こんばんは。
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
今日で今年のゴールデンウィークも終わってしまいましたね。帰りの電車では、大きなカバンやお土産の紙袋を持った人に出会いました。
年末年始やお盆休みと違い、ゴールデンウィークはやりたい事を目一杯出来るお休みのように思います。高速道路は、かなりの渋滞の様ですね。安全運転でお帰りください。
さて、本日のお題目です。
本日は、去年の秋から始めてきたこのブログの事について書きます。
今日までアメブロ135、Facebookは50くらい、会社のFacebookが13とトータルで200投稿。
毎日とはいかないのだけれど、継続は力なりは本当で、これにより物の見方や感じ方が以前よりも好奇心のダボハゼになっています。(笑)
どこかの席でご挨拶した方が、Facebookで友達申請。その後、私のブログを読んで、葬儀相談が入ったり、サロンでお話しして欲しい、また遠く離れた場所から「ブログをまとめて本にして欲しい」などなど。ありがたいお声を頂いてます。
世にブロガーと呼ばれている方々は、きっとこういう素敵な出会いを経験しているのでしょう。納得です。
今日までの間に記憶に残ったベスト1の出来事です。
その方は、リアルにはお目にかかった事のないある女の子でした。
お母様を亡くされて喪失感でいっぱい。
話がしたくて・・と、友達申請が入りました。
周りのお友達や家族にはなかなか心情を言えない様でした。
子供の頃というのは誰かが亡くなったり、「死」について誰かに話してもなかなか理解して貰えない事って有りますね。
私の実体験です。
小学校に上がったばかりの頃、一緒に遊んでいたお友達が夏休みの海で亡くなりました。
私よりもしっかりしていて大人びていて、水泳も得意だったのに。信じる事が出来なかった。
余りのショックで涙が出なかった。
彼女と一緒に遊んでいたもう1人の友人は、今も親友です。幼稚園の頃からの友達だからもうすぐ半世紀の付き合いになります。
亡くなった後、彼女とこの話をした事はありません。いえ、しなくていいと思って今日まで来ています。言わなくてもいいよ、思いは同じだから。
今回のFacebookの女の子とやりとりをしていて、幼き頃のあの寂しかった日の事を思い出しました。
やりとりの後、女の子から連絡が無いところを見ると、誰かに話した事で少し元気になれたのかなと思っています。
人が生きる中で最も辛いのは、大切な人を亡くすという事だと思います。
明治生まれの働き者だった亡き祖母に何度も教えられました。
どうして辛いのか。
自分ではコントロール出来ない事だから。強引に連れ去られ、引き剥がされたようで辛いのです。
死ぬ事以外かすり傷・・とは、よく言ったものです。死ぬと考えたらいくらでも頑張れるんです。頑張りましょう。
今、隣の席の後輩が死生観を学ぶバイブル「死の瞬間」(E.キューブラーロス)を真剣に読んでいます。
人が死を受け入れるまでの心の葛藤が描かれています。後日、ゆっくり語りましょう。
人が奇跡の下に誕生して、その生涯を全うする。それがいつ訪れるのかは誰にも分からない。それなのにその日を自分が決めてしまう事、私は絶対に反対です。
私が周りにいる人や、生きる事を大切にしたいとより強く思うのは、小さい頃、彼女が私に身を持って教えてくれたからです。
やっぱり彼女は、一歩も二歩もお姉さんでした。
今も大切にしているよ、あなたが教えてくれたこと。