演劇人生 -160ページ目

演劇人生

今日を生きる!

電話が来た。

ニコニコ「化け猫のお芝居書いてくれる?」

むっ「う~ん・・・」

返事を濁した。

ニコニコ「劇場をおさえますから」

なお更返事に困った。

むっ「その猫、どうして化け猫になったの?」

ニコニコ「猫じゃなく、人が化け猫になるの」

むっ「どうして?」

ニコニコ「猫にのり移ってね・・・」

むっ「自分の可愛がっている猫とかに?」

ニコニコ「その辺はどうでもいいの」

いよいよ分からなくなった。

ニコニコ「今なら劇場おさえられるのよ」

支離滅裂になってきた。


以前、入江たか子さんという女優は

化け猫女優と言われていた。

華族出身だったそうで気品があったという。

原節子、山田五十鈴と並んで

日本女優三大美人の一人と言われたらしい。

あまりにも美しすぎる女優さんだったようで、

それがもとで化け猫にされたという話もある。


ニコニコ「わたし入江たか子さんみたいに

 なりたいのよ」

・・・といわれるに及んで、

むっ「ぼくには書けない」

というと、

ラブラブ!「また電話するからね」

と、切られた。


・・・さて、また来るのかなァむっあせる

ちょっと足をのばして品川へ・・・


あるイタリアンに入ってフルコースを

頼んだのだが・・・

まァ、お腹一杯ビックリマーク


「え、まだあるの?」

「オマール海老とお肉と・・・」

「もういいかも・・・」


「では、散歩にでもいらっしゃいますか?」

・・・ですって。


「・・・ふぅ~ッ」

と言いながら、

ファイナルメニュのデザートまで食べた。


そのコースの中で、

「これ・・・何ですか?」


「トマトです」


劇団生活

これトマト。左のコーンと比較しても・・・

むっえ、トマト?」

ニコニコマイクロトマトです」

むっマイクロソフト?」

ニコニコまァ、面白い方・・・トマトです」

知らないのはぼくだけかなァ・・・

ラブラブ!こんなトマトがあるんだ!!

う~ん・・・言われてみて食べるとまさにトマトだ。

ニコニコ興味をお持ちでしたからお持ちしました」

洒落ているじゃないですか・・・

写真の4個をサービスで持ってきてくれた。


気は心・・・って、こういうことなのだろう・・・


9品目のフルコースにグラス赤ワインと

コーヒーも入れて¥5,000以下。


大いに満足しましたァ!!!!

重苦しいような空です。むっDASH!


こんな日は、


何か美味しいものでも食べて、


気持を明るくしましょうか・・・にひひ音譜


行ってきま・・・あ、髭そってなかったむっ

以前の高校演劇の重鎮・・・

定年退職後札幌に移住した友人だ。


彼から毎月メールマガジンが届く。

彼は北海道中を探索している向きがある。


マガジンには、

たいてい写真が添付されている。

今回は、道東の岬に行ったらしい。


劇団生活
アゼチ岬とある。

霧多布半島の東端の岬のようだ。


北海道を回ったのは、

民藝時代「うちのお姉さん」という作品で

札幌、帯広、釧路、北見、函館・・・と

巡演した時と、「ロミオとジュリエット」で

札幌から網走まで学校公演で回った時、

そして最近は三浦綾子さんの作品の

ロケハンで小樽や旭川に行った時・・・


釧路に行った時、行ってみたいと思った

岬が、ここだったのを思い出す。

行かず終いになっている。


劇団生活

ちょうど今はエゾカンゾウや
ヒオウギアヤメが咲いているという。

昆布最盛期の晴天時の賑わいの壮観さは

物凄いという話をきいたことがある。

ついでにもう一枚。


劇団生活

琵琶瀬展望台から見下ろす湿原だそうだ。


現地に行かなくても、

こうして写真を通して左右、上下・・・

そして遥か先を想像する・・・


精神的にもいいそうだが、

演劇における想像力の訓練にも大いに役立つ。


どうだろうか・・・にひひ音譜!!

二つ前のブログで書いた「懐かしい写真」で

祖父江文宏について書いた。


劇団生活

手前が若かりし頃の祖父江文宏氏

「悪魔と神」の楽屋で。

彼についての想い出をもう少し書きたい。

学年が1~2年下だったと記憶している。

早稲田を卒業すると群像座という劇団の

創立メンバーの一人として加わったようだ。

群像座は主にソヴィエト(ロシア)演劇を

上演していた。(ようだ)

その後群像座の解散で、

彼は出身地名古屋に帰り

実家(お寺)の幼稚園の園長になった。

当時、はだか幼稚園として有名になったが、

ぼくがNHK教育テレビでキャスターをした

「みどりの地球」の番組宣伝で

名古屋に行った時会う機会があった。

その時彼は、「養護学校をつくったんだ」

・・・と、理事長の名刺をくれた。

そして、

「お互いに、自ら納得できる仕事をしよう」

という約束を交わして別れたのだった。

その後、彼に会うこともなく過ぎ、

再度連絡をした時、既に彼は他界していた。

その時の記事に・・・

「愛知県東海市にある児童養護施設

「暁学園」の園長だった祖父江文宏さん

(62)が今年6月、亡くなった。
親の離婚、失踪、虐待などさまざまな理由で

家族と一緒に暮らすことができない子供たちを

守り続けた62年の生涯だった。

子供たちを「小さい人」と尊重し、

常に子供たちの味方だった祖父江さん」


・・・とある。