演劇人生 -66ページ目

演劇人生

今日を生きる!

三浦綾子原作

神尾哲人脚色

「母」

と銘打ったように、

先日公演した「母」は、

三浦綾子さんの原作「母」を基にした脚色劇です。

原作は、

小林セキさんの語り形式で物語りが進んでいきます。

それは秋田弁そのものではありませんが、

いかにも秋田出身らしい言い回しをさせています。


劇団アドックのとった方法を紹介しましょう。

脚色にあたっての神尾哲人のノートをここに紹介します。


1.小林セキさんの語りを可能な限り標準語に近いものにする。

  (理由)この演劇は、出演者のセリフにローカル性は必要ない。

      内容は、人類共通のものであるだけに、地方性に

      こだわる必要はないと思うからである。

  またセキさんは北海道で40年を送り、東京での生活も長い。

  大勢の人前で、聴く人に分かりやすいように話そうとする意識は

  確実にあるはずで、そちらを強調したいと考える。

2.貧困にあえいでいた東北の生まれであり、

  そこから形成されたセキさんの人格は消しようはない。

  また、それを土台にして培った強い生命力は、

  生活の随所ににじみ出てくるはずである。

  それをどのように表現するかが大きな問題となるだろうが、

  劇中の何処か、必要のあるところに方言を入れる程度でいい。

  (例)近くのタコ部屋から聞こえる悲鳴に、

     耐えられない思いから、

     「戸を閉めて鍵をかけてくる」を、

     「戸をたてて、ジョッピンかってくる」

     というような言葉がひょいと出てくることでどうだろうか。

3.ローカル性は、末松の兄、慶義によって象徴的に表現してみる。

  先の政治家佐々木更三氏(今は渡部恒三氏も)のように

  一生(?)染み付いて直らない方言もある。

  慶義にその役目を荷わせることで、セキや末松が囲まれた

  生活の一部を表せればいいと思う。

4.また、子どもたちの中で、多喜二に方言の一部を荷わせる。

  秋田生まれで、小樽に育ったが、地元の労働者に密接した

  活動をしているために、「~だべさ」とか「な(何)して?」等の

  ちょっとした言葉の端はしに、その雰囲気を入れたい。

  単なる小樽商高を出たインテリではなく、

  その生活が働く人々と親身な接触にあることを、

  「匂い」として表したいと思っている。

5.また「おふくろ」を「母さん」で統一する。

  東北一帯で「おふくろさん」はあまり使わない。


以上のような覚書がある。

今回の公演で、3名の方から「方言」についての指摘がありましたが、

脚色に当たって、神尾の中では、その活かし方や消し方について

かなり考慮した形跡があります。

その内容を掲載してみました。


しかし、これは人それぞれに感じる内容は異なると思います。

わたしたち劇団アドックは、神尾哲人の考えを「よし」として、

上演しました。

「母」打ち上げ合評会写真です。

劇団員ボブ・SGのお店(横浜関内)で行いました。

欠席者もありましたが、終始和やかに、

飲みすぎ、食べ過ぎの一日になりました。

これは、これで良し!

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
  左から、ユキ役の森下さん、制作の代野さん、三吾役の木原さん

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
  うう~ん・・・しゃべりながら眠りに入った

        三吾役の木原さん

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
その妹は、人に見えないところで結構苦労している

         ユキ役の森下さん

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
   勢ぞろい「母」組(欠席者がいるが)大賑わい

ビール、紹興酒、杏酒、日本酒・・・開ける開ける・・・

しかし実にジェントルな人たちだった。

お互いにほめ合う中で宴が進んでいった。

「いい人たちだ!」


アドリブの女王鈴木さん、獅子奮迅の渡邉(ナベちゃん)さん、

タミちゃんとアドックの母三井さん、機を見て敏の木原さん、

チャンコイ妹森下さん、温かい大島さん、韋駄天の戸塚さん、

縁の下の大力持ち吉野さん、気は優しくて力持ちのボブさん、

抜群の座長三園さん、闇に光をともす村上さん、裏方に徹した代野さん、

友人の皆さん、そして我輩・・・・です。

今朝10時から、

赤坂地区老人の集まりがありました。

先の「母」公演をご覧頂いた方々がたくさんいらっしゃいました。

お一人から、アンケートを手渡され、

お一人からは談話とし録音させて頂きました。

転載します。


東京都 YU様(談話)


よかったよ。

泣いちゃったよ。

こういう劇は10年以上も観ていないね。

演舞場だ帝劇だと方々で観てるけど、

「母」はいいね。


どんなお芝居をご覧になるんですか?


この前観たのは・・・何だっけね、忘れちゃった。

10月には「女の一生」観に行くし、

玉三郎も行くよ。

昔は俳優座、近くにあるしよく行ったけど、

最近はさっぱりだね。


大きな劇場だけですね。


あれ(「母」)も大きい劇場でやるといいんだよ。

その価値はあるよ。

主役の人は特によかったね。

声も立派だし、お芝居が上手いもの。

あんな女優さんがいたら何でも出来るね。

三浦綾子さんは初めてだけど、

もっとだいだい的にやって欲しいね。

またあったら、必ず観にいくから、知らせてよ、本当に。

***********

東京都 MT様


よかったです。

本格的なお芝居で、丁寧につくってありました。

麻布演劇市のお芝居は何度かみましたが、

今の世の中に必要なメッセージの盛り込まれたお芝居でした。

感動と喜びで、幕が閉まってからも泣いていました。

よかったです。ほんとうによかったです。

劇団アドック応援します。

「母」という舞台を通して多くのものを学びます。

早稲田大学を出て直ぐ、

宇野重吉氏のお宅を訪ねました。

「コネがないと入れない劇団だと聞いたので、コネになって欲しい」

と頼み込みました。

「そうか、きみはコネがなければ入れないような人間か?」

といわれて、

「では、実力で入りますので、さっきお渡ししたウィスキーを返してください」

と、一度渡した酒を持ち帰り試験を受けた。

この常識はずれの行為が「コネ」になったのかもしれない。

その後、民藝で役者生活に入ったが、

それらの経緯がどうであれ、演劇の道一筋といえなくもない人生である。


それに引き換え、

劇団代表の三園ゆう子さんはまるで違う。

長崎の大学から、

大和証券の国際金融部に入社したが、

大学時代にしていたアナウンスの仕事が忘れられず、

数年後に退社し、司会の仕事などをしながら、

朗読を通して表現の世界と、心理学者南博氏に師事し、

その接点を研究していた人である。

わたしとは、司会の仕事で知り合った。


その彼女が、突然(本人は突然でもなんでのないというが)、

演劇をやりたいといい出した。

そこで作ったのが劇団アドックである。


三園ゆう子さん

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

「母」もそうですが、

芥川龍之介原作「雛」、三浦綾子原作「新しき鍵」、

「壁」、神尾哲人作「河童が消えた」等・・・

すべては彼女の語りから始まる舞台です。


三園ゆう子さんには大きな特徴があります。

その第一は、芝居をしないことです。


自分自身で感じられないことには妥協しません。

感じられるまで内容を吟味し、

その上でなければ納得せずしゃべりもしなければ動きもしません。

セリフを声にしないのです。


考えてみれば、こんな難しい女優はいないかもしれません。


今回の「母」でも、最後まで言ってくれないセリフがいくつかありました。

但し、「それは脚本家のせいじゃないよ」

と言いたいところですが、反論しませんでした。


一つ例を挙げると、

お盆で帰ってくるはずの多喜二が帰らないわけを、

長女と次男が隠していて、

その妙な雰囲気に、

「二人とも・・・えっ、どうしたの?」

の、

「えっ」という一言のセリフです。

この「えっ」を言えないというのです。

「二人とも・・・」と言って目を移した時に、

相手の役が何かを言おうとしていなければ、

「えっ」

は確かに出るわけがないのです。


これは三園さんのいうことに間違いありません。

ここまで細かいところに神経を使わなければ、

その大切な部分(「えっ」の一言かもしれませんが)を

カットせざるを得ないのです。


「母」では、

2時間30分の時間の内、

1時間以上はセキさん(三園さん)のしゃべりで成り立っています。

その中の0.01秒の「えっ」にこだわる理由は、

嘘の芝居はしたくないという女優としての魂だと思います。


だから、役としての生活をするのは、

「芝居をすることではない」という彼女の役づくりが、

あるのかもしれません。


「この一言は、一度溜め込んだ息を吐ききらないと言えない」

セリフとか、

「目線を移さないと言えない」

セリフ・・・

これは計算ではなく、

「何を、どう感じる」かからきているのだということが分かります。


彼女の語りは、

「きれいな声で、はっきりしていて、気持ちが分かり、自然に引き込まれていく」

と、多くの人が評しています。


確かに、物語りを、ここまで語れる人はいないと思っています。

これからの作品でも、

「わたしは○○と申します」

で始まる演劇が、劇団アドックの定番になっていくだろうと思っています。

「母」では、

地方公演に行けば、

弔問の場と、シオン教会の場で、地元の客演者を募ります。

地元の合唱団であったり、教会の信徒だったりいろいろです。

今回は、港区内の老人クラブの皆さんや、合唱団に応援を頼みました。


しかし、第2幕の「秋田音頭」を歌い踊り、

母セキさんの友人として登場する近所の人たちとして、

港区主催のカルチャー教室(わたしの主宰)の教え子たちの出演を決めました。

そのメンバーは、

渡邉満江さん、田中敏子さん、鈴木俊胡さん、諸角始子さんの4人です。

他に、場内アナウンスに小野さん、受付に長さんの応援を受けましたが、

皆さん懸命にやってくれました。

正直、彼女たちがいなければ、今回のお芝居は成り立たなかった・・・

これはは事実です。

今回は、その中から渡邉満江さんを取り上げます。


渡邉満江さん

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」
ものすごいパワーの持ち主です。

着物で舞台に上がる「母」出演者の着付けを全部やっていただきました。


幕開きから裏通路の一角を陣取り、

下着一枚になり汗だくでした。

わたしたち劇団始まって以来かもしれません。

本ものの裏方さんと・・・

セキさんの友人2役を見事にやり遂げたのです。


「獅子奮迅」とはこれをいうのでしょう。

稽古の途中から皆勤した一人でもありました。


家庭にあっては、いいお祖母ちゃんのようです。

先日も、お孫さんを連れて九州の観光地めぐりをしています。


「わたしに出来ることですから」

と笑顔でいいますが、

自らのできることを大車輪で、

弱音ひとつ吐かずに、すべてをやり遂げるのは並大抵ではありません。


一切、何の条件も言い出さず、

終えて、ため息一つつかず、

笑顔で平素の姿に帰る人・・・

渡邉満江・・・


正直、わたしは、こんな大きな人を見たことがないのです。


今度、劇団員に誘いたい方ですが、本人は何というか・・・