【お断り】これはフィクションであり現実ではない。
ガラ空きの映画館での出来事である。
映画自体も退屈なもので、始まって数分後に睡魔に襲われてしまった。
ついうとうとしてのだが、ドルビーサウンドとやらの物凄い音に目を醒ました。
すると前の席に座っている男がぼくを見てニタついている。
何を笑っている、気持ち悪い奴だ・・・と思ったが、
「・・・・ウン?」
よくよく見ると、その男はちゃんとスクリーンを見ているのだ。
ぼくを見ていたのは、その男の後頭部についている目ではないか。
髪の毛の中から見上げて笑っているのだ。
「・・・・!?」
ぼくは思わず息を呑んだ。
背筋に悪寒が走った。
「な、何だ・・・こいつは!」
するとぼくの気持を読みでもしたように、
「気持ち悪いか?」
・・・なるほど、その目の下に隠れていた口が開いて話しかけてきたのである。
「ありえない!」
胆を抜かれるとはこんなことを言うのだろう・・・
・・・が、意外なほど冷静さを取り戻したぼくは、
「何の用だ」
と聞いた。
「実は、おれは悪魔だ。名前はメフィストフェレス。
かつてファウスト博士を地獄に落として以来、
ヨーロッパやアメリカで大統領や首相連中の魂を頂いてきたが、
今度は日本で仕事をしようとして、
昨日米軍の空母に乗って横須賀港に着いたんだ。
その手始めに、バカのつくような、人のいい男を探して来て君にあった。
君の望みの三つを何でも叶えてやるから、
死んだ時に、君の魂をおれにくれ。どうだ?」
「・・・どうだと言われても、考えさせてくれ。そんな大切なことに、
すぐさま答えを出せるるものか」
この時、悪魔と名乗った男の向こう側の顔がこっちを向いて、
「静かにしてくれませんか」
と言って来た。
「・・・・?!」
何とも妙なこともあるものだ。ぼくは、
「ちょっとトイレに行って考えてくる」
そう言って立ち上がり客席を下りてトイレに向かった。
最近はトイレが近い。年のせいだというよりも前立腺の問題があるのだろう、
姿勢を変えたりすると途端にトイレに行きたくなったりする。
三つの願いか・・・悪くはない。
悪魔に魂をやるということがどんなものかも分からないし、
死んだ後のことは知ったこっちゃない。
生きている間に、
・・・待てよ。
死後の魂をくれというのなら、
ぼくが死ななきゃ、
いつまでも魂を取られなくて済むじゃないか・・・
つまり永遠の命をもらえばいいじゃないか。
ちんぽを振りながら切れの悪いション便を終らせ、
再び劇場に入った。
「・・・あれ、男がいない」
何だ、やっぱり奴はまやかし者だったか。
魂の問題や願い事を真剣に考えていたことが可笑しかった。
映画は、甘っちょろい恋が成就して、
主人公の男女が抱き合って終った。
「アホらしいっ!」
さ、帰りはラーメン定食でも食べて・・・
廊下に出て帰ろうと歩いていると、
「何処でラーメン定食を食べますか。奢りますよ」
デニムで全身を包み、
白いフレームのサングラスをかけ、
茶髪のモヒカン刈りの頭の男に声をかけられた。
ぼくは直ぐに、その男は悪魔だと分かった。
「お察しの通り、わたしは悪魔です。
【続く】