「お前は何も知らないな」
この劇団は日本の三大劇団の一つだそうだ。
「演劇をやってるんだろう?」
そんなことも知らないのかと言わんばかりの顔だった。
民藝、俳優座、文学座を、
当時は三大劇団といっていた(ようである)。
民藝の芝居は一度も観たことがなかった。
シェークスピアが好きなので、
芥川比呂志の「ハムレット」や千田是也の「ウィンザーの陽気な女房たち」などは見たことがあるが、民藝だけは名前を知っている程度だった。
友人たちは異口同音に、
「お前向きの劇団じゃないよ」と言った。
「どっちかと言えば文学座だろう」
とか、
「民藝じゃお前には続かないよ」
とかいろいろ言われたものだ。
ここで、一つの生き方を考えた。
好きな劇団に入れれば、それもいいだろうが、
「入った劇団を好きになればいいじゃないか」
どんな役者や演出がいるのか調べると、
宇野重吉さん、滝沢修さん、北林谷栄さんなど。
「あ、この人たちなら知ってるよ」
程度の知識しか持ち合わせていなかった。
「この劇団はフリーで入るのが難しい」
「コネらしいものがなきゃ」
駄目だろうと友人が言う。
「じゃ、コネになってくださいと頼みに行くよ」
生き方を考えた一つがこれだった。
山はこっちに来なくても、こっちが行けばいい。
これだ。
民主団体の知人に頼んで、宇野さんにアポイントをとってもらった。
目黒区にある宇野さんの家を訪ねた。
「民藝というところはコネがないと入れないと聞いた」
だからコネになって欲しいと、サントリーのだるまを渡した。
「そりゃいいけど、君はコネが無きゃ入れないのか?」
例のボソッとした口調で聞かれた。
生き方の課題が突きつけられた。
「実力で入ります」
ウイスキーを返してもらって家を出た。
玄関までついて行ってくれた友人は、
「大丈夫?」
と心配してくれた。
「おれは自分の生き方を示したんだ」
続く。

