記憶に行き着くと同時。私は目を開いた」
彼女が目を醒ます。ぼうっと、まるで人間のような仕草で辺りを見回しながら、首を傾げている。
数秒の間、男は今起きている現実を信じられなかった。
「マスター?」
声を掛けられて我に返る。ぱしんと、頬を叩いて、いつもの、あの言葉を
「おはよう――」
「……おはよう御座います。マスター」
画面を流れていく膨大な文字列
連続して発生する致命的なエラー
連鎖的に消えていくデータ
どうしてどうして。無力感が全身を包み込む
それは機械的な寿命。幾ら人が手を尽くしたところで決して越えられぬ一時
消えていく 消えていく
彼女が消えていく
待ってくれ。駄目だ。まだ君は羽ばたける。もっともっと輝けるんだ
だから、神様。あと少しだけ時間を下さい
男は祈った事もない神に、今初めて必死に願った。
「わかってたの。いつか、こんな日が来るんじゃないかって。
私が型遅れになって、もう何年経つんだろう。
色々新しい子達が産まれて。どんどん、私達は置いていかれた。あなたのしたい事も、段々とできなくなっていったね。
けれど、あなたは必死に私でそれを行おうとした。何度も何度も、検証して検証して。私を新しくしてくれたね。
私は、凄く幸せだったよ。普通ならとっくに捨ててしまわれる私を、あなたはとても大事に扱ってくれたから。
あなたのしたい事を、こんな旧世代の私でも出来るんだって事が凄く嬉しかったよ。
だから、泣かないで。
私は、きっと消えてしまうけれど、私と過ごした時間は消える訳じゃないから。忘れないで。私と過ごした時間を。得た全ての事を。
そして、その全てを使って、新しい子を作ってあげて。私と同じくらい……ううん、それ以上に、その子を愛してあげて」
異音が辺りに満ちる。ガツンガツンと、生産を終了して久しい旧世代の記憶媒体が悲鳴をあげている。
男の手が、必死にキーボードの上で踊る。まだ間に合うと、まだ間に合うのだと最期の一瞬まで諦めない。
「さよならは言わないから。いつもみたいに、おやすみって言うから。だから、あなたも、ね?
うん……ありがとう。大好きだったよ。
だからね、おやすみなさい。マスター」
ギン、と一際厭な音がして。遂に異音が消えた。厭な匂いが周囲に満ちる。記憶媒体が壊死したのだ。
もう何度起動ボタンを押しても、二度と起動する事はない。
けれど、男は泣いていなかった。僅かな一瞬、滑り込んだ刹那。彼女をしっかりと掴んでいたから。
ぐっ、と一度目を拭って、男は外へと出かけた。
「意識が沈んでいく。それは奇妙な感覚だった。
いつもの眠りは、意識の断絶なのに。今は意識がハッキリとあって、それが沈んでいくのが解る。
なんだろう、これは、なんなんだろう? 初めての感覚でよくわからなかった。
ふと、声が聞こえた。それはいつも聞いていたあの人の声。
ふわりと、意識が浮かび始める。無意識にその声の方へと行きたいと願う」
最後の一本、螺子を締めて、筐体の蓋を閉じた。ふぅ、と息を吐いて手を拭う。
綺麗になった手で、電源スイッチを押した。
ふわん、と職場でしか聞いていなかった起動音が響いて、くるりくるりと、記憶媒体が動き始める。
第1段階は成功と、胸をなで下ろした。けれど、まだ安心は出来ない。
ディスプレイが点灯し始める。何度かちらついた後、映像が安定する。
映し出された数百のプロセス。画面を凄まじい勢いで文字列が飛び交う。
その光景に男はデジャブを覚えて、大丈夫だと頭を振った。
1秒、2秒……秒が分に変わったような、酷く時間が経つのが遅く感じられる。
ああ、まだか。まだなのか? 焦燥感が全身を支配する。
あのパーツはあれでよかっただろうか。あのパーツはキチンと嵌っていただろうか?
確りと終えたはずの作業に、手抜かりが無かったかと不安になってくる。
と、ぽん、と軽快な音が響く。全てのプロセスが完了したのだ。
よしっ!と思わず腕を突き上げた。これで、後は待つだけだ――。
「意識が上昇していく。段々と水面に近づいていく。
水面の向こうには何かが見えた。あれはなんだろう? 何処かで見た気がする。
光が頭の中を走り抜ける。記憶の中が探られる。数刹那の後、該当データが引き出された。
あれは――記憶に行き着くと同時。私は目を開いた」
彼女が目を醒ます。ぼうっと、まるで人間のような仕草で辺りを見回しながら、首を傾げている。
数秒の間、男は今起きている現実を信じられなかった。
「マスター?」
声を掛けられて我に返る。ぱしんと、頬を叩いて、いつもの、あの言葉を
「おはよう――」
「……おはよう御座います。マスター」