箱を出る 顔忘れめや 雛二対 | 演劇人生

演劇人生

今日を生きる!

芥川龍之介作「雛」のラストに引用された句です。

蕪村の作のようです。

この作品を舞台化するに当たって、

ぼくは、

「世の中を 憂しと恥しと思えども

飛び立ちかねつ 鳥にし あらねば」

という歌を付け加えました。

これは本居宣長だったと思います。

「あゝ、羽根があったら飛んで行きたいよ」

とは、様々な場面で言われる言葉だが、

蕪村の句の、

箱を出る雛は、節句を過ぎると、

また箱へ戻される・・・


「雛」では、

よく出来た雛人形が、

少女お鶴の手に渡ったのは、

ごく最近だったのではないだろうか・・・

代々受け継がれてきた由緒のある雛人形だった。


それを売らなければならないほどの窮状を理解できるだけに、

お鶴は親に無理はいえない。


だが、売られる前に、

もう一度だけでも、

雛の一つ一つを目の奥に焼き付けておきたい・・・

少女、お鶴は願うのだった。


しかし、手付けをもらったものは他人様のもの・・・と、

父は頑なだった。


そして、明日は人手に渡るという前の夜・・・

涙をこらえて寝付いた少女のお鶴は、

ふとしたもの音に気付いて目を醒すと・・・


そこには、寝巻き姿の父が暗闇の先に目を据えたまま座っていた。

「・・・?!」

少女、お鶴が見たものは・・・・


このお鶴にとって、

売られていく雛は、

二度と箱に戻ることのない宝物ではないだろうか。


そこに、芥川がこの句を引用した思いが込められていはしないだろうか・・・

九十歳を前にしたお鶴が、

少女の頃の思い出を語るのであるが、

蕪村がイメージしたように、

内裏雛、女雛、三人官女、五人囃子、右近に左近・・・・等々、

一人一人の顔を、その心に宿し続けていたのである。


いい想い出は大切にしたい・・・・