こんばんは。
終活の駆け込み寺ブログを書いている好奇心のダボハゼです。
昨日に比べて気温も湿度も戻ってきたので、帰りの電車🚃の中は、汗ばむくらいでした。

日曜のブログに書いた自宅葬のお話しでもう少し補足したい内容が有りました。
あの記事である方からコメント頂戴しました。

僕が子供の頃は、自宅でお葬式をするのが普通でしたと。ご近所の奥様方が、お茶だしや配膳を手伝いにきたものです。

そうですよね、確かにご近所の方が手伝ってくれました。義父の時、実父の時、皆が火葬場に
行っている間にはお留守番をしてくださった方もいました。台所まで磨いてくれて。

お香典は、今でこそ現金を香典袋に入れてお渡しするのが普通ですが、昔は自分の畑で採れた野菜🍅やお米を持っていき、その野菜を使って通夜振る舞いをしていたとされています。
残された遺族に暮らしの負担が無いように、皆が気持ちを持ち寄ったのだと思います。
優しい社会ですよね。

お料理を任される方々は大変だと思いますが、ご縁のあった方々が皆で手伝う、私はこの光景を想像して、温かくていいお葬式だなとイメージしました。
もしも私が故人だったならば、出ていってありがとうとお酌して廻りたいくらいです。(笑)

結婚式💒やパーティー🎉は、時代を経ても式次第はそんなに変わらないのに、お葬式ばかりどうして簡素化していいと思うのでしょうか。

「慶事は短く、弔事は長く」
こんな言葉、私は聞いた事があります。

残された家族には、様々なご事情があります。
かける時間で善し悪しは判断出来ませんが、
人が生きてきた最期のお別れ。
時間をかけて丁寧にしてみてはいかがでしょう。

人の死や別れから学ぶものは実にたくさん有りますね。私も父が亡くなるまでは自由気ままに、我儘に生きておりました。

半身麻痺の父がタクシーに乗る時、運転手さんに露骨に嫌な顔をされて、とても傷付き、「私がなんとかしないと」と考えを変えたのはそれがきっかけでした。

今なら介護タクシーが使えた父。
そう考えると、この国は少しずつ優しい国として前に進んでいる・・と信じたいですね。

父が元気だった時は、仕事で午前様になると駅まで車で迎えに来ては「お願いだから、仕事を考えてくれ」と言っていました。
口では反対しても、私が昇進すると喜んで、お小遣いをあげると更に喜んで、本当に分かりやすい父でした。

あちらの世界が余程楽しいのか、全くといっていいほど出てきません。(笑)

今、幸せに生きているのはあの時しっかりお別れが出来たからだと思います。
不思議なもので、生きている時より今の方が近くに感じます。
霊的な意味では無いですよ(笑)

困った時や辛い時、自然といい方に導いてくれているような気がします。

ゆっくり丁寧に送る事。大切ですね。