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演劇人生

今日を生きる!

原発反対デモ、共感する?しない? ブログネタ:原発反対デモ、共感する?しない? 参加中

私は共感する 派!

本文はここから

「どうしても必要ですか?」

「いま公開されている情報で、本当にすべてなのですか?」

「この程度の量の被爆でしたら、ただちに健康への影響はありません」

「ただちにでないとすれば、では影響は何年後にでてくるのですか?

「10年後ですか?20年後ですか?」

「さぁ・・・?」


「お前ねぇ、年を考えてみろよ。10年も20年も生きているつもりか?」


「そう言っている皆さんは、10年、20年後生きていますか?」


「言ったことに責任持てますか?」


「おれは生きちゃいないよ」


「そうでしょう?」


「私の心配なのは、若者たちや、子どもたちのことですよ」


「電力が足りませんか?正直に言ってください」


「火力発電でつなげませんか?」


「大気汚染が気になる」


「キレイごと言ってるんじゃないよ」


「核汚染は目に見えないし、事故さえなければ安全だから」


「本当に安全なのですか?」


「東京湾に作らないのは何故ですか?会社名が東京電力なのに・・・」


「原発建設はコストは安いですか?」


「どんな事故が起きても、政府が何とかしてくれるから

原発はやめられないですよ」


原発反対のデモでている人たちに声援を送ります。

十数年前、原発反対の署名簿を持ちまわったことがありました。

朗読 語り 話し方

 「表現講座」

先週までは、麻布区民センター開催の

「ふれあい祭り」に参加。

「河童が消えた!」

に、全員が出演しました!

好評裏に終わりました。

みなさん、ご協力ありがとうございました。

        演劇

今日から通常のレッスンになります。

3ヶ月¥10,000(毎週金曜日)

テキスト無料配布

日比谷線「広尾」駅1分

受講希望の方は

港区ふれあい館まで電話でどうぞ!

http://www1.r4.rosenet.jp/fureai/ #

俳優への道

女優への道

演出への道

作家への道

照明への道

音響への道

衣裳への道

美術への道

制作への道

そして

劇場への道

がある


そのおおもとに

その全ての道に

人への道があり

自分の道があり

自分への道がある


戻れない道

やり直しのきかない道


来週から、

O・ヘンリー原作

12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

   O・ヘンリー
「最後のひと葉」

の稽古が始まる。

極端に少ない稽古日数を、どう活かしきれるか。


自らの道を見つめることから始める以外に道はない。


このシリーズもいよいよ終わりです。


インプロも最終に入り、

犬山さん(やはり「さん付け」します)は稽古場の真ん中で

膝をついて我輩のご先祖さんの銅像のような格好で座った。

それから肘をついて姿勢を低くして顎を床につけ舌を出して大あくび・・・

「アッ、奴さん、我輩の真似をしている」


「レロレロは出来ない」

の行も口中で舌を動かしている様子が見える。

「まいったな!」

正直、我輩はシャッポを脱ぎたくなった。

「あッ、笑ったッ!!」

そこまでやられちゃ堪らんねェ・・・

「こりゃ、文化勲章ものだな」

そうか・・・我輩は犬山さんが何故こっちをじっと見ていたのかを

初めて理解した。


「たいした人物だ」

「役者だァ!」


完全にやられた思いで凝視していたに違いない。

呼吸が荒くなっているのを実感しながら、それを抑えられない。

本当は、

「やったなァ!」

といいたいところだが、

「やられた!」

という思いのほうが強かった。


人間というものはたいしたものだ。

見くびっちゃいけない・・・そんな思いの中で、

犬山さんの演技を見終わった。


ご婦人のことばに我輩は驚いた。

「犬山さん、何だか犬らしくなかったわね」


「・・・・・・」

我輩の脳内は混乱した。

「えッ、それ、どういう意味?」

分からない。


演技がどうのこうの、良いの悪いの、

上手いの下手のという声が飛び交っていたが、

それもいつしか終わり食事会になった。


残したままの鶏の唐揚を見た婦人が、

「ワンちゃん、お腹空いてないのね」

と言ったまま持ち去り、我輩の前には何も配られなかった。


寒くなってきましたね。

貧乏人にはつらい冬がやってきます。

屋外生活の我輩も寒い冬は弱りものです。


雪やこんこん あられやこんこん

降っても降っても まだ降り止まず

犬は喜び 庭駆け回り

猫は 炬燵(こたつ)で丸くなる


この歌もいい加減そのものです。

「犬に聞いたのですか?」といいたいですよ。

犬は寒がりなんです。

我輩などより猫のほうが寒さには強いんです。


猫は頭がいいですから、炬燵に近いところに陣取り、

いかにも寒さに弱そうな振舞いで、人間の目に同情を訴えます。


ところで犬猫の殺処分数をご存知ですか?

何年のことか忘れましたが、

全国で80万頭で300億円かかったという話を耳にしたことがあります。


人の自殺について述べたことがありますが、

この中に自殺を考えた犬猫は一頭もいなかったはずです。


それにお願いです。

鼠の数も一匹、二匹、犬も猫も一匹、二匹はやめて欲しいな。

ゴキブリも同じでしょう?

犬猫といえども誇りをもってこの世に存在しようとしているんです。

だからこそ、いじましいと思いながらも、人様に媚びたりもします。

本意ではなくてもです。


人間様も森羅万障の中のひとつだってことを忘れないで欲しい。

一緒に生きている仲間だという意識をもって欲しい。

飼われて生きる我輩がこんなことを言っても説得力ありませんか?

「でも、これ、我輩の願いなんです」


この短いシリーズを通じて、

「我輩の言いたいことはこの一点なんです・・・はい」


では、お元気で。


・・・おわり


12月は O・ヘンリー原作「最後のひと葉」

「待てよ・・・」

鏡を見てチェックしたくなった。


我輩が、犬をテーマにしたインプロを見て違和感を感じているが、

あの人は我輩の表情を見て違和感を感じているのかもしれない。

犬にあるまじき表情をしているとか・・・?


いや、そうじゃあるまい。

人間は想像力の強さは持ち合わせているが、

自分の思いに引っ張り込んでくる傾向が強い。

一人よがりが多いのだ。


我輩は違う。

我輩の場合は被害意識が原点にあるだけだ。

ちょっと不審な行動を見ると反社会的な行動の前触れかと思って、

反射的に吠えてしまうこともある。


しかし犬族からすれば、これは致し方ないといえなくもない。

だって、鎖につながれていて、避難するにもままならないのだから。

被害者意識はいやがうえにも植えつけられてしまうのだ。


人間の方は、自分は加害者であると思うことは少ない。

何か不都合なことが起こると、99.9%は他人のせいにする。

犬が吠えたとか睨んだとか・・・


あの役者は、演技が上手くいかないのは

我輩が笑ったからだなんていうのではあるまいか。


いかんいかん、これこそ被害者意識ってやつだ。


・・・ご婦人の声がした。

「さ、今度は犬山さんね」


「えッえッ・・・いぬやま・・・!!!???」


「我輩を横目で見ながら、「笑った」と何度か言った人が犬山?」


思わず声を出しそうになった。


「無関心を装おう」

これが毒にも薬にもならない我輩の存在テクニックなのだ。


すると何ということだ・・・

「アッ、ワンちゃん無視してる」

なんて言うじゃないか。


「イプセン、ちゃんと見てろ」

主人が頭を撫でながら我輩に囁いた。

「あ・・・、はい」


こうなったら覚悟しよう。


犬山さんという人はニヤリとして稽古場の中央に進み出た。

そして・・・


続く・・・