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演劇人生

今日を生きる!

マンションから歩いて3分・・・
数少ないスーパーマーケットがなくなる。
今月一杯でなくなる。
ビルの持ち主は更地にして売るんじゃない?
・・・とは、近くに住むお年寄りの話。
「Goさん、ヒルズの朝市においでよ」
案内してあげるから・・・と、
アークヒルズ近くに住んでいる人から誘われた。

スーパーのあるビルは、
古くからの建造物で耐震構造ではないらしい。
建て替え勧告をうけたらしい・・・・
という話もあるが定かではない。

耐震構造といえば、
このビルも随分古いから危ないかもしれない。
800人くらいは入居者がいるだろうから、
建て替えは考えられない。

2階に事務所を借りている友人は、
「Goさん、大きな地震があったら、
必ずぼくの部屋をのぞいてくれ」
と頼まれている。

5階より下の階はペシャンコになるだろうから、
死んでいるかどうか確かめてくれという。
ぼくのいる8階は無事だと決め付けている。

日々の報道で、億の話が乱れ飛んでいる。
10円違いの店を選んで買い物をしている人も、
5千万だ一億だの話をしている。
「何か、ズレてるなァ」
こんな話をしている奥さんを、
買い物籠を手に、
じっと待っている旦那さんが・・・ポツリ!
眠れないとき、何する? ブログネタ:眠れないとき、何する? 参加中
本文はここから
これは眠れない自分の話ではない。
眠れない人が電話をしてきたという可笑しな話なのであります。

夜中に入る電話はしんどいものがあります。
単なる用件であればいいのですが、
悩みの相談には閉口する場合が多い。
辛くて寝られない・・・誰かに相談したい・・・
「あッ、・・・あいつなら話を聞いてくれるかもしれない」
そんなところで思いつかれる我輩とは、
自分で我を考えているものと似ても似つかぬ人間として
人の心に映っているのではないだろうか・・・

延々と話し終わり切った電話機を眺め、
我輩は、その別の自分に会えていない・・・などと思いつつ、
覚まされた眠気を取り戻そうとパソコンに向かったのでした。
電話ビックリマーク
「彼は思いやりがないんです」
「ほう・・・君は彼に思いやりを期待してるの?」
「思いやりのない夫婦なんて他人と同じじゃないですか」
「そうかなぁ」
「違いますか?」
「思いやりなんて人生の初歩段階に必要なものなんだよ」
「また難しいことを言うんでしょう」
「そうだ。思いやりを期待しているということは、
君は彼を思いやっていると思っているからだろう?」
「当然ですよ。自分を殺しても思いやっています」
「そんな関係は愛のある関係じゃないんだよ。
商売人と同じ取引じゃないか」
「もういいです」
「何が?」
「いつも難しいことばっかり言うんだもの」
「だったら何で電話してきた」
「相談に乗ってくれると思ったんだもの」
「乗るよ。いいか、思いやりというのは、こうしてやったら相手は
喜ぶんじゃないかとか、相手の思いや気持に沿えるかどうかと
思うことだろう?」
「はい」
「ぼくがいま言った“沿う”っていう字は沿岸のえんという字だ」
「・・・」

川の横に土手のように沿うのは愛じゃない。
川と並行していて何処まで行っても交わらない。
愛とは寄り添うの「添う」という字を当てるものなんだ。

つまり愛は行為としては寄り添い・・・「寄り」が入ると本当は
意味がずれるが、愛はその存在の仕方、優しさそのものなんだよ。
何か見返りを求めるような思いやりなんてシロモノではない・・・

などということを真夜中に、顔も見えない相手に向かって
しゃべる話ではないよ・・・などと思いながら延々・・・

「つまり彼は君を愛しているんだよ。君は彼の愛に包まれて
いればいいんだ。君も思いやらずに彼を愛さなきゃ」

こんな話に、
彼女は分かったのか分からないのかも分かりませんが、
「ありがと」とひと言。(ぼくの話に草臥れたのかも)
「また電話するね」
と言うから、
それはいいけど、
もっと短い電話にしようよ・・・と言うと、

「それ、私が長くしたんじゃありません」

ぼくが長くしたのだと言われました。

おかげで、きょうは寝不足です。
・・・自分のせいで。


眠れない夜は・・・

ぼくに電話して下さい・・・電話


きょう病院に行って来た。
この病院は、勤労者を対称にして医療活動を
しているのだが、それだけではない。
ぼくも自転車で20分はかかるが、区を越えて
通っている。

主治医は女性のドクターだが、
まぁ、言いたいことをいうクソ女だが憎めない。
ここまでいっちゃァ、病院の名前は言えない。
告げ口されたらヤバイからだ。
そこで、三浦綾子さんのことばを紹介して、
我が心の弱さを反省したい。

わたしたちは、
自分の耳に痛いことを言う人を嫌う。
人の感情を害してまで忠告してくれる人の誠実さが
わからないのである。


(評)この場合、苦言が苦言であることが絶対条件であると思います。

相手に対して誠実な忠告であることを除いては

成り立たないとことばだと思います。


本三浦綾子(みうらあやこ)
1964年に朝日新聞の1千万円懸賞小説の選ばれ、
一躍時の人になり、その後執筆活動を死ぬまで続け
ましたが、熱心なクリスチャンでもあり、自分で伝道
作家というスタンスをとっていた人でもありました。
1999年に他界するまで、100篇近い小説やエッセイ
などを残しましたが、数多の病気を患い、常に命と向き
合った生活を送っていましたから、彼女の「命」にかんする
メッセージの訴えは非常にリアリティがあります。

わたくし事ですが、ぼくは見舞わない1週間に母を亡くし、
その母に何か贈ろうと探したのが、三浦綾子さんの作品
「母」でした。すぐさま脚色に取り掛かり3ヶ月をかけて
仕上げた翌年に上演しました。



 <シナリオハンティングで小樽の文学館にを尋ねました>

小林多喜二のお母さんを描いたものですが、観た人から、
「妻は、私の両親に馴染まず、結婚して一度も実家へ
行ったこともなく、亡くなって葬式にも行かず、勿論
墓参りなど行ったことがありません。それが、この演劇を
2人で観た翌日、“今度の日曜日、静岡のお墓参りに一緒に
行きたい”と言ってくれたんです」涙の痕跡残る便箋で、
手紙を頂いたりもしました。いい作品です。





やはり、かかりつけの歯科医に行って来た。
大宮から東武バスに乗り換え
宮原小学校前で降りて歩くこと5分である。

大宮の駅から電話をかけ、
「15分から20分遅れそうです」というと、
「大丈夫ですよ、待っています」の返事。

ところが着いてみると・・・何~と、オンタイム!
歯科医院のドアを開けた時、ぴっちり15時!
誰もいない受付に診察券を出して独り言・・・
「ピッタリだァ!」

治療時間は18分。
何とはなしに、気分良好ッ!
さっき降りたバス停から反対コースに・・・

ちょうど小学校帰りの子ども達と行き交う。
宮原小学校といえば、
宇宙飛行士の若田光一さんの出た学校だ。



それを思い出した。
若田光一・・・彼も、あんな風にして、
この小学校に通っていた、そんな時代もあったのだ。

途端に、キャ~キャ~笑いながら下校する子ども達の
背負っているランドセルの中に、
未来の輝かしい可能性というものが
つまっているように思えてきた。

いずれ・・・彼等も偉大な何かを築き上げるかもしれない。
いずれ・・・

劇団のワークショップで、
アクターズクラス2010がある。

そこで頑張っている女性のひとりで、
韓国生まれの日本人・・・日本で10年以上に
なるが、日本語がうまくない。

小柄だがフットワークがよく、
一週間のうち6日間は、朝9時から夜10時まで
銀座と恵比寿で働き、1日はワークショップで
勉強している。この1日がとても大事なの・・・
そのように彼女は話す。

二人の娘をアメリカに留学させ、
家に寄り付かない旦那さんを当てにせずに
仕送りや家のローンも払い続けているらしい。

3階建ての家を改造して部屋を増やし
シェアリングルームとして貸していて、
主にフィリピン人やインドネシア、韓国、
中国人が多いらしい。
しかし、麻布という周辺環境から
近所の反応が気になるらしい。

 <横浜開港150のイベントでモデルをした(右端)>
   ぼくが演出をした和装のファッションショーで

その彼女が、眼に怪我をした。
「黒目の上の皮が剥がれた」のだそうだ。
電話してもメールしても応答がなかった。
餅でも詰まらせて死んでいはしないかと・・・
「心配したよ」そういうと、
まるっきり眼が見えなくなり入院していたという。

携帯のプッシュボタンをやっと119番をしたが
「消防署です」言われて、
「間違いました」と切っていたそうだ。
ボタンを必死に探して何度電話しても、
相手は「消防署」としか言わない。
「救急車はどこへかければいいのですか?」
と聞いて、やっと通じて搬送してもらったという。
気が急いていて、混乱したのだろうが・・・


彼女に言わせると・・・
「ことばは大事よ」
彼女の言には心がこもっていた。