こんばんは。🌙😃❗
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
今日は公休、いつもより少し遅く目覚めて家の事を済ませて、友人とランチをいたしました。
胸元にネームホルダーを下げている人達を見て活気のある田町のオフィス街を羨ましく思いました。私が働く月島は観光客と修学旅行生が多く、しかもそれはもんじゃ通りだけの話。
あとは閑散としています。少し寂しく思っています。
先日、人生の先輩の方とお話しをした時に「死生観」について意見を伺う事が出来ました。
だんだん、あちらの世界に家族や友人が増えていく。こちらの世界では気を許した友達がいなくなる浦島太郎状態。
自然と「死」を受け入れて達観して召される事が出来たならば、それが成仏するという事だと思うのよ。
そうですね。この世界で悔いなく生ききる事。
私もそうありたいです。賛成です。✋
最近、隣のデスクの後輩が「ダボハゼさん、キューブラーロスの“死ぬ瞬間”を借して下さい」と言ってきました。
今、グリーフケア(悲嘆の癒し)を勉強しに、一月に1度関西へ行っている後輩です。
何か参考になるものと思ったのでしょうか。
彼女に言われ、久しぶりに開けてみました。
随分前に出版された精神科医による著書です。
余命宣告を受けて、「死」を受け入れていく過程が書いてあります。
1・否認と孤立
2・怒り
3・取引き
4・鬱
5・死の受容
病名を告げられても信じる事が出来ず、なぜ自分だけが・・と怒りに変わる。
神様お願い、いい人になるから生きさせて欲しいと神様と取引き。
それでも状況が変わらずに、自分を責めて鬱状態に。何度も4段階を行ったり来たりして、ようやく「死」を受け入れる。
人は生まれてきた以上、いつかは死ぬ時がくる。「死」を意識する事で「生」に対する執着が生まれる。命とは、それぞれが持たされている「時間」だと思っています。
その砂時計は自分ではコントロール出来ません。いえ、自分でエンドにするなんてしてはいけないと思います。
私は仕事上、数々の諸先輩方に出会って、その方その方の自分史を教えて頂いています。
個人情報を通り越した、出版される前の本を読ませて頂いている気持ちです。ありがたい事です。
たくさんの富と名声を築いた方、残念ですがあちらには持って行かれず、全て手放して旅立たれる事になります。
一体なぜ多くを手にする事が出来たのか・・
たくさんの方に支えて貰ったからだと仰っておりました。
人は生まれた時、手を握りしめて誕生するのだそうです。まるで「夢や希望」を落とさないようにとしっかり握りしめて。
手を開くと夢や希望はふわふわと飛んでいきます。再び掴もうと人は幸せを求めて生きるという説もあります。
頑張って築いたものも最期は一つ一つ手放して旅立っていきます。築いたものは、お金だけではありません。愛情だったり、友情だったり、元気だったり、勇気だったり。
開いたその掌で「ありがとう、さようなら」と手を振って卒業していく。
素直にこの気持ちになれる様に、毎日を大切にしたいですね。これがある先輩が言われた「達観」なのでしょうね。
若い頃はこういう話が素直に入っていかなかったのですが、歳を重ねる事で受け皿が広くなったように思います。
増えていくシワや脂肪を嘆くより、より柔軟になった自分の感性を幸せに思う事にしたいと思います。幸福感でお腹いっぱい、自然とダイエット出来たら更に幸せ🍀ですね。