妙に理屈っぽく、監督の指示も常識外れで笑いを誘うが、よく読めば野球の原点に返ったセオリーであって、『もしドラ』のほうが実は理にかなっていないのだ。昨日読んだ『分析哲学入門』は机上の空論に思えてくる。開成高校野球部のほうが哲学的で、野球を上手く記述化している。

 なお、解説で桑田真澄が「『野の球』、それが野球です」と言っているがこれは間違いだ。ベースボールを直訳すれば「塁球」であるはずだが、訳した正岡子規が、自分の本名が「のぼる」だから、「のぼーる」→「野ボール」→「野球」にしたまでである。

 図書館から借りた。

 これまでにも分析哲学の入門書は2冊読んだことがあるが、実生活に役立つとは思えない。

 かつて行政訴訟に被告側として関わったとき、Aであるか否かが争点であり、原告はAでないと主張、被告(役所)はAであると反論しているのに、訴訟参加したバカ者は、「Bである」などと全く論点でないことを準備書面に書いてきやがったことがある。このバカにいくらBは争点ではないと説明しても全然納得しなかったことを思えば、分析哲学は無力だ。

 まず愚妻が1日で読み、翌日私も一気に読んだ。

 容疑者が逃げ切れるかというとそうではなく・・・と、『プラチナデータ』と同様の構造だが、本書のほうが単純。単なる女同士の嫉妬。男からするとくだらんわ。

 図書館から借りた(文庫済)。

 神楽が逃げ切るかという単純な話ではなく、プラチナデータに関する話も複雑なので、読者を選ぶ小説だろう。アマゾンのレビューでは評価が芳しくないが、おそらく私立文系野郎に違いない。私立文系野郎は消化不良を起こすので読まないほうがよいかもしれない。


 以前、手塚治虫本人による自伝(岩波新書)と娘るみ子による伝記を読んだことがあり、息子(20年前、聖飢魔Ⅱのビデオ監督をした時に知った)は父親をどうみてるのか少し興味があった。父親を天才呼ばわりしても嫌味になっていないのはそれだけ偉大だからか。

 なお、本書は一昨日ブックオフで105円で買ったのだが、本書を手にする前に20年以上前の『有名大学合格作戦』(エール出版社)を見つけたので、なつかしく思いパラパラめくってみたところ、「玉川大学文学部英米文学科」の合格体験記(写真付)が掲載されていて、非常に違和感を持った。玉川大学ってどこにあるのか知らんが有名大学だったのか。