演劇人生 -158ページ目

演劇人生

今日を生きる!

夕刻の公園で行き会った

ある夫婦の会話・・・


最近は陽の落ちるのが早くなった。

折り詰めの柿の葉寿司を買って、

お茶にしようか味噌汁にしようかを考えながら、

ミッドタウン裏の公園を歩いていると・・・


ウォーキングをしている夫婦に出会った。

走る人DASH!走る人DASH!

ニコニコ「お腹すいたわ。唐揚げでも買って帰る?」

むっ「お前、何で歩いてるんだ?」

ニコニコ「痩せるため」

むっ「だったら、食べる話はよせよ」

ニコニコ「ね、こっちから帰ろう?」

むっ「えっ?」

ニコニコ「近道なんだから」

むっ「何だよ!」

ニコニコ「何が?」

むっ「俺たち歩きにきてるんだよ」

ニコニコ「だから?」

むっ「遠い方を選んで歩かなきゃ」

ニコニコ「だって疲れたしお腹空いたし」

むっ「お前には負けたよ」

(コレ、かなり正確)


う~ん・・・この夫婦、

うちに帰ってからの会話も聞きたい。


劇団生活

サンマの季節です。


この時期になると思いだすことがある。

民藝が青山一丁目にあった頃、

交差点近くに中華料理店があった。

雇われ店長だったと思うが、

台湾生まれの楊さんという人がいた。


10月を過ぎると、

「豪さんはサンマ好きか?」

好きだというと、ご馳走するから、

劇団終ったらおいでと言う。


食べる話に逆らう気持など更々ない。


稽古が終わるや早々駆けつけた。

「今日はサンマパーティよ」

奥さんと2人で待っていてくれていた。


店を閉め、料理をテーブルに載せて

待っていてくれた。


大皿に山盛りのサンマの揚げたものと

ぼくと奥さんように塩焼き2尾・・・


「わたし焼いたサンマ駄目ね」

だから揚げたものを食べるという。


「きょうは私のお誕生日」

な~んだ、だったら最初から言ってくれれば

何かプレゼントでも持ってきたのに・・・

というと、「だから言わなかった」のだという。


この時期、

サンマを食べる時になると、

必ずこの日のことが頭をかすめる。


楊さんのいた店はとうの昔になくなった。

楊さんも代々木駅近くの店で

見かけたことがあったが、

その後どうしただろう・・・


「・・・・・?」今日の午後、溜池に近い道路で

よく似た人を見かけて会釈した。

が・・・相手は、「・・・・・?」通り過ぎてしまった。

もう20年以上も前だから、

本人だとしても忘れているかも・・・にひひはてなマーク

生きることをやめる 権利は

人間には ありませんよ


たった2行の短い言葉の中に

ずっしりと思いバトンを感じる。


肺結核、脊椎カリエス、心臓病、

大腸がん、帯状疱疹、パーキンソン病・・・


病気の問屋さんと呼ばれるほど

多くの病に身体を蝕まれながら生涯を終えた

三浦綾子さんの言葉であるが故に、

一層の思い言葉のバトンとなって

私たちに渡されたように感じる。

劇団生活 生前の三浦綾子さん
そのバトンとは、

「あなたの命はどう生きているの?」

ということだと思っている。

ぼくは演劇作品に取りかかるとき、

「役を分析する前に自らを知れ」

という。

ぼくは演劇作品と向かい合う時、

この作品にとっての自分は何かを問う。


劇団生活 お粗末だが、我輩・・・

ぼくほどの年齢になると、

他界する身近な人や友人が多くなる。

そのため、いきおい生と死について

考えることも多くなる。


そのため尚一層、

今をどう生きるべきかを考える。


その時、自殺のニュースに触れる。

始めの2行にある権利を放棄することは

何も自殺など、自ら命を捨てることだけを

意味するのではない。


命を、どう生かすかを考える・・・

それをやめることを含めてのことだ。


だから、私たち人間は、常に、

どう生きるかを考え続けなければならないのだと思う。


この重いバトンを、今度は、次の世代に

渡していかなくてはならないのだから・・・むっ

南田洋子さんが亡くなった。

夫の長門裕行さんが舞台に

出演していたために、

その最期を看取ることは出来なかった。


南田洋子・・・女優として、

多くの人に好まれた彼女の笑顔は

昨日を限り、伝説になった。


ぼくは一度もお目にかかったことはない。

スクリーンやブラウン管に映る

彼女の笑顔を通して、

心の中をも覗いているように思え、

優しさや、暖もりを感じたのもだ。


ぼくも両親の最期を

看取ることは出来なかった。


演劇の稽古をしていた。

父の死が劇団に知らされたのは

(詳しい時間は確実ではないが)

午前9時過ぎだったらしい。

しかし、10時から稽古があり、

ぼくに知らされたのは稽古の終った

夜8時過ぎだった。


演出部から、

「稽古中に心を乱すといけないので」

伝えなかったのだといわれた。


本番まで20日あったのだが、

演劇の世界に身を置くということは

こういうことだと思ったのを覚えている。


急いで家に帰ったが、9時を過ぎていた。

山形の親戚も駆けつけていて、

身近な者の中でぼくが一番遅かった。


「長男のお兄ちゃんには悪かったけど」

・・・と、隣りの妹の家に祭壇が置かれ、

葬儀の準備がすべて整っていた。


長門さんのインタビューを見ながら、

父や母の亡くなった時を思い返した。


その後に覚醒剤事件の、

裁判のニュースが流れた。

・・・並列に扱うニュースではないと思った。


南田洋子さんのニュースでは、

いのちの大切さを画面に映し、

次に、命を弄ぶお粗末な人間を

画面に映している・・・


だが、考えようによっては、

両方とも「いのち」とは何かを

提起していたのかもしれない・・・


いま改めて、

自分の命とは何だろう・・・

と、しっかり考えてみたいと思った。

ワークショップを始めて1.5年目。

今回が第2回目にあたる。


第1回目は、既製のチェホフの作品

「結婚申し込み」

を実習公演に取り上げた。

それぞれの役者が、膨大なセリフに挑んだ。


そして今回は脚本作りからの

カリキュラムを組んでみた。


そして凡そ1時間程度の本が出来上がった。


呼吸訓練から始まり、身体訓練、

演劇とは何か。歴史を紐解き、

小品の稽古を続けてきた。


役者という職業は、

面白いが30%

難しいが50%

苦しいが20%・・・コレで全部だ。


「アドックのワークショップは安過ぎですよ」

受講者本人から言われる。

「どうせひどいところだろう」

・・・と、みんな思うという。

「値上げして下さい」

・・・とわれる。


でも一つくらい、こういった劇団が

あってもいいと思うのだ。


演劇が本当に好きで、

いい役者になりたくて頑張っている

君達がいる限り・・・。