こんにちは。
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
急に暖かくなって花粉の季節到来のようで、目がとろ~んと重くなり、早くに就寝してしまいこの時間にアップすることになってしまいました。反省・・

ここ数日は、春に向けて開催されるお葬式勉強会の台本を作っています。なので、普段より目が疲れている感じです。

私の働く葬儀社で一番大切にしている事。
大切な人へ感謝を伝えるありがとうのお葬式。

昨日は、この部分を経験してきたお葬式の中から例題を用いて文章を構成していました。

日々の生前相談の中でもう充分に落とし込んでいる事なのに、文章にするとなんだか違うような、自分の言葉でないような物になって、推敲を繰返しようやくまとめる事が出来ました。

私たちの今の幸せは、目の前の故人様だけでなくご先祖様たちに守られて成り立っています。

私たちの親世代は、大変な戦争を乗り越えてきました。その親たちは、明治時代の富国強兵の時代を近代日本を支えるために欲しい物も我慢して懸命に働きました。
更に遡れば、安泰と言われている江戸時代になりますが、正史ではよい時代ですが飢饉や疫病が多かった時代と言われています。
子供は長男が大切にされて、悲しい出来事や歴史はたくさんあったとされています。

そんなご先祖様たちがいたから、今の私たちが居ます。10代遡れば、自分には1024人のご先祖様がいるのです。
その内、一人でも欠けていたら存在しえなかった自分です。生まれてきた事だけでも凄いことなんです。

一人の人間がこの世界に生まれて、有形無形の様々な宝物を残していきます。
残された私たちは、その方の記憶をギフトとして受けとります。
プレゼントを受け取った私たち、伝える言葉は感謝のありがとうと返すのが自然ですね。

人はこの世界に生まれてきた以上、いつかは去る事になります。
子供の頃は、暗い部屋や死ぬのが怖いと思いませんでしたか。
誰だって怖いですよね。
それは経験した事がないから。

生を失うと思うから死ぬことはとても怖くて悲しいのです。死ぬことも変化の一つと受けとめる。この世界からあちらの世界へのお引っ越しですとある住職がお話くださいました。

人によって響き方は違うと思います。
私は、その言葉を何度も考えながら父の死から
癒されていきました。

命に小さい大きいはありません。
短い長いで決まる事もありません。

生まれてきた事が奇跡で、存在するだけで充分に尊いのです。日々を大切に味わっていきたいと思います。

他の話が上手く話せなかったとしても、この思いだけは伝えたいと思います。

口から出た言葉には責任があります。
人に物を伝える難しさを痛感しています。