小説を読む、という行為は見知らぬ誰かに手を引かれて山路を進むのに似ている
誰か、即ち内容は私の手を引いて、こちらの体調など考慮することなく山路を行く
山路は険しい。時に狭い道を通り心臓を震え上がらせることもあれば、平坦な道を延々と歩かされる事もある
だが道は道である以上果てがある。例えば山頂だとか、崖の行き止まりだとか
山頂に辿り着く小説を読んだあとの読後感というのは様々だが一種の達成感があるのは確かだろう。手を引いていた内容と共に達成感を胸に、その感触を反芻しながら山を降りる事ができる
では崖にたどり着いてしまう小説の場合は何が残るのだろうか
それは浮遊感だ。あれほどしっかりと足に帰ってきていた大地の感覚は消失し、茫漠とした宙空に私は投げ出される
ここに至れば、私の手を握っていたはずの小説は背後に消えて、私はひとりぼっちになってしまう
反芻こそできるが、山頂にいった時とは全く別物の、釈然としないものだけが残る
そして最後には落下、つまりは唐突な現実への復帰が齎され、その感覚すらも消えてしまうのだ
「ねぇ、ルシル。
 もしも、もしもあなたが、男の子だったら。
 わたしたちの関係は変わっていたのかしら」
「フェイは変なことを言うのね。
 わたしは、何処までいってもルシルという女の子で。
 天地がひっくり返ったって、男の子にはなれないわ」
「けれど、偉い碩学様は言うじゃない。
 ここではない、別の世界があるんだって。
 そこではものの歩みが違って、当然生きている人も違う」
「その中に、わたしがいるかもしれないって?」
「そう。それは女の子かも知れないし、男の子かもしれない」
「男の子のわたしなら、それはルシルじゃないじゃない。
 だいいち、ルシルは男に付ける名前じゃない」
「それもそうだけど、あくまで仮定の話よ」
「……そうね、もしも、ルシルという名前の男の子がいて、わたしと同じ人生を歩いてきたとするわ。
 ねぇ、その世界のフェイは女の子なの?」
「どっちでもいいわ」
「どうしてそういうたいせつなところをわたしに投げるのかしら」
「想像の余地が広がっていいじゃない」
「もう、フェイったら……。
 そうね、女の子だとすれば間違いなく好きになったでしょうね。
 その後の関係がどうなるかは、その世界のフェイしだいだけど」
「わたしが、ルシルを振るって?」
「だって、その世界のあなたは、この世界のあなたと変わりないんでしょう?」
「……それも、そうね。
 でも、運命っていう言葉があるじゃない」
「どうあっても結ばれるっていいたいの?
 夢見ることが好きね、あなたは」
「そういうルシルは現実ばかりが大好き」
「だって、わたしたちが立っている場所じゃない。
 詳しく知って、安心しなくちゃ」
「ふふ、夢見がちな女の子と現実主義の女の子。
 どうして今みたいなことになったのかしら」
「さぁ……?」
「やっぱり、運命なのよ。わたしたちは」
「ふふ、わかった。そういうことにしておきましょう」
「……ねぇ、もしもわたしが男の子でも、わたしたちの関係は変わらなかったかしら」
「運命論に従うならそうなんじゃないかしら」
「……そうだったわね。
 愛してるわ、ルシル」
「わたしも、愛してるわフェイ」


 昔々、仲睦まじいおじいさんとおばあさんが居りました。
 二人は大層仲がよく、いつまでもお熱い暮らしを続けておりました。
 そんなある日のことです。
 いつものようにおじいさんが山へ芝刈りに行ったので、おばあさんは川へと洗濯をしに行きました。
 二人分の、たぁくさんの洗濯物を抱えてよいしょよいしょと歩いていきます。
 川へついて、よいしょよいしょと、一生懸命二人の洗濯物を洗っていると、あらまぁどういう事でしょう?
 上流の方から、とても大きな桃が流れてきました。
 これは一体どうしたもんかとおばあさんは悩みましたが、桃はおじいさんの大好物です。
 流れてきたのだし、貰ってしまえと、おばあさんは洗濯物を一時休めて、流れてきたその大きな桃を引き上げました。
 小さな子供ならばすっぽりと収まってしまうくらいの、本当に大きな桃でした。
 よぉし、これでおじいさんに喜んで貰える、とほくほく顔になったおばあさんは急いで洗濯物を片づけると、えいさほいさと洗濯物と桃を持って家へと帰りました。

 日が暮れて、おじいさんが帰ってきます。
 芝をたっぷり刈ったおじいさんは、家に入るなり目に入ったその大きな桃にビックリ仰天。
 幾ら大好きと言っても、こんなに大きな桃は初めてでした。
 おばあさんはにやにやと楽しそうな笑顔を浮かべながら、食べましょうかと提案します。
 おじいさんはごくりと喉を鳴らして、早く早くと急かしました。
 おばあさんはにっこり笑って包丁を取ってきます。そして、桃にしっかりと狙いを定めると、えいやと振り下ろしました。
 するとどうでしょう? すこん、と音がして桃がまっぷたつに割れました。
 おや、これはどうしたのだろうと二人が覗き込むと、桃の中には珠のように美しい赤ん坊が眠っていました。
 こりゃまたビックリ。二人はたまげてしまいました。
 とりあえず、その子を取り出すとお湯を用意して洗ってあげます。そうすると嬉しそうにおぎゃぁおぎゃぁと赤ん坊は笑いました。
 まさかこの年で子供が出来るとは思ってもいませんでしたから、二人はどうしようかと困ってしまいます。
 そこで、とりあえずは桃を食べることにしました。
 赤ん坊が入っていた桃です。さぞかし不思議な味がするに決まっていました。
 恐る恐る食べてみると、あらびっくり。まるで頬が解けてしまうような甘さでした。
 その甘さと言ったら、ほいほいと食が進んでしまうほどで、二人はあっと言う間に桃を平らげてしまいました。
 そうして手を洗ってみると、こりゃまたビックリ。水に映る自分は若返っていたのです!
 あまりにも驚いたことですから、二人は向き合って本当に現実の事なのか確かめ合います。
 何度確かめても消えません。本当に、二人は若返ったのです。
 さて、そうして若返ってみると食べると若返る桃や、その中に入っていた子供について色々と考え出します。
 きっと、これは何処かの神さまの思し召しだと、二人は赤ん坊を育てることに決めました。
 名前は、桃の中から産まれてきた子供なので、桃太郎とすることにしました……。

 そうして年月が経ち、桃太郎が立派な青年になる頃、若返った二人も元の通りのおじいさんとおばあさんに戻っていました。
 けれども、二人は満足でした。新しい子供が本当に立派に育ってくれたからです。
 二人の愛を一心に受けた桃太郎は、悪いことを見捨てない正義心に溢れた青年となっていました。

 さて、その頃の事です。近隣の村々で鬼による被害が多発していました。
 まだ三人の住む村までは来ていませんが、いつそれが来るかわかったものではありませんでした。
 桃太郎は日々悶々としています。ああ、どうにかその被害を無くせはしないだろうかと。
 けれども、桃太郎は所詮少し育ちが良いくらいの男の子です。そんな力はありはしませんでした。
 しかし、だからといって見過ごすの事は出来ませんでした。
 そうして、そのような思考に陥って何とか出来ないかと日々悶々としてしまうのでした。

 そんな風に悶々とした日々を過ごしたある日の事です
 三人の住むすぐ近くの村が鬼に襲われたと言うではありませんか。
 これには悩んでいた桃太郎もついに立ち上がり、何が出来るかはわからないけれど、とにかくやってみせると、おじいさんとおばあさんに鬼退治に出ることを申し出ました。
 この申し出に二人は始めこそ驚きましたが、その熱い志に説得されたのでしょう、協力することを決心しました。
 おじいさんは家に残っていた武具を集めて、おばあさんは旅先での糧食を用意します。その中には綺麗な刀や、美味しそうな吉備団子などがありました。
 それらを装備して、桃太郎は家を出ます。鬼を退治するまでは帰ってこないと決心して。

 家を出た桃太郎は、荒れ果てた道を進みます。
 すると、道端に腹を空かせて倒れている犬を見つけました。
 無視したって良い物ですが、この桃太郎には見逃せません。
 おばあさんから貰った糧食を少し分けてあげました。すると、犬は見る間に元気になりました。
 それを見届けた桃太郎は、旅路を急ごうと歩き出します。するとどうでしょう、後ろを元気になった犬が付いてきました。
 きっと恩返しをしたいのでしょう。けれど、桃太郎は気が付きません。
 そうしてそのまま、桃太郎は歩みを進めていきました。

 気が付かぬ間に犬を引き連れている桃太郎は、また道端で倒れている生き物を見つけました。
 今度は猿です。ガリガリにやせ細り、今にも死にそうなそれを、桃太郎が見逃す筈がありませんでした。
 さっと、駆け寄るとまた糧食を分け与えます。すると、猿は見る間に元気になりました。
 それを見届けた桃太郎は、旅路を急ごうと歩き出します。するとどうでしょう、後ろを元気になった猿が付いてきました。
 きっと恩返しをしたいのでしょう。けれど、桃太郎は気が付きません。
 そうしてそのまま、桃太郎は歩みを進めていきました。
 猿は犬と目を合わせると無言のうちに会話をして、ひっそりと桃太郎の後をつけることにしました。
 こうして、桃太郎は犬と猿を気づかぬ間に引き連れながら、鬼の本拠へと進んでいきます。

 気が付かぬ間に犬と猿と引き連れている桃太郎は、またまた道端で倒れている生き物を見つけました。
 今度は、雉です。可哀想なことに羽が折れています。今度は糧食を上げるだけでは済みそうにありませんでした。
 そこで桃太郎は雉を掬い上げると、羽に手当をしてやり、肩にのせてやります。
 それから羽が治るまで、暫く旅を一緒に続けました。そうして羽が治ると雉は飛んでいきます。
 それを見届けると、また旅路を急ごうと歩き出します。すると、どうでしょう。飛び去ったはずの雉が後を付いてきます。
 きっと恩返しをしたいのでしょう。けれど、桃太郎は気が付きません。
 そうしてそのまま、桃太郎は歩みを進めていきました。
 雉は猿と犬に目を合わせると無言のうちに会話をして、ひっそりと桃太郎の後をつけることにしました。
 こうして、桃太郎は犬と猿と雉を気づかぬ間に引き連れながら、鬼の本拠へと進んでいきます。

 さて、その後は倒れた生き物を見つけることなく旅路は順調に進み、桃太郎は鬼の本拠に到達しました。
 そこには泣き虫の青鬼ととっても強気な赤鬼が居ます。まだ桃太郎には気が付いていません。
 そこで桃太郎は、ばっと物陰から身を出し、名乗りを上げました。
「我は桃太郎。お主ら鬼を討ち取りにきた」
 それを受けて赤鬼が、金棒を持ってやぁいやぁいと威嚇してきます。
「何という所行。桃太郎やい、貴様此処が鬼ヶ島と知っての事か。生きて帰れるなと思うなよ」
 青鬼は隅の方でびくりびくりとしていました。
 どちらからともなく、攻撃が始まります。桃太郎は機敏に動き回りますが、鬼の一撃が怖くてなかなか踏み込めません。
 そうこうしているうちに桃太郎も疲れてきます。そこを青鬼が突いてきました。
 あわや危険と言うその時、後ろをついてきていた三匹の出番でした。
 青鬼に襲いかかった三匹はあっという間に弱気な青鬼をねじ伏せてしまいます。
 其れを見た桃太郎はビックリ仰天。動物たちがあんなに働けるのだから、臆している場合ではないと獅子奮迅の働きを見せます。
 これには赤鬼も手を焼いて、徐々に追いつめられていきます。
 桃太郎と、三匹の動物は、お互い目を合わせることなく絶妙なコンビネーションを見せ、鬼達を追いつめていきました。
 そうしてついに鬼も年貢の収め時が来ます。
 刀を向けられ、牙を向けられ、腕を向けられ、嘴を向けられ、鬼達は絶体絶命。もはや反撃する余地もなく、あとは倒されるだけでした。
 けれど、ここで桃太郎の人柄が発揮されます。
 今後一切人々を襲わないなら殺しはしないと言うのです。
 これには鬼達も頷いて、そこで万事解決と相成ったのでした。

 鬼達の本拠から引き上げた後、桃太郎はついてきていた三匹に礼を述べました。
 三匹はそんなことへでもないと言った様子でそれを受け、それぞれ自分たちの住処へと帰っていきました。
 それを見届けた桃太郎は、自分もまたおじいさん達の待つ村へと帰ろうと、旅路を急ごうと歩き出したのでした。

 おわり
 それは言語に尽くしがたい痛痒であった。
 目に見えぬ病魔。痛痒。
 それこそ我を蝕む悪意の象徴であった。
 寝ても覚めてもかゆくてかゆくて堪らない。
 さりとて掻けば掻き壊し、出血を強いる。
 ああ、ああ、どうすればよいのであろうか。
 聞けば、冷やせば効くと言う。では、では、とすがるように其れを試した。
 身震いするほどの冷気。ほ、ほ、と吐く息は白く唇は紫へと変じた。
 だが、それでもかゆい。かゆくて堪らない。
 皮膚下で何かが蠢いているのだ。それを取り出したいほどにかゆくてかゆくて堪らない。
 ああ、ああ、誰か助けてくれ。
 何を試してもかゆみが消えぬ。何故か、何故我はこのようなかゆみに襲われねばならぬのか。
 助けを求めたところで意味はなし。ただただ、かゆみが続くのみ。
 その少女は美しかった。
 艶やかな黒い髪や形の整った眉は、絵画の偉人によって描かれたようであり、その整った顔立ちは名工の手になる美術品。
 体型も、また、顔と同じく名工の手になる一級品であり、見さえすれば何者をも魅了する魅力を持っていた。
 完璧のプロポーションと云っても良い。そのように整った体型を持つ少女。
 微笑めば春風が吹く如く周囲を暖かにし、顔を顰めれば、降り注ぐ夕立のように周囲を不快にする。
 尋常ならざる造形の変化はその変化すら美しく、全ての色を見てみたいと観衆に思わせるほどのもの。
 けれど、彼女は普段何の色も浮かべはしない。ただ相対した者が望む一色のみを浮かべる、鏡のような美しい少女。
 その造形が何によって保たれているのか、少女に会わんとするものたちは誰一人知らぬ。
 故に彼らは贈り物に窮し、豪華絢爛な金銀のみを送ることしかできない。
 されど少女が食べるのはなんて事はない、果実なのである。
 けれど、その果実はまた送られる金銀に匹敵するほどの宝である。
 専門の農家が手塩に掛けて育て、漸く採れる最高の一品。それのみを少女は食する。
 そのようにして少女の造形は保たれているのである。
 では、誰もが少女に倣えばそのような造形を得られるか、と言えばそれは否である。
 産まれ持っての造形は、神の手でも借りなければ変えることなどは不可能。
 であるからこそ少女は美しいのである。