甥っ子に子どもが生まれた。
ぼくはブログに曾孫と書いた。
どうも違うようだ。
曾孫は、
ぼくの子の子だ・・・
甥っ子は三親等で、
彼らからすれば、
ぼくは伯父だ。
その子からすれば、
大叔父でいい?
では、
ぼくから甥っ子の子どもは
何でしょうか?
・・・すみません。![]()
![]()
恥ずかしながら・・・
教えていただけますか?
甥っ子に子どもが生まれた。
ぼくはブログに曾孫と書いた。
どうも違うようだ。
曾孫は、
ぼくの子の子だ・・・
甥っ子は三親等で、
彼らからすれば、
ぼくは伯父だ。
その子からすれば、
大叔父でいい?
では、
ぼくから甥っ子の子どもは
何でしょうか?
・・・すみません。![]()
![]()
恥ずかしながら・・・
教えていただけますか?
「朗読をやりたい」
声がかかった。
「いいよ」
・・・と返事をしようとすると、
「お芝居は大変だと思って」
・・・という。
「大変って、何が?」
う~ん、セリフを覚えなきゃならないし、
動かなけりゃいけないし・・・
これが理由で朗読にしたい
ということであれば、
いささか考え違いをしていないか。
朗読だと本を手許におけるし、
相手役もなければ、
自分の思いで構わないと
思っているとすれば
発想自体に問題がある。
本当は、
ぼくは朗読は好きではない
・・・という以上に嫌いなのだ。
そりゃ、金はかからないし、
適当なスペースがあれば、
照明も音響も芝居ほどではない。
加えて、台本も見ながらできるという
安易な考えでは付き合いたくない。
こんな話をして別れたのが、
先週末だった。
その彼女から電話が来た。
「どうしてもやりたい」
と言う。
「自分の考えの甘さがあった」
その上で、考えを改めて、
真剣に取り組みたいという。
「考えさせてくれ」
とだけ言っておいた。
一昨年
親子劇場として
「そして・・・河童はいなくなった」
というお芝居を書いて上演した。
ところが何時の間にか、
この題名を
「河童の川流れ」
にした人がいる。
その上、
「河童の秘密って栄養剤だっけ?」
・・・こりゃあ、支離滅裂!
ぼくの創った河童の秘密・・・
それは、
河童の命にかかわることだが、
河童の頭にあるお皿で沸した湯を飲むと
人は千年長生きするという『伝説』だ。
しかし、湯を沸かした河童は死んでしまう。
この秘密を知った代官が、
日本中の河童を捕まえて、
「千年長生き水」をつくり、
大金儲けをしようと企みます。
このことを知った河童達は
一斉に姿を消すのでした。
ざっと、このような話です。
その河童たちに頼まれて
長生き水を飲んだ人が
たった一人いました。
みねさんという小母さんです。
三百年も長生きしてきて、
みんなの前に現れたのです。
そして、
自分だけが
いい思いをしようとか、
誰かが苦しんでいても
見向きもしないとかいう
世の中ではなくなれば、
隠れている河童は
みんな出てきます。
・・・という話です。
そう話すと、
やっと思い出してくれて、
「あれ、いい話だったよなァ」
今年も夏休みに
やりたかったと言ってくれました。
・・・が、出来そうにありません。
「残念だなァ」
このことばを聞いて、
「河童の川流れ」も、
「栄養剤」も
許そうと思いました。
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