この記事は不愉快に思う方がいらっしゃると思います。

私はこのブログを日記かわりに書いていますので、この記事に関しては何が書かれていても、気にしないという方だけ、興味があればご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺品整理ってホント出来ないものです。それでも涙を流しながら細々と捨てている。

精神的にかなり不安定で、半年で体重が7kg減りました。

これがまだ続くんだと思うと苦しい。

 

家具の処分は気持ちがまだ楽なので進めているのですが、ネットに「全国にコネクションを持っていて買取には自信が」「他で断られた物でも」「捨てる前にお電話を」など書かれていて出張買取を3社お願いしましたが、1社は「倉庫在庫過剰で現在買取停止中」残りは「これ古いな・需要が今は無い・少し歪んでる・少し色が焼けている」など言われ結局何も買取ってくれない。

買取の準備の為に中身を移動させたり、遺品を処分した意味って…空しくなります。

 

もう月命日3回過ぎたけど「彼への思い」「居ない事の喪失感や悲しみ」「なんでもっと早く異変に気がつけなかったんだ」「在宅で看取りたかった」「彼の存在が予想以上に大きかった」色々と悲しみが増える事ばかり頭の中から消える事なく毎日を過ごすのは正直もう疲れてきてる。

 

もう少しで「遺言執行者」の仕事も終了。すべて終わったら彼の元へ行きたいと最近はそればかり考えてる。

せめて一緒に彼の死を悲しんでくれる人が身近に居れば、少しは気持ちが楽になれるのかもだけど、過去にも書いた通り私の母は「同性愛否定者」生前中は表面上「かまわない」って感じだったけど、亡くなって私が実家に居る時間が長くなって、私の母は機嫌が良いのか、最近では何かするたびに「鼻歌」まで口ずさむ始末。相続でお世話になったので感謝する気持ちは有るけど、最近はその気持ちと、あまりに彼の死への無関心が憎悪というかなんだこの人って嫌になる時が増えて来た。

これも私が彼の元へ行きたいと思う希死念慮へかりたててる気がする。

 

致死量の処方薬を持っているし、やり方も分かっていて彼の元へ行く事はさほど難しくない。

 

今生きているのは、今死ぬと母に迷惑をかけてしまうから。ただそれだけ…

 

この記事を書いてる今だったら「彼と今年の年末年始何食べよう」「どっか行く」とか色々話してたんだろうなって悲しくて仕方ない。外に出ればそう言う雰囲気で考えざるを得ない状況だし。

 

時間が解決してくれるのか、やっぱり無理で苦しむ事になるのか。まだ分からないけど、今の心境を素直に書くと「死にたい」につきる。