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演劇人生

今日を生きる!

知り合いが和装ファッションショーをする。

いつも同じでマンネリ気味だそうな。

和装といっても友人のは、

リメークもので、

洋服感覚で着たり、

袖をバッサリとカットして、

ワンピースに近かったりする。


「じゃ、コッペリアを踊れるように

 リメークできませんか?」

・・・と宿題を出した。


中心は、あくまでもショーだが、

ストーリーはウエディングショーに・・・

面白いでしょう・・・

決まりかなァ、コレむっ!!

食後は、

胃に血液がまわるので眠くなるなんて

嘘ですぞ!


腹いっぱいで眠れない・・・

それとも、コレ・・・

神経のせいだろうか

・・・と思って時計を見ると、


な~んだ・・・時計

まだ1時をまわったばかりじゃないかにひひ音譜


ぼくは2時を過ぎないと寝られないのだ。


たいていは3時くらいにベッドに入る・・・

眠れないのはあたりまえなのだ。

さ、一仕事しよう・・・


と言ってもにひひ音譜

こそ泥に出かけるわけじゃありませんよ。

「こちら、警視庁××警察署の××と申します」

むっ「えッ」

・・・実に丁寧な自己紹介であります。


「はい、伊藤と申します」

つい引き込まれる。


「恐縮ですが、

 こちらから確かめさせていただいて

 よろしいでしょうか?」


「はい、勿論です」


もう一度、名前と、

本人確認ということで、

生年月日を聞かれた。

「落し物が届いておりますので電話いたしました」


「はい、ご丁寧にありがとうございます。

 ところで落し物とは何でしょうか?」


「数冊の預金通帳です」


「・・・はぁ?」えっあせる


「はい。申しわけありませんが、

 ××警察署でお預かりしておりますので、

 取りに来て頂ければと思います」


「あ、そうですか。ありがとうございます」


むっ・・・・?

電話を切ってから

いつも黒いケースに入れてある

通帳を探した・・・が、見つからない。


残高が限りなく0に近い10通程度の

通帳を入れた黒いケースがない・・・!?


あらァ・・・何処で落したのだろうか?

いくら考えても、落すわけがない。

一昨日、預金から幾らかを引き出し、

自転車の前籠に入れて・・・

「あッ・・・」

・・・その後、喫茶店に入ったから・・・

この後の記憶がない。

とすると、落したのは喫茶店か、

取り忘れた前籠から盗まれたのか・・・


むっ「ぼくのことだ。落したのだ」


以前、家賃分を入れた財布を

六本木付近で落して(これは間違いない)、

数時間後に、そのまま出てきたことがある。

拾った人が交番に届けてくれたのだった。


警察署に行った。

ちょうど10冊の通帳が入っていた。


「拾った方は、

 名前は言わないで下さい

 と言っていましたので、

 どうぞ、お持ち下さい」


東京も、捨てたものではないぞ。

いい人がいるんだ!

帰りは、ぐるぐると神宮を回り、

代々木まで回り、

ひまつぶし弁当を食べ、

カレーヌードルを食べ、

カボチャグラタンを食べ、

黒烏龍茶を飲み

・・・帰ってきた。


「いい気分だァ!」


だが、腹もいっぱいだァ!

「海のエジプト展」

パシフィコ横浜で開催されている。

劇団生活
この世知辛い時期に、

よくぞ、これまでのものを、

遠い日本に運んで来たもの・・・

まず初めに思ってしまったほど。


何十体という巨大彫像から

イヤリング、ネックレス、金貨まで・・・

アレクサンドリアの海底で発見され

発掘されたものとのことだが

目を見張らせるものばかりだった。


日本でも書き換えられる歴史があるが、

カノープス、ヘラクレイオン、

アレクサンドリアの都市ごとに

展示コーナーが分けられている。


アレクサンドロスによって建設されたという

プトレマイオス朝の都として栄えたという。


クレオパトラの父ではないかと思うのだが、

プトレマイオス12世のスフィンクスがあった。

笑みをたたえたような、いい顔立ちをしていた。

きのう、見知らぬ人

(・・・と、思うが、村田さんと名乗っていた)

から電話があった。

(実は村田さんという知人は2人いるが・・・)

「突然の電話で申しわけありませんが・・・」

で始まった話だが、ぼくにとっての、

「演劇の魅力って何ですか?」

と聞かれた。


電話では話しきれない

というのも芸がなさ過ぎる。


子どもの頃を振り返る。

「虫採りに行こうか」といわれて、

「何処に?」

「いつ?」

「どんな虫?」

「どうやって?」

「ぼくと、××と、誰と?」

演劇創りには、

子どもの興味のある「?」が

みんな詰まっているんです。


「だから好きなんですか?」


「それにね・・・」

活字という線の断続と

印刷された平面の本を

3次元の世界にするために、

その3次元をも超えることかなぁ。


「それ、どういうことですか?」


「やはり会って話しましょうか?」

このまま話し続けたら、

2~3時間になってしまうでしょう。


「いや、結構理屈っぽいですね」


という。

電話で簡単に説明しようと

していますからね。

お目にかかって話せば、

2~3時間あれば、

半分以上は

分かっていただけると思います。


何せぼく等は、

芝居を観ていただくために

一ヶ月は稽古をします。

その成果を

舞台を通して観ていただくとしても、

「これさえ観ていただければ」

といものではない、

観る人によっても感じ方も

受け取り方もまちまちです。

「これさえ観ていただければ」

などいうものもないのです。


「では観客には何を求めるんですか?」


「何も求めません」し、

「何かのために選んだ作品」

というものもありません。


「お客様が、何を感じ取ってくれたか」

気になるのはソレだけです。


作品勉強会や

一ヶ月の稽古を通して

学ぶものはたくさんあります。

そこで気付き感じるものもたくさんあります。


ところが、

三浦綾子さんの「母」を公演した

山形の天童中学校の生徒さんは、

2時間の観劇を通して、

ものの豊かな世界に住んでいる

自分たちだが、

「自らの心の貧しさを痛感した」

という感想を書いてくれ・・・


つまり、

人生は永遠の学習だなどという

スローガンを超越したところにある

学習の場を得られる充実感・・・


こんなところに演劇の魅力があります・・・


話し終わってみれば

3時間を過ぎていました。


「こちらからかけ直します」

とも、

「お目にかかりましょう」

とも言いましたが・・・


途中で、

先方が眠っていないか・・・

と思わせるようなぐぅぐぅぐぅぐぅ

いびきに似た音も聞こえました。


・・・が、終わりに、

「長い時間お話頂きありがとうございました」

(皮肉には聞こえなかった)

というご丁寧な挨拶をもらいました。


が、ぼくにとっては、

まだまだ話し足りないのでありました。


※書きに書きました。疲れました。

※「 」内には、実際と多少の違いがあります。