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演劇人生

今日を生きる!

あっという間の一年・・・

と言いたい気持ちですが、

結構苦渋も舐めた一年でもありました。


ま、過去と他人は変えられないが、

未来と自分は変えられる!


この思いをもって年を越そうと思います。


みなさん、今年一年お付き合いいただき、

ありがとうございました。


心から感謝し、

皆さまがよい年をお迎えになることを、

併せてお祈りしております

「いい人だ」

あの人となら気が合うとか、

一緒にいて気がおけないから・・・

と人を評価することがある。


先日映画「ゴーンガール」を観た。

愛し愛されて結婚する。

いい関係だと思っているうちに恐怖の中に引きずり込まれる。

「あゝ、何か自分と共通点が・・・」

などと筋を追いかけているが、

「えッ、そこまでやるか?!」

背筋を戦慄がはしる。


人の考えることだからと思いながら、

フィクションに現実をぶつけていく。


結婚ってなんだろうと思う。

わたしも最愛の女性と結婚して、

「おれより幸せな男はこの世にいない」

と思ったものだ。

そして20数年を経て離婚に至った。

いい恰好はしても始まらないが、

あんないい女はいない・・・いや、いなかったと今でも思っている。

フィットするとか気が合うとか単純なものではない。

すべてが合う・・・反りもあう感じだった。

平らな板が二枚重なり合うようなものではない。

反りもぴったりだと・・・


しかし、それも変化する。


それ以後、

反りが合うと思っていたのは自分だけで、

相手もそうだと勝手に思っていたことに気付いた。


深く考えると、反りが合うなんてことはなかなかあり得ないことだとわかる。

違う環境で10年、20年と別に生きてきて、

価値観も違うのは当たり前。

違っていなければおかしいのである。

親兄弟、同じ屋根の下に住み、

同じものを食べ、話し合っていても違うのである。

とすれば、

他人同士違いのあるのは当たり前でしょう。

お互いが、合わせようとしてコミュニケーションの方法を考える。


先ほどまで、こんな話を数人でしていあました。


2014年はどんな1年だった? ブログネタ:2014年はどんな1年だった? 参加中
本文はここから

試練に満ちた一年でした。
演劇公演を中断した一年でもあり、
自らと向き合う時間の多いことから、
今の年齢を改めて考えました。
地元の老人たちとのコミュニケーション、
職業柄、文化的求めなども客観視してみると、
存在感の希薄さと裏腹に、
何とかして自分を主張したいという欲求もある。
複雑だと言ってしまえばそれまでですが、
政治にも置き去りにされ、
目先が晴れない混沌とした状況があり、
「このまま生きていく」ことに不安を感じているように思います。
何とかしなければ・・・
と思わせる一年でした。

「早口ことばはやらないのですか?」

「はい」

「どうしてですか?」

「みなさんのしゃべりも朗読も早すぎますから」

これ以上、早くしゃべられたら何を言っているかわかりませんというのが私の考えで、滑舌というのも「違いませんか」といいたいところ。

舌を滑らかにすることでもない。

音が指定される音であればいい。

「か」なら「か」になっていればいいのだ。

生麦生麦生卵

東京特許許可局

言いにくい音を並べていますが、

何故言いにくいかを考えればいいのです。


現在、港区でカルチャーを担当していますが、

読み聞かせや朗読では、

ほとんどダメ出しらしいことはいいません。

各人の個性は生かす方法を考えますが、

最近テレビでも妙なナレーションが多いのに呆れています。

以前、MLさんやWAさんなど独特なしゃべりで

一般化した感じはありましたが、あれはあれ。

何か特徴をつくればいいというわけではない。

SAさんも「これがA?」と思わず言ってしまった、頂けない特徴づくりも多い。

わたしの師匠も独特のしゃべり口調だっただ、つくられたものではなかった。

特徴になり得る個性を磨けばいい。


普段のおしゃべりを、

活字を見て「しゃべり」「読む」にどう生かすか。


演劇のテーブル稽古や読み合わせでの課題もこれだと思います。

しかし面白くないということで、

この大切な稽古の時間が段々少なくなってきているように思います。