㊱討論型授業のキモ
※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。
参考記事
〇教員志望の学生「知識がなさすぎる」大学の危機感
東洋経済オンライン吉田 渓 2026.4.6
教員の質低下の原因は多岐にわたる複雑なものである。教員採用試験の倍率低下は教員採用の入口の問題だが、他にもこの記事で指摘されているように教員養成教育のレベルの低さも大きな問題である。やはり教員養成教育を根本から見直して再編成し、大学院の修士課程修了を教員免許状取得のための最低条件とすべきだろう。
質低下の要因はまだまだある。教員に採用されてからの、学校現場の環境の悪さも教員がなかなか成長できない大きな理由の一つである。官製研修のお粗末さ、学校の異様なまでのブラック化が本来、教員が持っているはずの能力の発揮を大きく阻害している事も、決して見落としてはなるまい。学校のブラック化こそが結果的には教員の質を一層、低下させているはずである
つまりこの記事で紹介されている教員養成教育に携わっている「長野(仮名)」氏の指摘には一部、大きな違和感が残るのだ。教員の知識量の低下、だけではなく教員の考える力の低下までが深刻であるのは、当然のことながら教員養成教育段階での教育の質が低いからでもあろう。教員の知識の欠如は探求学習の重視によって知識の獲得が疎かになっているからだ…などといった短絡的な決めつけは大きな間違いのもとなのではないか。
大学での教員養成教育段階で探求型の学習機会がどれほど用意されてきたのか、も問われるはずだ。知識が実際の従業で役立つまでに応用力を帯びてくるには、授業に関する知識を応用実践する機会が学生たちに豊富に用意されている必要がある。つまり学生一人一人が濃密な授業実践をどれほど繰り返してこられたか、がやがて教員の質を大きく左右していくはずである。
従来型の授業こそが、深い理解を抜きにした表層的な知識の丸暗記を生徒たちに強要し、学習への嫌悪感を増幅してきたのではなかったか。その結果、大学生の質の低下をも招き、授業で応用のきかない教員を大量に生み出してきたのではなかったのか
作者や出題者の意図を忖度させる、といった下らない出題を生み出すような従来型の発想が国語教育を堕落させ、日本人にありがちな「忖度マシーン」の大量生産に貢献してきた…いかにも長文読解に一つの正解があるかのような錯覚をまき散らし、やたらに忖度能力を高めて挙句の果てには作家名や作品名、文法、漢字の読み書きの丸暗記を徒に強いてきた…そうした古い国語教育の悪しき側面への深刻な反省が国語教員の養成に携わる人物に微塵も感じられないのは実に不思議である。
国語教員の養成に関わる方ならば、まずは率先して従来の国語教育自体を根本から見直しておくべきだったのではないか。そして自身が国語教育のみならず、学校教育の在り方の根本的な再検討を探求型の学習を通じてきちんと行ってきたのか…手始めにしっかりと問い直した方が良いと思うのだが、いかがか。
〇教員の授業を「5分で可視化」、宮城県内の教育機関でAI分析アプリを実証
こどもとIT 大塚雷太 2026.3.26
授業改善の方法として授業中の様子を録画することは学校現場でも古くから行われてきたが、児童生徒のプライバシー保護の問題があり、今は難しくなっている。またこうした手法が悪意に満ちた管理職や教育委員会に悪用され、教師の教育内容や方法への過剰な干渉、統制につながる恐れも十二分にあるだろう。
授業中での児童生徒の発言が十分に授業評価とリンクできていない、という点はこのシステムの致命的な欠陥と思えるが、いかがか。このシステムを「5分で可視化」と表現できるほどの分析能力は今のところ乏しい、とみた。そもそもブラック化した現状の学校で自分の授業を反省的に振り返る余裕などほとんどあるまい。まずは教師たちのゆとりを生み出す工夫こそ、急がれているだろう。
授業改善の取り組みは確かにマストなのだが、それを易々と実行できるほど学校現場は甘くない。この取り組み自体も改善の余地が大きいようだ。仮に冒頭の不安要素を解消し、学校現場で導入可能なレベルまでシステムの改善が進んだとしたならば、最初に導入すべきは大学の教員養成教育においてであろう。つまり宮城教育大で教育実習の事前教育に用いてみて、その効果をしっかりと判断してから学校現場の利用を検討してみれば良いと思うのだが、いかがか。
◎「探究公害」とSNSで拡散…高校「探究学習」の弊害
東洋経済オンライン 杉浦 由美子 2026.1.29
高校教師に探求学習の指導が困難な人は多いだろう。高校に限らず、職務があまりにも多くて、肝心の授業準備に十分な時間をかけられない事が教師たちの大きな悩みになっているはずだ。しかしだからといって探求学習や集団で議論を重ねる授業が不要、というわけでもあるまい。ネットを最大限に有効活用すれば、生徒たちが時間を費やして大学などを煩わせることは少なくなるはず。今時、多くの時間を教室内で済ませることは決して不可能ではないはずだ。
探求学習を進路指導のための個別最適な学習法として狭く捉えているとしたら、教師の負担は無限大に増えていくだろう。テーマ別でグループ分けして複数の教師で指導することも負担を軽減する一つの手段である。その際、グループ内で生徒たちが議論する機会はできるだけ数多く設けたい。
他方で学校や教師の大胆な職務軽減は探求学習導入のためにも必要不可欠な前提条件となる。先行すべきは探求学習の導入ではなく、職務の削減であり、この順番は決して間違えてはなるまい。
◎「1,2,3,4,5,6,7,8,9の中で素数だけ選べ」中学生の7割が誤答。全国学力調査で見え
た“いまの子ども”に足りない力――週末ベスト 日刊SPA! 2026.1.24
このような浅薄な俗説をいつまでマスコミは垂れ流し続けるのか、理解に苦しむ。まず、学校教育は義務教育と非義務教育にわけて考えるべきだろう。小学校や中学校では義務教育なので必要最低限の学力を出来るだけ多くの児童生徒に身に付けさせていく努力義務が学校側にはある。
特に10~12歳頃は理解力よりも記憶力が突出して勝り、とりわけ暗記力は人生において最高水準に達すると言われている。したがって重要項目の暗記は小学校高学年にこそ集中的に実施するのが学習心理学、発達心理学の観点からも好ましいといえるだろう。当然、授業を通じて記憶することを目標とすることが多いので、半強制的に反復、暗唱させることは一つの技法としてこれまでも授業に定着してきた。
とは言え、相手は子どもである。楽しくもない授業に集中力が切れてしまう子どもを一方的に咎める権利は教師側に無い。「掛け算九九」であってもできだけ楽しく、お遊戯のように唱えて覚えていく方が、効果的であるに違いない。また、観察や実験などを通して事象の発生理由を考えさせることも、子どもたちの授業参加度を高める工夫の一つである。なんら工夫せずに暗記を強要するだけでは余りにも能があるまい。
まして義務教育ではない高校以上の学校段階では、自らの力で調べ、考え、集団の中で切磋琢磨して知識と思考力をお互いに高めていく学習法を身に付けることが、今後は一層、重要になってくる。もちろん、この段階でも重要知識の習得は不可欠であるが、残念ながら年齢的に機械的な暗記力は急速に衰えてしまう。理解したことの記憶力はまだまだ衰えないので、中学生以降は覚えるためにもしっかりと理解することが重視されるのだ。
理解は暗記だけではなかなか得られず、自分の頭で考え、自分なりに納得していくプロセスが欠かせない。この作業は単純に暗記するよりも脳への負荷が極めて大きく、誰もが気安く取り組めるものではあるまい。当然、理解したい、という欲求が強く湧いてこない物事はなかなか理解が進まず、長期的な記憶も難しい。内発的動機付けが大切となってくるだろう。
授業中、生徒たちに考えさせる時間や工夫が不十分であれば、結局は訳も分からないまま、ただ受け身で教えられた「正解」を丸暗記することになる。これがいかに無駄で苦痛ばかりの学習かは多くの人の痛感するところだろう。
高校生レベルになればダジャレを用いた丸暗記は、古文の助動詞の活用や化学での周期表など、一部のやむを得ない内容を除いて絶対的に禁物なのだ。どう見ても高校での「詰め込み中心教育」は多くの生徒にとって効果が少なく、苦痛ばかりとなり、基本的には百害あって一利無し、となるのではあるまいか。
◎中高の「やらされ探究」で大学教員が悲鳴の解決策
東洋経済オンライン 藤原 さと 2026.1.14
探求学習をめぐる諸問題をざっと捉える上で非常に便利な記事である。文科省、学校現場、大学等の問題点をそれぞれ要領よく理解できるだろう。
もっとも探求学習が学びの多様化、個別化を軸とするものとは限るまい。議論を通じて生徒個々人の学びを集団で共有し合う側面も、探求学習には不可欠であると思うが、いかがか。
◎校則で「ツーブロック禁止」がゼロに 千葉市の市立中学・高校
朝日新聞社 2025.12.9
この手のような空虚な報道を繰り返しているから「マスゴミ」と批判されてきたのではなかったか?本質的に重要なのは「ツーブロック禁止校則」がゼロになった事ではあるまい。校則改訂がどのような議論のもと、どのような手続きを経て決定されたのか、が厳しく問われるべきはずであった。マスコミとしてそれに言及できない、記事としてのレベルの低さがまたもや露呈している。
仮に「バスに乗り遅れるな」とばかりに周囲の学校の動きに追随し、世間体を気にする余り、校則改訂を急ぎ過ぎてしっかりと生徒側の意見を聞かないまま、校長主導のもとに職員会議で一方的に決めてしまったとしたら、どうだろう。むしろこのことこそ「教育の場」として極めて不適切であり、最悪の決定プロセスとすら言えると思うのだが、いかがか。。
「ツーブロック校則」が話題になってから既に5年以上は経過している。にもかかわらず突然、今更のごとくバタバタと校則の改訂が行われてきた千葉市のプロセスには政治的な圧力によるもの、との疑念しか湧いてこない。「金魚の糞」のように、何も考えずにひたすら「右に倣え」を繰り返してきた千葉県の教育界らしい出来事、と周囲から茶化されてもおそらく教育委員会は反論できないのでは?
とは言え、この記事、ぜひとも授業で議論させたい。議論噴出する活発な討論のたたき台として絶好のネタ、ではある。
〇学校の「カリキュラム」多すぎでも減らせない事情
東洋経済オンライン 妹尾 昌俊 2025.10.22
学校が引き受けている仕事量と同様に教育内容もひたすら増え続けてきた。もちろん「ゆとり教育」の際に学校で教える内容の大胆な削減が試みられたのは事実だが、その際に問題だったのは教える内容以上に膨れ上がってきた教師の仕事量への削減がほとんど進められなかった点であろう。
教師の仕事量は教える内容が多少、減ったとしてもほとんど軽減されないほどにたっぷりと加算されてきた。そのことへの教育行政側の反省が無い限り、教育内容の見直しがどんなに適正に行われたとしても、児童生徒にもたらすプラスの効果は極めて限られてしまうに違いない。教師の負担軽減が大胆に進められない限り、肝心の状業改善が滞ったままだからだ。
ただし授業内容の改善は授業方法の改善と密接につながる側面がある。もっぱら「覚える事」を軸とした受け身の教育から、多少とも主体的に学び、考える教育へと軸を移すべき時でもあるだろう。当然のことながら、教育目標の見直しに伴う教育内容と教育方法の改善は、授業以外での教師の負担の大胆な削減と同時に推進していくべきなのである。
・討論型授業のためのバイブル
「子どもたちに民主主義を教えよう~対立から合意を導く力を育む~」
(工藤勇 一・苫野一徳 あさま社 2022)
この本さえ読んでおけば討論型授業への恐怖感、抵抗感は解消され、討論の本質的意義をつかめるはず。読みやすく、分かりやすいカッパ一押しの本。
・前提となる基本的スタンス
現実の社会では今すぐに正解を見いだせない「不良設定問題」が多いことを前提に、敢えて論争を呼びそうな不良設定問題への思い切ったチャレンジを試みる。
「VUCA」という用語が注目されてきているように現実の社会問題は学校のテスト問題とは異なり、正解が一つとは限らず、そもそも事前に正解が用意されている訳ではない。まさにVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)に満ちているのが現代社会である。
そうした中で様々に異なる意見同士の粘り強いすりあわせを通じて、現時点での最適解を追求する討論型学習を行うとともに、生徒が自ら調べ、自分の考えを深めていくこと、そして各々が納得感の獲得できる個別化、個性化学習へと授業の軸足を移していくことが喫緊の授業目標となっている。
これらの学習過程を通じて生徒、教師共に考え方の多様性に気付き、意見の異なる他者を尊重する姿勢を育むと同時に異常なまでに同調圧力の強い日本の硬直化した学校文化を徐々に相対化し、学校教育に一層の奥行きと柔軟性、多様性をもたらすことを目指していく。
参考記事
〇20年で7600の小中学校が廃校…統廃合巡り保護者や地域との合意形成に壁、
文科省が事例集公表へ 読売新聞 2025.9.6
…小中学校の標準規模は法令によって、それぞれ「12~18学級」とされるが、全国の小学校の4割、中学校は5割が下回る。文科省は、学校再編の手引で「児童生徒が多様な考えに触れ、協力し合う教育を行うためには、一定の集団規模の確保が望ましい」としている…とのこと。皆さんはこの文科省の考えをどう思うだろうか。
今や小中学校での教育は一学級を20人以下の少人数にして教師の目がしっかりと一人一人に行き届きやすくし、学習の個別最適化を図るのが基本であると私は考えている。したがって現在の少子化の流れはこの少人数教育を実現させる上で絶好の追い風となっているはずだ。
ところが国はこれまでもひたすら教育予算の削減を図るべく、少子化を理由にして学校の統廃合を推進してきた。その結果、少人数教育の実現は蜃気楼のようにひたすら遠のくばかりとなっている。
学校で「児童生徒が多様な考えに触れ」るためには、日本の場合、児童生徒の意見表明の機会を劇的に増やすことがまず必要とされるだろう。そのためには当然のことながら少人数教育が実現できていなくてはならない。しかし国は相変わらず安価で効率的な多人数教育を理想としているのだ。
おそらく多人数教育による画一的な一斉講義形式の授業こそが児童生徒に集団主義的心性を涵養し、協調性の豊かな国民を育てることにつながる、というのが老害政治家たちの本音なのだろう。児童生徒が「多様な考えに触れ」ることなどは実際にはどうでもよくて、それはあくまでも従順な国民作りという本来の目的をごまかすための口先だけの綺麗ごとに過ぎないのかもしれない。
今も一学級35人体制すら徹底できていない劣悪な条件の下で、教師は文科省の指示に従って児童生徒の学習を個別最適化すべく奮闘努力させられている。おそらく国はICT化さえ進められれば学習の個別最適化はある程度可能だと踏んでいるに違いあるまい。しかしそれはあくまでも学力向上を目指すだけの手段であり、必ずしも児童生徒の個性や多様性の尊重を目指すものではない。
児童生徒の意見表明権が小学校の現場に浸透するのは遠い先の事。実際には次の学習指導要領が登場する2030年以降の事である。しかし多人数教育の下でブラック校則や一斉講義形式の授業が残存するような現状では、今後も児童生徒の意見表明権など尊重されるわけがあるまい。「児童生徒の意見表面権の尊重」というフレーズもまた国民の目をごまかすための、ただの綺麗ごととして利用されてしまうのではないか。
同質性が高く、同調圧力の高い社会は政府にとって極めて効率的であり、政治的な安定性を保てるがゆえに、日本の学校は安価で効率的な多人数教育の下、画一的な一斉講義形式による指導を通じて同質性と同調圧力の高い社会を今後も再生産しようとしている…実はそういうことなのかもしれない。
参考動画
◎【危険】今、日本人が自分の頭で考えられなくなっている理由
曖昧な思考 2025/06/05 16:51
面倒な事実関係の検証をサボり、深く考えることをしないまま、ただ単に周囲の空気を読んで大勢の意向に合わせることは簡単で楽な行為のため、省エネに走りがちな脳が自然に好む選択肢の一つであるだろう。敢えて意識的な努力を重ねなければ人は自分なりの思考を放棄しがちなのだ。したがって現代のSNS、ネット上にはびこる「思考の放棄」現象から自分を引き離すことは誰にとっても極めて困難となる。
であるならばなおさら、高校生のうちから可能な限り周囲の空気に流されずに自分の頭で考える訓練を繰り返すことこそが今の日本で最も必要とされているように思えるが、いかがか。討論、議論を軸とする授業が生徒たちの自分なりの思考力を鍛える上で大いに役立つはずである。
この動画はわずか一度の視聴で理解できるものではあるまい。解説を挟みつつ、できれば二度は繰り返してじっくりと視聴させたい。ただし「曖昧な思考」というチャンネルではかなりスピリチュアルに偏った内容の動画が数多く見られるので、宗教的勧誘の側面には要注意。したがってこれ以外の動画の多くは決してお勧めできない。
参考記事
・乙武洋匡氏 ryuchellさんが「多様性は強要しない」と 「友達なんかじゃな
かった。」と悔恨 デイリースポーツ によるストーリー 2023.7.15
「多様性で大事なのは、強要しないことじゃないかな。自分はこう思うからあなたもわかって!ではなくて、なるほどあなたはそういう意見なのねって、まずは認める姿勢を見せること。相手にも自分にもどこまでやわらかくなれるかだと思うんです」
多様性の尊重とはどういうことなのか、ryuchellさんが遺した言葉に耳を傾けたい。彼が討論の場でこのことを常に意識していたからこその、あのソフトな語り口調だったのだ。いつも討論する際には心がけたい金言。
参考動画
◎【賢さの価値は暴落】AI時代に親ができること「日本の教育の未来」【安野貴博 ×
HR高等学院】HR高等学院の非常識な職員室 2026/01/29 29:16
安野氏はAI時代に育むべき力として「何かを始める力」「不確実性、リスクに対する耐性」「コミュニケーション能力」(対人だけではなく対AIとのコミュニケーション能力を含む)の三つを挙げている。
同様にHR高等学院でも「挑戦数」=「越境数」「失敗数」「この指とまれ数」「表現数」を重要な評価指数としているという。これらはグーグルが急成長できた要因ともかなりの部分で共通する要素であろう。
これまでの日本の学校教育では学習指導要領の改訂、すなわち学習内容の見直しが10年に一度という、世界の急速な変化にまったくついていけないレベルの圧倒的な遅さであり、なかなかアップデートされないもどかしさがまず大きな問題点として挙げられている。同様の観点から、学校教育へのAIの導入が完全に遅れたため、個別最適化の方向が地方の学校現場ではイマイチ実現できていない点も指摘されている。
端的には日本の公教育が長年抱えてきた「画一性」と「アップデート頻度の遅さ」こそが日本の学校の大きな「バグ」の本質、と安野氏はいう。
教師として今後、重要とされる仕事はおそらく一方的に教え込むことよりも、AIを多用しながら脇からサポートしていくコーチング的なものに主軸を置いていくことになるだろう。特に生徒たちにできるだけ多彩な数多くのロールモデルを提示して生徒たちの主体性を引き出していくことは生徒たちの挑戦欲を引き出す上で不可欠の体験であり、教師の本質的に重要な任務となっていくはず。
今後の教育を考える上で極めて重要な示唆に富む貴重な動画であり、できれば授業でも使ってみたい。少なくともすべての教師が視聴されることをオススメする。
◎【コミュ障?】最近の若者が社会人になっても人付き合いを避ける理由…
山田玲司の原作が10倍おもしろくなる解説【山田玲司 切り抜き】
2022/06/07 10:25
討論型の授業を展開するために最初に視聴させたい動画の一つ。相手の意見をしっかりと聞くことができる事と自分の意見を持ち、それを分かりやすく伝えることができる事がいかに大事か、まずは知っておきたい。そして日本の学校ではなぜ討論型の授業が広がらなかったのか、根付かなかったのかを考えさせたい。
◎【ファクトチェック】正しい情報を国が判断ってアリ?言論弾圧?民間企業に任せ
るべき?ABEMA Prime #アベプラ【公式】2024/08/08 20:42
討論の土台とすべき事実認識に一定レベルの思い違い、事実誤認が存在してしまう可能性を完全に排除するのはおそらく無理だろう。そしてたとえ多少の思い違いに基づく意見であってもその意見が全くの無意味であると決めつけること自体も実は間違いである可能性はある。そもそも私たちがある意見を持つために必要とされる知識はいつだってあまりにも不十分なレベルにとどまっていて、むしろ自分の意見を完全なものとみなすほどの知識を誰一人所有していないと心得るべきなのではあるまいか。
日本の戦後政治はGHQやCIA、日米合同委員会などの働きもあって数多くの情報がいまだに国民には隠蔽されたままであると見て良いだろう。たとえば正力松太郎の戦後日本における役割とは何だったのか、その全貌を掴むことはおそらく今も不可能であると考える。アメリカの公文書館等に保管されている彼の関係資料には現在も黒塗りされた部分が少なくあるまい。同様に731部隊の全貌もすべてを白日の下にさらすことは未だに出来ていない。沖縄関係に限らず、日米間の各種密約の全貌もしかりである。それが極めて重要な知識であるにもかかわらず「ファクト」自体の多くがひどく限定されている日本のような状態では「ファクトチェック」もまた不十分なものにとどまるのは不可避である。当然、このような状態の下では政府側にファクトチェックを委ねることほど危険なことはあるまい。それは「知らしめず、依らしむべし」の愚民化政策を加速させるだけである。
かつて動燃が原子力発電に関わる事故隠しを続け、国民の信用を完全に失ったように、日本政府もまた近年のモリカケ問題などに見られたゴマカシ、隠蔽工作を性懲りもなく繰り返し、国民からの信用をひどく失いつつある。こんな隠蔽体質に覆われた政府による検定教科書を教師が疑うことなく鵜呑みにして漫然と授業をして良いはずがない…という考えははたして極論なのであろうか。
情報を発信する立場にある者はすべてファクトチェックの努力をすべきだが、誰であっても完璧なファクトチェックを期すことは不可能である。重要なのは乱立し、対立する多様な意見をただちに感情的に排除するのではなく、時間をかけて自説を検証し、出来る限り広く深く考え、とりあえず現状で探りえた事実、知識を用いて自説を補強していく事、ないしはより良い他説に乗り換える事。同時に自説と異なる各種の意見への理解を深めつつ、現状で考えられうる限りの反証を試みてみる…こうした地道な努力をすべての人がお互いに果てしなく続けていくことであろう。
討論型の授業は以上のような観点からも高校での授業に積極的に導入されるべきだと考えるが、いかがか。
◎【議論の仕方】多様性を大事にしても議論はうまくいかないので、同質性を大事に
しましょうということについて解説します
謎解き統計学 | サトマイ 2024/06/28 14:23
非常に面白い、かつ重要な観点を提示してくれている。ただし突っ込みどころが無いわけではあるまい。まずは生徒に視聴させて突っ込みどころの有無を問いたい。授業における対話型討論を有効に機能させていくために必要とされる重要な観点を生徒たちが見つけられれば極めて有意義な動画視聴に転換できる。
個人的には差異、多様性よりも同質性に注目することで、一見対立する意見同士のすり合わせを実現する…これはスピーディーかつスマートな形で議論の収束、意見の統一を図ることを目的とするならば、当然の心構えと言える。しかしたとえ対立する者同士で目的、理念が共通していても、目的達成に至る方法論が異なればいずれにせよ自分たちの目的や理念に到達できない可能性はあり、まったく異なる結果をもたらす危険性すらあるだろう。方法論の違いの底には意外なほどに根が深い差異、対立点が潜んでいる場合は十分あると思う。それは民主主義をどう捉えるのかにも関わってくる重大な観点ではあるまいか。
議論においてあらかじめ同質性を重視することも間違いだが、異質性を強調し過ぎるのももちろん間違いである。それは人としての遺伝子情報の同質性の高さとは無関係の話であり、社会のあり方を論ずるときには生物学や医学での学説を安易に当てはめて説明するのがそもそも筋違いなのである。
日本社会における同質性の高さは、集団的作業での効率性の良さとなって高度経済成長期を実現させてきた重要な因子の一つである…このことはほぼ疑いえない事実だろう。しかし高度情報化社会においては組織の効率性のみならず、個の突出した力が問われる。常に周りを忖度し、個性をイジメの原因と見なして排除しがちな同質性過剰強要の日本社会で今、一番問われているのはやはり個性や多様性の尊重なのだと思うが、いかがだろう。
今までの様に結論を急いで忖度を強要し、タイパ、コスパばかりを重視していると日本社会の息苦しさは強まる一方となるかもしれぬ。むしろタイパ、コスパを多少犠牲にしてでもじっくりと議論のすり合わせを続けていく努力が、少なくとも学校教育段階では切実に求められていると考えるが、いかがか。授業のタイパ、コスパを少しばかり犠牲にできる程度の、本当の「ゆとり」が今の青少年にはとりわけ必要なのではあるまいか。
日本に限らず、世界の姑息な政治家たちはさも民衆に迎合するような政策を自分の理念、ポリシーとして掲げつつ、いつの間にか政策の実現方法や論点をずらして民衆の期待を根本から裏切る…そういった汚い技をこれまでも得意とし、長い事駆使しきたのではあるまいか。今や彼らの皮相な理念など信用する方が間違いなのであり、裏に秘めた彼らの本当の狙いに気付くべき時なのではあるまいか。
◎心理的安全性を高める。どうしたら皆が働きやすい会社をつくれるか?
精神科医がこころの病気を解説するch 2024.1.16 11:45
皮肉ではあるが今の日本の学校がどれほど「心理的安全性」が脅かされる場所となっているのか、なぜイジメがはびこり、不登校が多いのかがよく分かる動画となっている。相手の個性や多様性を重んじて時代の変化に柔軟に対応し、外部からの批判に学ぶような謙虚な姿勢があれば組織の心理的安全性は高まる、という指摘と真反対にあるのが隠蔽と自己保身に走り、画一的で管理主義的な今の日本の学校なのだと思うが、いかがだろう。
当然のことながらこうした日本の学校文化においては、討論型の授業ほど根付きにくいものはあるまい。日本の場合、教師や生徒たちが活発に自分の意見を言えるような「心理的安全性」が極めて低いからである。しかしだからこそ討論型の授業を根付かせていく努力が必要なのであり、その努力こそが学校改革の中核部分になりうるのだと私は考える。
〇バカになるな!論破のテクニックで騙されてはいけない!【宇野常寛】
たかまつななチャンネル 2022.10.10 22:50
討論中心の授業とする場合、ディベートのような論争の勝ち負けにこだわる「ひろゆき」流あるいは「橋本」流の論破ゲームに陥らないような配慮が肝要となってくる。宇野氏の指摘する「スネ夫症候群」に要注意。基本的には討論の過程で多様な意見の創出をまずは目指すべきだろう。そして大勢の意見を聞くことを通じて多様な価値観がこの世に存在することの社会的意義を確認していく・・・それこそが一人でも多くの生徒を巻き込む、討論を用いた授業の最重要目標とされるべきだろう。意見の多様性を熱望する討論の場のあり方の中にこそ、ラディカルに「問いそのものを問い返す」可能性や問題解決に向けたオルタナティブで建設的な意見の創出に向かう可能性が胚胎するに違いない。従って教師は討論において決して議論を一つの結論に導いていくような誘導や断言をしてはなるまい。一つ一つの異なる意見が持つ様々な意味、意義を注意深く見出し、生徒達にもしっかりと気付かせていく事に教師は最大限の労力と工夫を払っていきたい。
もちろん、議論の方向性が一定せずにあてどなく彷徨ってしまっては論点がぼやけてしまうので、ある程度構造化されたアンケートや発問計画を事前に用意してから討論に望むべきなのは当然の事である。
◎【心理的安全性】誰もが率直に意見を言える環境とは?組織改革を進めるカギ?超
重要概念を学ぶ
2022/05/29 ABEMA 変わる報道番組#アベプラ【公式】 24:20
多様な意見を引き出すために必要とされる「心理的安全性」とは何か、理解できる。「心理的安全性」をまず確立しておかないと討論型授業は成立しないだろう。
◎【ハーバード大学准教授が語る】社会的に消す「キャンセル社会」の闇【ひろゆき
の妻&奥井奈南】 ReHacQ−リハック−【公式】 2023/05/14 34:50
多様な意見を引き出す上でキャンセルカルチャーの危険性に留意する必要があるだろう。
参考記事
〇Z世代に聞いた「理想の学校」──「居心地がよく、学びやすい環境が整っている」
が半数超に【プレマシード調査】 EdTechZine 2025.9.27
調査対象者数が600名と余りにも少なすぎてあくまで参考程度のことしか言えないが、以下の調査結果はぜひ記憶しておきたい。
…「理想の学校の環境・コミュニティ」の条件を尋ねたところ(複数回答)、「居心地がよく、学びやすい環境が整っている(周辺環境・設備など)」(54.8%)がもっとも多い結果となった。「自分のペースで学べる」(54.3%)、「相談しやすい教員や大人がいる」(44.8%)、「自由度が高い」(36.8%)がそれに続いた…
さらに
…「理想の学校の勉強」の条件を尋ねた質問(複数回答)では、「教え方がわかりやすく、やる気を引き出してくれる教員がいる」(50.3%)が最多となった。
以下「将来や社会につながる学びができる」(40.5%)、「主体的に学ぶことができる」(34.8%)、「得意なことを伸ばせるカリキュラムがある」(34.7%)が続いている…
とのこと。きわめて常識的な結果であるが、教師としては「学び」に必須の条件についてこの程度のポイントはあらかじめ弁えておくべきだろう。
◎多数派の考え方を変えるために少数派の人たちができることとは?
【社会心理学】 ラブすぽ の意見 2023.6.22
少数派の意見が多数派に影響を与えられるようになる条件として、少数派の意見が一貫している(多数派に阿らない)、他の論点では多数派の意見を持っている(ただの天邪鬼ではない)、多数派が現状に満足できず、改革を求めている、などがあるという。社会を変えていこうとする場合には大いに参考となる知見だろう。
もちろん教科書を軽視するのではなく、重要事項の理解や暗記もある程度は要求しつつも、多様な意見を引き出し、多様な意見が飛び交う中で最適解を目指して粘り強く思考する対話的な力を養うことをより重視する。必ずしも多数派の意見を支持するわけではなく、少数意見にしっかりと耳を傾けることで多様性の持つ豊かさが担保され、すべての生徒が自己の意見表明をしやすくしていく・・・という目指すべき討論型授業への基本的スタンスを堅持する。
・討論型授業のキモ
授業が十分に活性化しているならともかく、いきなり手を挙げさせて一握りの生徒に意見を言ってもらう展開は出来るだけ避けたい。討論や考える事自体を面倒くさがる生徒は多い。誰か一人が意見を言うと、他の生徒は自分なりの考えをまとめようとしなくなり、他人の意見に流されがちになる。教師には意見が出尽くすのを待つゆとりが必要である。
意見が大体出揃った時にはA~Dどの意見に賛成か・・・などと生徒全員にそれぞれ挙手させて数を数え、その場でクラスの意見のあり様を類型化して確認させたい。
ただしその際、マイナーだった意見の持ち主を見捨てない事が肝要。時にはマイナーな意見の背景や根拠を生徒全員で共有できるよう、深掘りしていくべきケースも大いに考えられる。
当然、他の生徒から多く賛同を得られた意見が正しいとは限らない。むしろ多数派の意見がひっくり返るような、予想外の展開こそ、目指したい。もしもそのような展開になれば大成功。今後、多くの生徒が意欲的に討論に参加するようになるだろう。
参考動画
◎【天安門事件以来の盛り上がり】中国の言論統制と闘う若者たち 家族や仲間が拘束
され銀行口座も凍結 [クロ現] | NHK 2023/09/14 9:46
中国の若者たちの言論の自由を求める命がけの取り組みに対して、まず、どう思う
のか、生徒たちに問いかけたい。さらに、日本の若者たちに今、言論の自由が本当にあるのか、問いたい。
特に李苹さんの「意見を持つことは国への最大の愛情です。希望を抱くからこそ声を上げるんです」という発言について深く考えさせたい。
続けて言論の自由が成立する前提条件に付いていくつか列挙させたい。特に「情報公開」や「知る権利」をキーワードにして一歩踏み込んで深く考えさせたい。例として社会科の教科書で本当に自分の意見が持てるのかどうか、確認させよう。
ここで「君が代」について歌詞の意味を問うのが良いだろう。
そしてもう一度、日本の若者に言論の自由が本当にあるのかを問いたい。
◎ひろゆき、EXIT…アベプラ・平石アナはなぜ“猛獣軍団”をファシリテートできるの
か? 新R25チャンネル 2021/04/26 9:00
討論型授業におけるファシリテイターとしての教師の役割を考える上で大いに参考となる動画。
◎【論破ブームの危険性】アベプラ平石アナの「論破上手=優秀はテレビの世界だ
け」に若新雄純が本領発揮【前編】 新R25チャンネル 2023/06/07 29:52
◎【議論で重宝される人】「議論で熱くなってもなぜか愛される人」。アベプラコン
ビ・平石アナ×若新雄純がたどり着いた結論
新R25チャンネル 2023/06/14 28:38
討論の進め方、注意点がよく分かる。「ムキにさせる」「審判を下さない、勝敗をつけない」「多様性尊重」…
◎【誹謗中傷する人の心理】脳を惑わす3つのバイアス/SNSはロジックのズレだら
け/ハーバード大学と日本の違い/脳は省エネモードで動く/違和感に向き合え
PIVOT 公式チャンネル 2023/05/20 35:51
認知、認識における無意識のバイアスの存在と「中傷」、「攻撃的言動」の背後に潜む歪んだロジックを知っておかないと討論がただの論破合戦に陥ってしまう危険性が生じてしまうだろう。討論型授業を行おうとする教師にとって必見の動画である。
したがって多数決にもっていくような展開は最悪。ディベートはあくまで討論に刺激を与えるべく議論の導入時のみ、利用するだけ。一つの結論が欲しいわけではないので議論の勝ち負けや多数決は完全に無意味。特定の結論を出す必要もまったくない。あくまでも大切にすべきは、意見の多様性を確認させ、それぞれの意見の存在理由をできるだけ深掘りすること。
またアンケート形式の質問用紙を多用し、口頭では発表できない慎重派や引っ込み思案の生徒の意見表明の機会をしっかりと保障すべきである。アンケート結果の集計と共に意見の一部は次回の授業で紹介する・・・などの工夫を重ねて生徒達の意見を一人でも多く、また少しでも多様な考えを引き出し、共有していくことを重視。アンケートの集計結果を公開する際にも少数意見に十分留意し、生徒たちが少数意見に注目するよう、繰り返し注意喚起しよう。
アンケートへの回答を通じて生徒達が多様な意見の存在理由をしっかりと確認出来るよう、質問項目を工夫したい。同時に多様な観点によって混乱しがちな頭の中をスッキリと整理出来るような方向性を持たせた質問項目の内容と配列、組立て方を予め計画しておくと安心。これは相当難しい作業だが、議論の無秩序感を低減するためには事前に必要とされるものだろう。従って当然の事ながら教師側には議論のテーマに関する広い知識、深い理解が備わっているに越したことはない。
ただし、十分な力が無い状態であっても討論型授業へのチャレンジは果敢にトライすべきである。何事も経験を積み重ねていかなければ前進できないはず。討論がアナーキーな状態のまま終わってしまう事は先生方の職員会議の場面ですら、普通に生じている。失敗は成功の本である。まずはトライあるのみ。