㉝等高線トレードと学校の危機
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千葉県ではかつて「等高線トレード」と呼ばれる人事異動が頻繁に行われ、困難校ばかりを異動している教師たちが数多くいた時代があった(進学校ばかりを異動する教師も少なくなかった)。つまり困難校での経験豊富なベテランたちが困難校の教育を支える中核として多くの場合、有効に機能していたのである。もちろん進学校は進学校での経験豊富な教師たちによって支えられてきた。
ただし「等高線トレード」には負の側面もあった。一旦、困難校に転勤してしまうとその学校、あるいは同程度の困難校から脱出したい状況が生じても、なかなか異動出来ないケースが少なからず見られたのである。実際、ある困難校では県に「10年条項」(同じ学校に原則として10年を超えて勤務できない…)が存在していたにも関わらず、毎年、転勤希望を出し続けても11年以上転勤できなかった教師は10人近くにのぼっていた。なかには同一校勤務14年目の方までいたのだ。
当たり前のことだが、わざわざ進学校から困難校に転勤希望を出す教師は当時も極めて稀である。本音ではそれなりの進学校に転勤したいと思う教師がおそらく過半を占めていたと思うのだが、その本音は多くの場合、ただの夢か愚痴で終わっていた。
こうしたことから「等高線トレード」は多くの教師にとって不公平な人事であると批判され、県教委もこれを20年余り前から本腰を入れて見直していくことになった。しかしこの見直しの結果も手伝って、一部の困難校では皮肉にも深刻な混乱が生じてしまったと思われる。
困難校のベテランが転出していく一方で困難校の経験が無い、あるいは浅い教師が続々と困難校へ転勤してきたため、一時的にせよ、それまでの生徒指導、学習指導体制が崩れてしまい、ついには生徒の間から逮捕者や退学者が続出するとともに、入試での大幅な定員割れが恒例となってしまう学校まで出現したのだ。
この混乱はなかなか終息しないまま、各学校で様々な問題を引き起こしていったように思う。残念なことに教師間でのチームワークが崩れ、組織的なバックアップすら期待できないブラックそのものの学校まで登場してしまったのだ。そうした学校では問題生徒たちと直面するのを可能な限り避けるべく、生徒棟ではなく特別棟ばかりに籠もる、あるいは教科準備室にしがみついて離れない進学校出身の教師がすこぶる多くなる。ついには噴出する生徒たちの問題行動で心身を病み、2~3年で異動を希望する、そんな教師が続出するようになる。
ただし、幸いなことにかつての校内暴力世代やそのジュニア世代と違って、現在の高校生たちは自己顕示的な集団非行に走る者が極めて少ない。校舎の窓ガラスが何十枚も割られたり、校庭をこれ見よがしにバイクが走り回るようなことは昔とは違い、当分の間、滅多に起きることはないように思う。
他方で不登校の数がここ数年、急増してきている。実は今の生徒たちの不気味なまでの大人しさが、本来ならばとっくに危機的段階へ突入していたはずの高校を上辺だけでも今日まで学校として支えてきたのだと私は考えている。
今や非行を中心とした生徒指導上での問題を引き金にして公立高校の崩壊が生ずる可能性はほぼなくなったと考える。したがってかつてのような、生徒指導の強化を念頭に置いた学年室常駐体制にこだわり続ける必要性も多くの高校では消滅してきた。今やほとんどの高校は授業中心の教科準備室体制を軸にして授業改革に専念すべき時だろう。これは高校本来の姿に立ち返る、絶好のチャンスが到来してきたということでもあろうか。
しかし他方で公立高校の危機は教員不足の進展に象徴されるように、一層、深刻度を増してきているように見受けられる。
ならば今後、何が原因となって公立高校の崩壊が起こりうるのだろうか。それは2022年度における千葉県の公立高校での入試採点ミスが1000件近くの数に上ったことで明確に示されてしまったのではないか。
学校の危機は生徒側よりもおそらく教師集団側の要因、教師集団の組織的自壊によって本格化していく可能性が高まってきたと私は危惧している。
以前から精神的疾患などで中途退職や休職に追い込まれる教師が目立っていた。加えて近年の教師志望者の減少はこれからの学校現場を二重に追い詰めていくだろう。当然のことながら学校を支えるべき人材の質と量の両面にわたる決定的不足は、学校の危機を招く最大の要因とならざるをえない。
私が将来的に予想する学校教育の危機の真因はこれまでの「教育改革」と称する施策がまともに反省されることもなく徒に繰り返され、教師たちをひたすら疲弊させ、絶望させてきた点に求められるだろう。
それは現場の実情を何一つ知ろうとしない独断専行の政治家や官僚によって強行され、長い間、無意味な迷走を繰り返してきたお粗末な教育政策がとどのつまり招いてしまった、当然の帰結なのだと思うが、いかがか。
千葉県教委が進めるその場しのぎの安易な再任用雇用策や非常勤講師採用の拡大などによって極度に深刻化した教師集団の高齢化と組織の弱体化…教員採用試験での倍率低下が加速させる教師の集団的劣化に起因する学校の自壊現象は決して入試採点ミスの多発だけで済ませていられる性格のものではあるまい。
かつて教師集団が持ち得ていた能力の限界ギリギリの状況の中でこれまでかろうじて破綻なく遂行されてきた様々な教育的営為全般においても、このままの状況が放置されるのであるならば、いずれ教師集団の勤労意欲の喪失と能力的、体力的破綻が一気に表面化する日が来てしまうだろう。そうなれば全学校のあらゆる局面で同時多発的に不祥事が連発し、ついには学校教育活動をマヒさせてしまうような破滅的な結末に発展していくかもしれない。
ただし、その前に大量の離職者と教職希望者の激減とで学校が完全にマヒするような、大幅な教員不足が生じ、不足分がいつまでたっても補えない時代がまず到来するに違いない。今はその暗黒時代の入口に立っている瞬間だとカッパは見ている。
学校のブラック化の放置がいずれ招き寄せる危機的事態を私たちは断じて軽く見てはなるまい。