こんばんは。
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
日付も変わってしまいましたが、今夜は日本の資本主義の父と云われた渋沢栄一翁の玄孫に当たる渋沢健さんが語る「論語と算盤」のお話を聞きに行って参りました。
2時間では物足りないくらい、明日からの生き方の参考になるフィロソフィーをお聞かせ頂いた事、感謝感動でございました。
興味を持って聞かせて頂いたのは、「伝票」のお話しでした。
今は、パソコンソフトに普通にある「Excel」。
便利ですよね。私はExcelの前身の「ロータス123」が表計算ソフトとの初めての出会いでした。懐かしい響きです。
確か表計算処理の検定は、ロータスで取りました。もっと遡れば、数字を手で書き、算盤で弾いて計算を出していた時代がありましたね。
だから今も少ない位ならば暗算の方が速かったりします。毎日の訓練はばかにならないですね。
亡き父は、和文タイプが得意でしたので自宅に巨大なタイプの機械が有りました。
Wordソフトの前身です。出来上がったものをわら半紙に刷って、資料を作っていた姿を思い出します。凄い技術です。見ていて面白かったです。
WordもExcelも、かっては「伝票」と呼ばれ、情報共有の進化型として今日在りますね。
実はこれ、渋沢栄一が欧州にいたときに便利さに気付き、当時の日本にお土産として持ち帰ったものだそうです。
新しいものを受け付けられないある人から殴られそうになった渋沢栄一翁、その方はいなくなってしまうのですが、後にこの勇猛さが買われ会社の一員として雇うのだそうです。
本当に「人」を大切になさる方なんですね。
素晴らしいリーダーです。
彼の下で働いてみたかったです。
この世界の物はすべて、誕生から今日までのストーリー、物語が有りますね。
先人達が寝る間も惜しんで様々なものを残してくれたから、今に生きる私達は便利な暮らしが出来ているのだと思います。
渋沢栄一は富を築いても尚、色々な人が訪ねてくるのを決して拒む事無く、ゆっくり話を聞いたり、お手紙を書いたりして「目の前の人」を大切にしてきたのだそうです。ご縁を大切にしてきた方なのですね。
その経営者1人が大富豪になっても、その為に社会の多数が貧困に陥るような事ではその幸福は継続されない。
「論語と算盤」の中の哲学です。
論語(道徳)だけでもダメ、算盤(勘定)だけでもダメ。「論語か算盤」ではなく、「と」が大切。
今日一番の学びでした。
先日私はスマホが壊れ、友人達の連絡先が全く分からなくなりかなりの間凹みました。
物が無い時代に生まれた方々は、自分の持てる知識を活かし工夫するスキルがとても高かったのだと思います。また周りの人を大切にしてきた。貧しさ故、協力しあう大切さを小さい頃から身に付けていたからでしょう。
物が無くても奪いあわず、分け与える喜びを知らず知らず身に付けていたのでしょう。
現代から考えれば不便に見えても、手数をかけることで気持ちがこもり、温かさを感じる。
清貧の美学・・好きな言葉の一つです。
取り戻したいですね。
人間関係が希薄になったように感じるのは、私が歳を重ねたからなのでしょうか。
希薄、感情が無いならばロボットとかわらないですね。
ロボットの正確性、スピードには敵わないのかもしれないけれど、喜怒哀楽を感じられる人間だからこそ、たくさんの有形無形の宝物が生まれてきたのだと思います。
人間だからこそ、辛い時に知恵を使い、学び、成長の喜びを感じる事が出来る、AIにはこの喜びは分からないでしょう。
柔らかい布団、明日の朝ごはん。
ほとんどの人が味わっている幸せな日常。
先人達、いえ古(いにしえ)の人達に感謝して眠りにつきたいです。
私は、その人達が残してくれたものに一体何をお返ししていこうと考えます。
このような気持ちにさせてくれた昨夜の出会いでございました。