「母」その声を聴く(2) | 演劇人生

演劇人生

今日を生きる!

先日の「アドック祭り」で上演した

「この重きバトンを」の中で、

「私がこれまで生きてきた道は、

すべて自分を生かすための道だった」

というセリフを主人公の鶴吉に言わせています。


母や妻のために生きてきたと思っていた彼が、

実はそれが、

自分自身に行き着く道であったことに気付いたのです。


三浦綾子さんは、「茨の蔭に」でも、

主人公の佐津川景子が読んでいる本、

ヘッセの「デーミアン」の中から、

「どんな人の人生も、

すべて自分自身の道へ行き着くための

ひとつの道である」

この箇所を引用しています。


思えば、

「家族のため」だとか、

「子どものため」

果ては、

「国民のため」ということばが乱れ飛びます。

はてさて、ぼくは、

何のために生きているのだろうか・・・

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今年9月に公演する作品、

三浦綾子さんの「母」の主人公セキさんの

生き方に目が行く。


この作品は、

夫君からの依頼で書いたものだそうだ。


最初は、

小林多喜二はプロレタリア作家であったことから

共産主義についての知識もなく

筆が進まなかったらしいのです。


しかし、セキが小樽のシオン教会で

受洗していることを聞き、

多喜二に関する資料を読み進める中で、

その家族などを調べている内に、

極貧の中にありながら、

何故、これほど明るく、

優しさに満ち溢れているのか・・・

劇団生活
それに驚き心惹かれ、

一気に書き上げたと後書きにあります。

※上の一部を書き換えました。


主人公、母親の小林セキは、

その中心には、

いつも明るい笑顔の多喜二がいたと言います。


しかし、根っから明るく笑顔の絶えない多喜二に

大きな影響を与えたのは、他ならぬ、

母親のセキでした。

劇団生活
        小樽市立文学記念館

貧しい家庭に生まれ、

13歳で嫁ぎ、懸命に働く中で、

今を大切に懸命に生き、

何事にも丁寧に心を向けて生きている姿を

子どもたちはしっかりと見て育ったのです。

劇団生活
     記念館内の小林多喜二コーナー

  左下に家族の写真がある(見ている三園ゆう子)


伯父のすすめで秋田から小樽に渡って始めた

パン屋で、しばしば店の商品が盗まれます。


それは自分たちも食べたことのない商品です。


子どもたちは大騒ぎします。

「母さん、パンが盗まれた」

「餅がなくなった」


それに対して母は、

「よっぽどお腹を空かせていのかもしれないよ」

といってなだめたといいます。


その母のことばに、

子どもたちは、

「そうか。可哀そうな人だったんだ」

と納得したというのです。


母親も母親なら、

「おれたちも食えないものを盗って行くなんて」

という子どもたちではなかった。


そこまでしなければ生きられない人もいる。

このような思いが、小林多喜二を生んだと

いってもいいように思います。


治安維持法違反で捕らえられ、

拷問の末、惨殺された多喜二に向かって、

セキは、「お前を産んで悪いことをしたのかな」

と、語りかけます。

劇団生活
      「お前を産んで、悪いことをしたのかな」

しかし、彼女は育て方を悔いてはいません。


そこに、すべては、

自分の生きるための道に通じる生き方を

見ることが出来るように思うのです。


(寄り道コーナー)

「散歩」22時15分

寒いし人もいない。

劇団生活
      このイルミネーションはぼくだけの・・・

劇団生活
              贅沢そのもの・・・
劇団生活
            さえない男の一人旅・・・