河童…聞いた話完結篇 | 演劇人生

演劇人生

今日を生きる!

爽やかで、春らしい日和の今日、知事選の投票を終えて

東京ミッドタウンのガーデンを散歩。 …と、

ギャ~ギャ~泣き叫ぶ子どもの声。

家族で遊びに来たらしい親子四人の姿があった。

兄が持っているものを、自分にも持たせろとせがんでいるようだ。


地面に転がり、おゝ泣きし、地団駄踏んでせがんでいる。

眉間にしわ寄せ、一瞥する父親だが、直ぐに兄に注意を向け始める。

下の子は、それも気に入らない。

俄然わめきながら泣き声を張り上げる。

母親は携帯メールに余念がない。


その内に、泣き騒いでも意志が通らないと判断したのだろう、

その子は、兄と父親の足を蹴り始めた。

兄は身をかわして逃げて空振りになる。

父は蹴られて、「痛いな、止めろ!」のひと言。


今頃、家族揃って家だろうが、

あの子は、今夜どんあ夢を見るのか…気になる。


さて、昨日までの「河童」の続きだが・・・

最後まで書こう。


娘は、部屋に閉じ篭り、数日たったある日のことでございます。

雨戸の外は冬なのでございましょう。

からからと乾いたような風が、木々の枝を揺らしながら通り過ぎる

音が聞こえておりました。


いくら部屋に閉じ篭っていても、

手水には行かなければなりません。

隙間風に衿をかき寄せながら、部屋を出て手水への廊下を歩いておりますと、


「みよ様…」

あゝ、そうでした。

これまでは娘というだけで、名前を言うのは初めてでした。

そうです。娘の名前は、みよと申します。


その声は、雨戸を隔てた外からの声でございました。


「みよ様、わたしは上甲河童でございます」

と、遠慮がちですが、聞き覚えのある上甲河童の声でした。


「先日、みよ様が男に襲われたときに、その男の頭を殴りつけたには、

他でもないわたしでございますが、駆けつけたのが遅すぎました。

そのために、みよ様は負わなくてもいい傷を負ってしまいました」


これを聞いた娘は、声の近くにしゃがみこみ、

「上甲河童さん…ありがとうございました。やはりそうでしたか」


男が仰向けにのけぞり、手の緩んだ隙を見て逃げ出しましたが、

あれは、誰かが自分を助けてくれたのだと信じておりましたから、

それが上甲河童だったことを知り、大変慶んだのでした。


「ありがとう、上甲河童さん」

でも自分は醜い顔になってしまったので、上甲河童さんにも

今の顔は見せたくない。


心から感謝しますが、今夜はこのままお帰り頂きたい…と、

涙声で語るのでした。


「みよ様…」


上甲河童は、続けて言いました。


「直ぐにでも、お見舞いに伺いたかったのですが、

ついさっきまで、薬づくりをしていたのでございます。

無理を申しますが、

この雨戸を開けて、みよ様のお顔に、この薬を塗らせて頂けませんか?」


そして…

「お願いします」

と泣き声に近い声で訴えるのでございます。


娘は、返事もしないままに雨戸を開けて、

「さァ、外は風が強いですから、中にお入り下さい」

招き入れて見た河童の腕は、しっかり二本ついていて、

廊下に座るなり、ちゃ~んと両の手をついて、深々とお辞儀をします。


「まァ、良かったわ。腕が治りましたのね。ちゃ~んと治ったの?」


娘は、まるで自分のことのように喜びを表してくれます。

上甲河童は心底から感動したのです。


あゝ、人間世界に、こんなお方もいらっしゃる…、そう感じると

しみじみと娘の顔を眩しそうに眺め続けておりました。


「ひどい顔ですか?」


「いいえみよ様…今のままでも、みよ様のお顔は、あなた様のお心を

映して眩しいほどにお美しゅうございます。でも、わたしのつくった

薬を塗らせて頂きたいのでございます。七日と八日、寝ずに作った

薬でございますが、お試し頂けますか?」


懐から取り出したのは、小さな素焼きの壷でした。


「まァ、そんなご苦労をなさってお作りになった薬を、よろしいのですか?」


「何をおっしゃいます。勿体ない…」

といいながら、壷の蓋を取り、メンソレータムに近い塗り薬を指ですくい、

娘の顔の傷に沿って、丁寧に塗って行きます。


「痛くはございませんか?」

優しく、そっと塗っていく河童の目は、真剣そのもので、

直したいという思いが、眼の奥に、光となりきらめいていた…


これは、娘が後ほど友人にもらした話でございます。


概ね、壷の薬の全てを塗り終わる頃、

娘は顔の皮膚が強い力で引っ張られるような痛みを感じました。


「・・・!」

「堪えてください。ほんの僅かだけですから、堪えてください」


上甲河童は、娘の身体を抱きしめて、痛みを和らげようとしたのでしょう、

そっと尻に手を回してさすり始めたのです。


その感触で、娘は落ち着きました。

痛みも感じなくなりました。

そうして抱き合ったまま、数分が過ぎました。


娘は、眼が覚めたように我に返ったのは、

夜も白々明け始め、軒下に雀のさえずりが始まったころでございます。

「あら、わたしはどうしてこんなところに…?」


雨戸は開け放たれたままでしたから、まぶしい光がさし込み始めたのです。

「あゝ、部屋に閉じ篭っていたわたしは、この光を忘れていたのだわ」

でも、来てくれた河童から薬を塗ってもらったことが、

現実感を伴わない夢のようでしかありませんでしたが、

心地よい河童の手触りが、お尻の辺りに微かに残っているのだけは、

感じられたのです。「そうだった。何日もかけてつくったという薬を塗ってもらって、

お尻を撫でてもらいながら、いつの間にか寝入っていたのかもしれない…


途端に幸せな気分…浩然の気を覚えるのでした。

孔子さんのお気持ちもこんなだったに違いない・・・

曰く言い難い気持を味わいながら、

手水に行き、

久々のように解放された気分で、お小用を済ませたのでした。


昨日までは、このまま部屋に戻るところでしたが、

何のためらいもなく、表に出てラジオ体操・・・失礼、

今に例えれば、そんな気分だったのでしょう、

庭掃除をせっせと始めたのです。


そして起きだした近所の皆さんと、大きな声で挨拶を交わすのでした。

「・・・?」

自分で自分に不思議さを覚えて、急いで家に飛び込むと、

鏡の前に立ちました。


「あッ?」


昨日までの引きつった顔は、そこにはありませんでした。

傷は治り、引きつりも治り、元通りに戻っていたのです。


「上甲河童さんのお薬のおかげだ!」

娘は直ぐに、父を起こし、母を起こして昨夜の話をして聞かせました。


「あゝ、ありがたいことだ!」

母は、仏壇に両手を合わせ、「ありがたい」を繰り返しておりました。


娘は以前にもまして明るく朗らかになりました。


これで、めでたしめでたしと終わりたいのですが、

3日毎に、娘が手水に行く度に小さな壷に入った練り薬が置かれておりました。

それと一緒に、一度は「詫び状」、二度目からは、「上甲河童の近況」の綴られた、

書状が添えられていたということです。


娘はその後、怪我や傷などで悩んでいる多くの人たちに薬を売り、

上甲傷薬として江戸末期まで続いたということでございます。


今に伝わっていないのは、

上甲河童が他界したことが最大の理由のようです。


人に対する何らかの戒めとして河童の話が残っている場合が多い。
今回得た河童の話にも、その気配を感じる。
河童は人に近い風体をしている。
しかし純情さや、几帳面さは人間の及ぶところではないように思う。
わたしの住んでいる近くに、東京ミッドタウンが出来て、裏側に、
ガーデンが出来、渓流を流して池を作った。考えてみれば、明治神宮も
人工の神社林である。ただ、自然林に近いものにしようとすれば、
人間が手を加えずに、とびゲラや、ダニ、ダンゴ虫、ミミズなどに
お任せしなければならないし、それを営々として継続することも必要だ。
無理だろうなァ・・・
ということで、ガーデンに河童を誘致したいと考えたが、
決して環境もいいとは言い切れないので、
新知事に断わりなく、河童にはお断りの通知を入れた。

終わります。