演劇人生 -243ページ目

演劇人生

今日を生きる!

河童に会った。


僕の頭は、

一日のうち2~3時間は河童に占領される。


明日が、脚本の締切だ・・・


東京ミッドタウンがオープンして、

檜公園もリニューアルされ、

(勿論人工だが)渓流が流れ込む池ができた。


檜公園の池

「ここに河童を住まわせてはどうだろう?」

・・・なんて、他愛のない思いを巡らしたりしたが、

やはり“見世物”でしかなくなるだろうし、

身を隠すにも苦労するに違いないと・・・

その計画は思考の中から消し去ったのでした。


「どうして河童はいなくなったのか」


・・・元々、想像上の妖怪の一種だ・・・

と言ってしまえばケリはつくのだが、

脚本の中に閉じ込めるまでは、

現れては消え・・・の毎日だ。


昨日、自転車がパンクした。

おかげで、駅まで歩きになった。


・・・?


地下鉄赤坂駅から千代田線西で日暮里へ出た。

JRに乗り換えようとエスカレーターに・・・


すると・・・!!!

「河童だ!」目

杖を突いた老齢の・・・紛れもない、河童じゃないか!


以前に近隣の男性を、似ているということで「河童か?」

と錯覚したことがあったが、

これは間違いなく河童そのものだ!


河童の画

歌まで歌っている・・・

「かっぱっぱ かっぱっぱ・・・」


「お~ッ、奴は、自分の色に似せた緑の山手線に乗った!」

おれは京浜東北線に乗らなければならない。

「・・・えいッ、日暮里、田端とふた駅でもいい、同乗して様子を見よう」



≪続けるか≫

相談の電話が来ました。

夫が亡くなってから5年になるという女性からである。


勿論詳しい名前などは伏せますが、

僕が披露宴司会としてお付き合いをした元新婦です。


ご主人が亡くなったことは、数年前偶然に出会った彼の父親から聞かされました。

子どもが生まれたばかりなのに、交通事故で亡くなったというものでした。

亡くなった夫との間には1人の女児がいる。


「彼女も不憫だし、一緒に住んでくれるというので」

義理の父は、

「息子が亡くなっても、君は娘であり、○○ちゃんは孫だ」

「再婚したい人が出来るまで一緒に住まないか」

と言い、彼女も喜んで受け容れたらしい。


それが、日々の生活を送る中で、2年目頃に男女の関係が生まれたという。

そこで、夫が亡くなってからずっと、義理の父娘の関係でいたが、

肉体関係は続いているらしい。

娘も、6歳になり、おじいちゃんとは思っていない。

呼び方も「パパ」だという。


だから、

「正式に結婚したい」という話でした。


「でも、それは不可能じゃないの?」


という話に、彼女は驚いていましたが、

一度親子の関係を結んだ相手とは、

解消しても結婚はできないはずだから、

よく調べたほうがいい…とだけ言って電話を切りました。


これは内縁関係の夫婦にしかならないのではないだろうか。

六法全書はとうに処分してしまったので、

図書館にいってみよう。


それにしても立て続けに妙な相談話が舞い込んだものだ。

「結婚が解消されましたので、司会解除してください」

・・・こんな電話が入ってきた。

最近珍しいことです。


婚約は、将来の婚姻を目的として交わされる当事者間の合意事項です。

結納は、口約束ではない証拠立てるための儀式ですが、

指輪の交換でも証拠になる。

いいえ、友人に紹介しても証拠として認められるそうである。

これは法律的な問題だが・・・


この二人はどうして解消になったのだろうか・・・?

分からない。

2~3週間前に新婦さんと、電話で会話を交わしたが、

明るい感じの声で、気持の優しさがにじみ出ている・・・と思えた。

声に丸みがあったが、ここに含みを感じないでもなかったが・・・


その新婦から数時間前に携帯に電話があった。

「折角、打ち合わせの約束までして頂いたのに・・・」

申しわけがないというものだった。

「事情はお伺いしても失礼でしょうから」

と、一方的な話を聞いても仕方がないと思ったところが、

「彼のお父さんの求めなんです」

彼は内科のドクターで、

彼女は看護師だそうである。

「彼のお父さんが、相手がいるので、私との結婚を解消しろ」

と、言われた彼は、それに従わざるを得なかったというのだ。


やはり、聞かないほうが良かった。

やりきれないしこりが心に残ってしまった。

僕には、どうしてもやれないことだし、

顔も合わせたことみもない僕が何を言おうと、

彼女には、いっときの慰めにもなるかどうか・・・


3ヶ月先に控えていた結婚が、

相手の一方的な理由で解消され、

同じ病院である職場にも顔を出せないだろうし、

彼女の心の傷はどんなか・・・と想像すらできない。


「仕方がございませんわ」

そう言ったまま、無言が続いた。

「子どもも処理するつもりです」

「そうですか・・・」以外にことばが出ない。


産みたいと言ったらしいが、数百万円の慰謝料を払って来て、

「縁がなかったことにして」

という結末らしい。

看護師であった彼女には、

「ドクターと結婚できる」という家族や親戚の期待とは違う、

彼に対する愛情があったようだ。


彼の父が探した相手は、

外科の女医さんだそうである。


やりきれない話である。

母親や幼児の殺害…

立てこもり銃撃事件…

日本の犯罪の質や形態が変わって来たといわれます。


僕が高校生でしたか…

バラバラ殺人事件がありました。

テレビや新聞で報道された後は、

食事ができないほどのショックを受けたのを覚えています。

また容疑者が、うちと同姓だったことにも、

衝撃を受けました。


ところがいまはどうでしょうか…

日常茶飯事化した事件になりつつあります。


いまM子さんは…


以前、音羽事件という女児殺害事件がありました。

護国寺を近くにし、

周囲には、

鳩山邸や山県有朋の屋敷跡、

椿山荘などがロケーションをつくり、

静かなところという印象があります。


江戸川橋付近の神田川
                       付近の神田川(大きな鯉の姿が見られる)

そこで、お互いに知り合いである間柄の中で、

子殺しが起きたのでした。


殺人犯として、現在服役中のM子さんと、

その旦那さんとは、

西日暮里の居酒屋で一緒に飲んだことがあります。


僕も、常連の友人として、ゲスト参加でしたので、

立場としてはM子さんと同じような立場でした。


控え目で、静かな奥さん…の印象でした。

常に伏目がちで、笑みをたたえ続けていました。

近くの寺に勤めている旦那さんは、

活動的で喋りも多い方でした。


二人をよく知る友人達は、

「今度は旦那じゃなくて、奥さんに来てもらいたい」

とか、

「これからは、必ず一緒に連れてきなさいよ」

…と、家に閉じこもりがちになる奥さんへの配慮を促す声が

ほとんどだったのを覚えています。


その後、グループの中から移転者が出たりして、

集まりも少なくなったと聞いています。


2年くらい経ったある日の報道に触れた瞬間、

「これは、あのM子さんが犯人かもしれない」

たった一度会っただけの女性ですが、

直感的に、そう思わせるものを、

僕の心に残していたのです。


数日後、犯人として逮捕されたのは、

直感通りのM子さんでした。


僕を飲み会に誘った友人に電話すると、

にわかには信じられなかった様子でしたが、

「やはり、そこまで行ってしまったのね」

…と、声を詰まらせました。


子殺しや親殺しが連続しているきょう日、

人の命というものを、

真剣に考えなければならない時にきているのではないのかなァ…


そこで、自分にできるものって何だろう。

また、やらなければならないことで、

やり残しているものは何だろう…


好天の空の下、音羽から護国寺への道を、

こんなことを考えながら歩きました。

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本文はここか
憲法が施行されて、60年目の今年、
その年に、憲法を改正するための国民投票法が採決されました。
僕は憲法改正に反対です。

絶対に反対です。

理由は簡単です。

こんなにいい憲法を有している国民は、
僕ら以外に、
この地球上にはいない・・・

そう思っているからです。


「日本国憲法」を世界遺産に・・・

という話もありました。

しかしこれには無理があります。

いま既に、「看板に偽り」ありだからです。

自衛隊は戦力ではない…なんて誰が言えますか?

さて、実は…ここに落とし穴がありました。

だから、「実際の日本に憲法が合わなくなってきた」
という論拠です。
だから、「実情に合わせて改憲するべきだ」
というのです。

つまり、
「偽り」に合わせて
「看板」も変えようというわけです。

未曾有の悲劇を味わって、
太平洋戦争が終わりました。
僕らは…そこで、
天皇の臣民から、
人間になりました

戦死者を迎える
                                  戦死者を迎える人たち
僕たちは、
戦争が、いかに悲惨で、
非人間的で、
この世にあってはならないものかを知りました。

そこで、何事の解決にも、
戦争ではない、話し合いを以ってすることを誓い合いました。

しかし、争いはなくなりません。

ここで考えてみたいのです。
「道を歩いていて、暴漢に襲われても、抵抗しないのか」
「泥棒がこないように鍵をかけ、家族を守って何が悪い」
「相手にやられっぱなしにならないために、木刀の一本持って何が悪い」

泥棒説、暴漢説、戸締り説…等々、
いろいろな例え話が出てきます。

しかし、国家間のトラブルとはわけが違います。
国連もあり、外交という手段もあり、世論もあります。
北朝鮮がどうもがいても、
世界中は、民主的な平和国家として見ていますか。
北朝鮮が、いまのままで日本に対して、
テポドンやノドン(だか何だか)を撃って来られますか。
世界中の非難の的になるような愚かなことは、
「あの」北朝鮮ですらしないのではないですか。

ここで言いたいのは、
憲法をいじるとか、いじらないとかの問題ではない、
日本の実情を、憲法に近づけていく、
変えていくことが必要なのだと思うのです。

僕の考えは単純なところから来ています。
先にも、同じことを言いました。

ベトナム戦争
                                   犠牲になるのは、いつも弱い者が多い(ベトナム戦争写真)
友人の長男に女の子ができました。
その子に、
「あなたのお父さんは、殺されたけれど、
軍人として、核兵器のボタンを押して、
何百万の敵国民を殺したから、
日本の英雄として靖国神社に祀られているのよ」

こんな会話の交わされる国にだけはなって欲しくないのです。

このようなことが起こらないためにも、
世界に誇れる

「日本国憲法」

変えるための法案、
「国民投票法」
には、

『反対です!』