こんばんは。
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
ここ数日はいいお天気でしたね。
半袖を着て丁度良いという季節、私は一番過ごしやすいと感じます。
昨日、登山家の栗城史多さんがエベレストで亡くなったという訃報を受けて、ブログをまとめておりましたが、なかなか言葉が浮かばずに気がつけば朝を迎えておりました。
去年の秋に小松成美さんの「人成塾」の講師を務め、過去の失敗談も彼が語ると爽やかで会場も笑いでいっぱいになる、その人懐っこい愛されキャラに私は一目でファンになるという、そんな出会いが有りました。
披露してくれた数々のエピソードの中でも私が一番覚えているのは「否定の壁」に負けるなと背中を押して貰った事です。
「否定の壁」・・この世界の至るところに存在します。学校、社会、友達同士、時には家族の中でも。
例えば、誰かが夢を語る。
「そんなの無理!」というアンチはどこにでもいます。
「それ、面白そうだね、実現出来たらいいね」とは言わないのです。
どうしてなのでしょう。
なぜ、反対の事を言ったり、ブレーキをかけて諦める方向に促すのでしょうか。
よく話も聞かずにその人の価値観でジャッジする。それは違うと思います。
その時点で語るのを止めてしまう人もいます。
夢を語る時、語る側もドキドキするものです。
皆さんはそんな経験無いでしょうか。
こんな事話してバカにされないだろうか、きちんと聞いて貰えるのかなとか。
私は、好奇心のダボハゼなので首を突っ込むばかりに結構そういう経験が有りました。
そんな経験をしてきた私が思うこと。
最も悲しく思う人間の行為。
それは「他人への嫉妬」です。
科学がどんなに進んでも、「カインとアベル」の時代から人の感情はなかなか進化していかない。とても悲しく思うのです。
歴史の争い事の発端は、ほとんどが「嫉妬」でしょう。他の誰かに負けたくない、その座を渡したくない。そんな思い。
負けず嫌いも必要、大切です。
競い合う事で人類は色々な財産を築いてきました。
他の誰かが頑張っていたら素直に応援する、夢が実現するようにいいアイディアを出してあげる。夢の後押しをしてあげる。
そんな人になりたいと思っています。
幸せな事に私には、夢を語ると真剣に聞いてくれる人がいます。
彼女と話をしていると気分がのってきて、「私は絶対に出来る!」と自己暗示という魔法🧙をかけて貰えるのです。✨☀️✨
そんな彼女を見て、なりたい自分をセルフイメージ出来ます。
小さい頃に読んだシュバイツァーの伝記。
たくさんの言葉の中に、
「人は認められるまでは嘲笑されるのである」
という名言が有ります。
この言葉に何度助けられた事か。
少なからず、自分は嘲笑する側にはなりたくない。誰かが荒唐無稽を語ったら、一緒に夢をみる人でありたいですね。
私のブログにいつもダントツの速さで「いいね!」をしてくれるひさえちゃん。
ありがとう😆💕✨の最上級の言葉って無いのでしょうか。
あなたの優しい思いを表現する日本語が誕生したならば、一番に捧げたいと思います。
✨🎁✨
栗城さんの熱い話、ひさえちゃんと一緒に聞きたかったです。とても悔しい、残念です。💧
冒険を恐れず夢を抱き続ける事。
栗城さんに教えて貰った事を胸に刻んで大切にしていきます。ご縁を頂いた事、感謝しています。あなたの事を忘れません。