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演劇人生

今日を生きる!

友人から電話があった。

その中で、

「きみはいいよなァ・・・」

と、しみじみとした声で言う。


「どうして」

「好きなことをずっとやってきたし、今だってやってるんだから」

「好きなことって言えば、きみだってそうだろう?」

「何言ってんの。おれは違うよ」

「好きな仕事じゃなかったのか?」

「でもないけど、おまえとは違うなァ」

「おれから見りゃ違わないよ」


そういえば、

「演劇なんて、好きなことをやっていて」

こんなことは多くの人に言われてきたように思う。


「じゃ、きみは?」

と、たいていは質問をお返しする。

結論は、

「じゃ、今の仕事を好きになればいいじゃないか」

という以外にない。

そうすれば、みんなが「自分の好きな仕事」をしていることになるはずだからだ。



ある人のブログを拝見して感じ入ったことがあります。

さまざまなお芝居を観て、

難しくて理解できなかった自分を責めている。

「あゝ、自分とは違うなァ」


高校時代にたまたま経験した舞台出演で演劇の虜になり、

科学技術畑から急きょ方針を転換し、

大学の演劇専攻に進み一直線・・・

13年間、民藝という劇団に過ごし、

フリーになって劇団をつくり公演を続けてきましたが、

理解できない(?)お芝居もたくさん観たし、

観た人に「理解できない」と言われる芝居にも出演してきた。

その度に、理解できない自分を責めたこともないし、「理解できない」という人には、「立場が違えば当然」と言い放ってきたように思います。


現在、麻布で10に近い劇団が一緒になり、

麻布演劇市を組織していますが、

それぞれが自主的に活動していて、

創立記念に合同公演をなどという話もありますが、

なかなかまとまれるものでもありません。

「あそことは一緒になれない」

とか、

「役づくりで摩擦がうまれるよ」

「考え方が水と油だ」

などという違いばかりが表面化するものです。


「傲慢」というか、唯我独尊なのかもしれません。


わたしも少なからず・・・いや相当に頑固一徹、

他を受け容れない側面を持っています。


このことを気付かされました。

これは決していいことじゃないってことですね。


50年の長きにわたって舞台に携わってきましたが、

たどり来て未だ山麓・・・

それを天井に登ったような気でいました。

頭をガ~ンと打たれた思いがしました。

演劇の道は死ぬまで登頂できないだろうという思いになっています。

未だ山麓にある自分の足元を見つめなければなりません。

わたしの演劇の神様たち・・・









まだまだ神様は沢山います。

朝6時に目覚めたが、

午後3時までゴロゴロ・・・

起きて窓越しに外を見ると向かいのホテルの屋上で、

プランターに水撒きをしている。

「これから雨降るよ」

どんよりした雲が低く、

今にも雨が来そうだ。


さ、洗濯に行ってこよう。

一週分溜まった洗濯物は山盛りになっている。

その後は・・・

いろいろやらなければならないことがあったんだ。

地元の老人会の会費徴収を頼まれていたが、

雨前に自転車でひとっ走りするかァ・・・

さ、出かけてきま~す!!


ファイトォ・・・!?

「そういえばオロナミンのファイトォ~、ぉ~が伸び過ぎてゃしないかはてなマーク

芥川龍之介さんを研究している、

いわゆる芥川学者は多い。


この秋11月に上演する作品が決まった時、ある大学の教授で、

芥川研究家に会いに行ったことがある。

「今度、雛という作品を劇化する」

ので、先生から

「ここは重要だ」とご指摘を頂ければと思いましてアポをとらせていただいた」

と申し上げた。

すると些か困ったという表情をされ、

「芥川に雛という作品がありましたか」

と言われびっくりしたことがある。






また

「伊藤さん、これは芝居になるとは思わない」

という演出家もいた。


そういえば

三浦綾子さんの「母」公演に際しても、

これは芝居にならないと言われたことがある。


このようなことは芥川や三浦作品に限らず何度かある。

「これはいい芝居だね」

と言われたためしはないように思う。


実は昨夜もこれに近い電話が携帯に入った。


「どこが面白いの?」

というのである。

「じゃぁ見て?」

それで面白くなかったら、

10万円賭けるからというと快い返事かかえって来た。

「おう行くよ、行く!」


でもうっかり忘れたことがある。

面白かったら10万円貰う話をしなかったことだ。


楽しみが半分以下になってしまった。



何だか忙しい・・・

とにかく忙しい・・・

考えた。

「どうして?」

って。

分かった。


チェーホフの「白鳥の歌」にこんなのがある。

「いくら若いと思っても年なんだよ」

に始まり・・・

「ほら、もうそこまで迎えに来てるじゃないか」


どうも、このせいかもしれない。


「迎えには、ちょっと早いのになァ・・・!!