その2.VRの科学と水槽の脳

※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。

 

   その2 「VRの科学と水槽の脳」

   前回に引き続き心理学ネタをご紹介いたします。今回のテーマはVR(仮想現実)の科学と水槽の脳をテーマにして脳科学、AI、ロボット工学、IT技術の進歩によって人の知性がどこまで解明されてきているのか、ちょっとだけのぞいてみましょう。ただし前回とは異なってここでは著作権上の問題からyoutubeの動画や画像のほとんどをそのままの形ではブログでご紹介できません。学校における対面授業ならばパワーポイント等で多くの動画や画像を利用できると思いますので、授業での利用をお願いいたします。ここではテーマ別にカッパが視聴を推奨するyoutubeの番組名の紹介に留めさせていただきます。

 

   近年、VR(バーチャルリアリティ=仮想現実)の技術は家庭用ゲーム機にも取り入れられていてかなり身近なものになっています。かつてはディズニーランド等の大型アミューズメント施設やプラネタリウムなどでしか体験できなかったVR体験。

しかしゲーム機やアミューズメント施設でなくともちょっとしたVR体験は出来るのです。駅に停車中の電車内でボーッとしていると、突然、電車が動き出したと感じてハッ!としたこと、ないですか?でも実際に動き出したのはホームの反対側の電車だったりして・・・この自己運動知覚における錯覚をベクションといいます。

実は視覚20度以上の広い視野に運動が提示されたときに自己運動知覚(ベクション)が生ずることが確認されています。したがって大画面のスクリーンに列車の運転席から前方を移した映像を流せば運転手並みの臨場感あふれる体感が生じるはずです。これは自分が静止しているならば、広い視野に見える光景は現実世界では背景として静止している確率が圧倒的に高いため、まず脳が勝手に静止していると判断。ところが静止しているべき光景が動いたときには自分が動いたからだ、と感じてしまうことからもたらされる錯覚だろうと考えられています。
 この錯覚を応用しているのがプラネタリウムやアミューズメント施設。座席のわずかな動きと画面の動きとが連動することで観客の体感に驚くほどの大きな自己運動知覚を生じさせているのです。

※こうした各種の錯覚を本格的に体験できる施設としては東京都の科学技術館などがある。

 

  2021年12月に日本で公開されたSF映画「マトリックス・レザレクションズ」の予告編動画には以下のようなセリフがありました。

 「現実としか思えない夢を見たことは?」

 「その夢が覚めなかったら夢と現実を区別できるか?」

   SF映画「マトリックス」シリーズが表現している世界はVR(仮想現実)技術の究極的形態の一つかもしれません。人間は発電機として培養液に浸された上で脳に電極が接続され、巨大なコンピュータによってシミュレートされた「世界」を脳に直接送り込まれます。人はAIによってその「世界」を生きているように信じ込まされ、その実、ひたすら電気をコンピュータに供給しています。

 「世界」はほぼ完全にリアルであり、人と「世界」とのやりとりも自然に行われているように感じられます。どれがシミュレートされた「世界」でどれが本当の現実世界なのか、渦中に置かれた人類が識別するのはきわめて困難になっている・・・という設定です。

   パトナムという哲学者は「水槽の脳」という思考実験で、身体による脳の神経活動パターンによる体験とシミュレートされ脳に直接送り込まれた人工的な神経活動パターンによる体験とは区別できるか…という命題を立てました。答えはもちろん「区別できない」です。なぜなら錯視体験を通じ気付いたように私たちの知覚世界自体が脳の作り出したVRに他ならず、VR技術は脳の知覚機能をなぞっているに過ぎないとも言えるからです。

 ただ現在の技術水準は完全なVRの実現からは程遠いようです。特に統制の難しい嗅覚と味覚のディスプレイ開発は難航しているといいます(化学変化を媒介とした感覚は刺激のオフが難しいのだそうです)。

参考動画

メタバース】「生活してるだけ」仕事も食事も睡眠もVRゴーグルを被ったまま?

  週100時間もダイブする住民の日常は?バーチャル空間と人格|

  #アベプラ《アベマで放送中》 2021/12/15 16:34

 フェイスブック社が「メタ」と社名を変更したことが2021年、話題となった。ザッカーバーグの読みがあたるかどうか、議論しても良いだろう。あるいは仮想現実の世界で四六時中過ごすことへの賛否を問うことも出来る。

 

・水槽の脳

   水槽の脳とは「あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている夢なのではないか」という仮説。哲学の世界で多用される懐疑主義的な思考実験で、1982年にヒラリー・パトナムによって提唱されました。

 正しい知識とは何か、意識とはいったい何なのか、といった問題、そして言葉の意味や事物の実在性といった問題を議論する際に使用されます。水槽の中の脳、培養槽に浮かぶ脳、桶(おけ)の中の脳、水槽脳仮説などとも訳されます。

   「マトリックス」の描く未来世界はコンピュータに支配された家畜のような人類の惨めで異様なあり方です。が、VR技術が人類に貢献する側面も大きいといいます。テーマパークでのアミューズメントだけでなく、宇宙開発、医療、教育訓練などの分野ではその貢献が大いに期待されているようなのです。火星探査機では1996年からVR技術を導入し、小型探査機の操縦が(リアルタイムとはいきませんが)行われています。また恐怖症の治療においては行動療法の立場からVR技術を応用した「エクスポージャー(暴露法)」が取り入れられています。これはリスク、経費、操作性などの点でメリットが大きく、治療効果も絶大だといいます。
 難病の網膜色素欠損症などで失明した患者のためには人口網膜の開発が進められています(ただし近年は再生医療への注目が高い)。解像度がまだ不十分で実用化には時間がかかるようですが、いずれ多くの人の視力が回復することが期待されています。聴覚障害者にはすでに人工内耳の埋め込み手術が始まっており、多くの患者が救われてきています。いまやパイロットの訓練を始め、手術の訓練、リハビリ、はてはスポーツの世界にも徐々にシミュレーショントレーニングが浸透してきているといいます。学校でも空間認識を高める(空間認識能力を必要とする学習は地理、天体の動き、算数・数学の図形等けっこう多様である)ためなどにVR技術の導入が実験的に進められているそうです。

 

・サイボーグとアンドロイド

 HAL(ハル、Hybrid Assistive Limb)は生体電位信号を読み取り動作する世界初のパワードスーツ。筑波大学によって開発されています。 現在2タイプが存在し、HAL 3は脚部のみが稼動しますが、HAL 5は腕、脚、胴体の全てが稼動するようです。HAL 5は現在、装着者が本来持てる重量の5倍の重量を持つことができる性能があるとのこと。 装着者の皮膚に取り付けられたセンサーを通して微弱な生体電位信号を感知し、内蔵コンピュータによってその信号が解析され、装着者の動きを補助するようにスーツが動作するといいます。身体障害者や高齢者の運動補助のために開発されており、将来的には労働用のHALも開発する予定だそうです。

参考動画

意識の誕生–どうやって意識は獲得されたのか

 世界をわかりやすく Kurzgesagt  2023/12/21 9:57

知性とは何か。その始まりは?

 世界をわかりやすく Kurzgesagt  2024/03/07 9:42

【神回】成田悠輔が悶える…"感覚を共有"ボディーシェアリング技術を体験!

 研究者・玉城絵美とテクノロジーの未来を考える

 2022/07/23 ABEMAニュース【公式】 16:09

【天才共演】成田悠輔×研究者・玉城絵美|感覚を共有する"ボディーシェアリング

   技術"を語りつくす 2022/07/27 ABEMAニュース【公式】 47:27

玉城 絵美 / 受賞者プレゼンテーション World OMOSIROI Award 8th.

   2022/05/18 ナレッジキャピタル / Knowledge Capital 28:26

「寺田家TV.サイボーグパパ」【車椅子卒業】一生治らないはずの障害が治りまし

   た【息子のおかげ】2020/08/09 11:11

 HALを装着して歩く訓練の様子が感動的。

世界初の装着型サイボーグ!?サイバニクスがもたらす新しい社会とは(前編) 

 2022/02/04 堀江貴文 ホリエモン 18:03

装着型サイボーグ「HAL」で難病患者の歩行機能が改善する理由とは?サイバニク

 スがもたらす新しい社会(後編)2022/02/05 ホリエモン 23:13

 

   MITのヒュー・ハーは21世紀末、サイボーグ化した人類が羽を持ち、空を飛べるようになるのではと大胆にも予言しています(TED:2018年の講演 youtubeで視聴可能)。今や、科学技術の進歩により(神経系がある程度残されている場合に限りますが)義肢は人の肉体と一体化し、感覚を持ち始めているようなのです。足を切断してしまったヒュー・ハー自身が義足を用いて山登りまで挑戦しているといいます。確かに四肢を欠損してしまった人々にとってこれらの技術が将来への明るい希望となっているのは間違いないでしょう。

参考記事

人類初「AIと融合」した61歳科学者の壮絶な人生~「ネオヒューマン」の生活は喜びと

   希望に溢れる~藤田 美菜子 : 東洋経済オンライン 2021/06/11

「64歳で逝去「人類初サイボーグ」が世界に遺した物 東大教授追悼

 「ネオ・ヒューマンは生き続ける」  稲見 昌彦 東洋経済オンライン2022/07/06 1

参考動画

[クロ現+] 人類初のサイボーグ 難病と闘うピーターさんの挑戦 | NHK

 2022/01/07 NHK 4:03

   …イギリスのロボット科学者であるピーター・スコット-モーガン博士(2022.6.15死去)は、全身が

 動かなくなる難病ALSで余命2年を宣告されたことを機に、人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグ

 として生きる未来を選んだ。彼はなぜ、そんな決断ができたのか。「人間がAIと融合」するとはどう

 いうことか。それにより「人として生きること」の定義はどう変わるのか。ピーター博士が自らの挑

 戦の記録として著わし、発売直後から世界で話題騒然の『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の

 自由を得る未来』(原題『Peter2.0(ピーター2.0)』)が、6月25日、ついに日本でも刊行され

 る。・・・以下略・・・東洋経済オンライン (2021/06/11)より引用

【不老不死】「人の意識を機械の中で生かす」20年以内の実現を目指す研究者に聞

   く!肉体に縛られない不死の世界【渡辺正峰】|#アベプラ《アベマで放送中》

 2020/08/20 ABEMA 変わる報道番組#アベプラ【公式】 40:18

意識の研究が不老不死の実現に繋がる…!?専門家と「意識」を解き明かす(後

   編)2021/10/15 堀江貴文 ホリエモン 13:25

機械に意識は宿るのか?そもそも意識とは?専門家と「意識」を解き明かす(前

   編)2021/10/14 堀江貴文 ホリエモン 25:20

意識と肉体を切り離して考えることで、人と社会は進化する!?【川上量生×堀江

   貴文】 2022/03/13 堀江貴文 ホリエモン 12:22

【ホリエモン×川上量生】『ニコ動』産みの親と考える「ヒトの意識と100年後の

   AI論」 2022/02/28 NewsPicks /ニューズピックス 10:08

将棋もAIを真似する人が勝つ時代?今後の人間社会とAIの関係【川上量生×堀江貴

   文】 2022/03/16 堀江貴文 ホリエモン 10:36

 

   さてロボットスーツと言えばどうしてもアニメのガンダムやエヴァンゲリオンを連想してしまう中高年の方は多いでしょう。あるいは「攻殻機動隊」のシリーズを思い浮かべる方もいらっしゃるに違いありません。いずれにせよ私たちはAI搭載のロボットが軍事利用される危険性も常に肝に銘じておく必要があるのです。

   大阪大学の石黒浩氏は人間に近いロボット(アンドロイド)の開発で有名です。ホンダのアシモを遙かに凌ぐボストンダイナミクスの各種ロボットの機敏な動きはいつの日か人類の技術がサイボーグ(人主体)とアンドロイド(機械主体)の交わる領域に到達する可能性を示しているようです。凍り付いた路面で足を滑らせながら移動したり、雪道を転ばないように歩いたり、家事手伝いをしたり、バク宙したり・・・既に薄気味悪いほどに彼らの動きが本物の生き物のようにスムーズになっていることがよく分かるでしょう。(「Boston Dynamics」 youtubeで幾つかの動画あり

   人型だけではなく、各種の生物型ロボットも登場してきました。その内に本物の生き物と見分けのつかないロボットたちがゾロゾロと出現するに違いありません。そしていつの間にか私たちをいつ、どこに居ても監視し続ける時代が来るかもしれません。(各種の生物型ロボットもyoutubeで視聴可能

 確かに以下の中国に関する記事を見たとき、科学がもたらす人類の未来は手放しでバラ色とは言えなくなるでしょう。

参考記事

 中国、「革命的兵器」開発急ぐ=AI・脳科学で対米勝利目標
  時事通信 2020/12/28 18:05

 思考でドローン操縦、脳と機械つなぐBCI技術がもたらす未来     

      - 新華社通信 - 2021年1月22日

参考動画

【成田悠輔】「人間関係を緩められる」自分がもう一人!?"人間臭いAI"デジタル

   クローンが作る未来とは 2022/08/24 ABEMAニュース【公式】 15:46

   「デジタルクローン」の利用価値、可能性について討論できるだろう。50年 以上前に放映されてい

  たアニメ「パーマン」に登場するような自分ソックリの代理ロボットに仕事や宿題などの面倒なこ

  とを全部押しつけて人が好き勝手に遊び暮らせる時代は果たしてやって来るのだろうか?

 

・ロボットと人類との共存は可能か?

 ディープラーニング=深層学習の機能がコンピュータに備わったことでAI(=人工知能)搭載のロボットが人類にとって脅威となるほど、ロボット技術は急速な進化を遂げつつある。囲碁の世界ではアルファ碁が2016年、世界チャンピオンクラスを次々と打ち破り、コンピュータが人類の力を上回りつつあることを世界に知らしめた。しかしチェスでは既に2005年にコンピュータが世界チャンピオンを撃破していた。その10年後の2015年、ホーキング博士やイーロン・マスク(実業家)、ウォズニアック(アップル創業者の一人)といった著名人らが人工知能国際合同会議の場で自動操縦による無人爆撃機やAI搭載型兵器の急速な進歩に警鐘を鳴らしていた。「ターミネイター」や「アバター」といったSF映画の世界が今、足下まで近付きつつあるようだ。

   ついには「AIが人間を殺す日」(小林雅一 集英社新書 2017)という衝撃的なテーマの本も登場してきた。果たしてロボットと人類の平和的共存は可能なのか?AIやロボットの技術は一体どこまで進化を遂げつつあるのか?そしてその進化が人類にとってどんな影響を及ぼすのか?これらの疑問に答えようとする時、「人とは一体、どんな動物なのか?」「生きるとはどういうことなのか?」といった根本的な問いに突き当たるに違いない。

 まずはロボットの歴史を概観してみよう。何か答えに近づけるようなヒントがロボット開発の歴史の中に隠されているのかもしれない。

 そもそもロボット(1920年、小説家のカレル・チャペックが創り出した言葉でチェコ語の「ロボッタ」=強制労働やスロバキア語の「ロボトニーク」=労働者から考案)とは人の代わりに何らかの作業を自律的に行う装置、もしくは機械のことを言う。AIやセンサー技術、IoT(Internet of things:様々なモノがネットにつながり、情報交換されている状態、あるいはそれが実現されている社会)の発展により自動運転機能のある自動車(日本は2025年までに完全自動運転の実現を目標としている。アメリカではグーグルがこの分野にも本格的に参入)や家電製品の一部(お掃除ロボット「ルンバ」など:ルンバはネットとつながることで部屋の見取り図が拡散し、プライバシーの侵害や防犯上の問題が生ずるとする批判も招いた)も最早ロボットと呼ばれる域に達しつつある。

 人に似せて創られたロボットは特に「アンドロイド」(人造人間)といわれる。映画に登場したターミネーターはアンドロイドということになる。紛らわしい言葉としてはサイボーグ(サイバネティック オーガズム)があるが、これは生命体としての人体と機械とが合体したもので2014年に生活支援ロボットとして世界から初めて認証されたHALは「パワードスーツ」と呼ばれるタイプ。HALは生体電位信号を読み取って装着者の動きを補助する、障害者や高齢者向けに開発されたロボットスーツであり、2008年に世界で初めて製品化されている。

 1950年、SF作家のアイザック・アシモフがロボット工学三原則を打ち出したことは有名である。「人間への安全性」「命令への服従」「自己防衛」という三つの目的に沿ってロボットは開発されるべきだというのである。しかし自動操縦による無人爆撃機は既に実戦に利用され、ドローンを用いた殺人兵器も開発済みである。アシモフの提唱した三原則は必ずしも守られていない。AIが搭載されたハイテク兵器が、今後、自律的に動き始めることが許されることがあれば確かにターミネーターの世界はもうすぐそこまで来ているのかもしれない。前掲書「AIが人間を殺す日」では「自動車」「医療」「兵器」に組み込まれるAIの危険性に注目している。これらの分野がとりわけ「人間への安全性」や「命令への服従性」を脅かす危険性が高いからである。

 AIの怖さはどこにあるのだろう?2015年、高度医療で有名なアメリカのマウントサイナイ病院が「ディープ・ペイシェント」と名付けた病気の予測システムを開発している。これは身長、体重、血液や尿検査のデータを元に各種のガンや糖尿病、統合失調症といった78種の病気に関して他のあらゆる技術をしのぐ精度で発症確率をはじき出すことが出来るもの。並外れた予知能力があることが分かったが、実は「ディープ・ペイシェント」がなぜそうした予知をはじき出したか、その根拠はどこにも示されなかった。つまりコンピュータの思考回路は余りにも複雑で高速なために、人間には見えない「ブラックボックス」と化しているのだ。私たちは最早コンピュータの示す診断結果に疑問を差し挟むことはできない。高度化したAIは既に警戒域に達していると見て良いだろう。

 AIが得意としているのは大量のデータからある種の規則性(=パターン)を見いだす事だと言われる。このパターン認識においてAIは今や人間を抜き去っている。従ってパターン認識を仕事とする分野はAIに仕事を奪われるかもしれない。2013年にオックスフォード大学が、2015年には野村総合研究所が将来的にAIやロボットにより雇用がなくなる恐れのある職種を数百種挙げて警鐘を鳴らした。しかし本当に雇用を失うのは株式投資に関わるファンド・マネージャーや運転手、放射線科医などパターン認識に関わる限られた職種に過ぎず、AIが新たに生み出す雇用も考えられるという。雇用問題に関してはAIの脅威論はどうやら誇張され過ぎた側面があるようだ。

 深刻に見えるのは「シンギュラリティ(技術的特異点)」、「2045年問題」の方かもしれない。レイ・カーツワイル(発明家)が提唱してきた問題で彼によれば2045年頃にはコンピュータの処理能力があらゆる点で人間の能力を上回り、AIが意識や感情までも備えるようになる。やがてAIやロボットが人類を支配し、その生存を脅かす恐れが出てくるかもしれない。これに異を唱える専門家は多いが、ホーキングやイーロン・マスクが同調した点は見逃せないだろう。

 AIの専門家の間で広がってきた問題意識は「human out of the loop」と呼ばれるもの。今後、急速にスーパーオートメーション化が進むと人類の制御が効かない自律性をAIが持ってしまう、といった危険性である。自動運転車では様々な想定を描いて試行錯誤が繰り返されているが、現時点では滅多に起きることの無い、おびただしい数の非常事態まで想定することは不可能とされている。たとえば赤信号では止まるとプログラムされていても工事中のため、信号ではなく、人の指示に従うといったケースではいずれを選択して良いか判断できないため、自動運転は停止してしまう。現実は複雑すぎ、コンピュータが苦手とする不良設定問題に充ち満ちているのである。であるにも関わらず完全自動運転を強行すれば人間だったら避けられた重大事故が自動運転により発生してしまう恐れが生じてしまうだろう。AIの暴走や誤作動によって生ずる被害は事と場合によっては桁違いに大きなモノとなる可能性がある。そこで現段階では自動運転の場合、「human in the loop」、すなわち人間の判断や操作も加味した「半自動運転」の方向も模索されているのである。問題は制御の輪に人間を入れるべきか?入れるとするとどの程度まで人間に任せるべきか?運転の主導権を巡る機械と人間との綱引きが当分は続くものと考えられる。

 日本では1963年に日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」が人気を博して以降、ロボットへの恐怖感よりは愛着の方が強まっていった傾向がある。特に1980年代は産業用ロボットが自動車などの生産ラインに次々と導入され、ガンダムを始めとしたロボットもののアニメが一世を風靡した。しかし工場を除くと庶民がロボットを目にするのはしばらくの間はアニメの世界に限られていた。しかし1996年に本田技研が二足歩行する人型ロボット「P2」を発表し、世界中で注目された。本田技研はさらに2000年、「ASIMO」の開発に成功し、軽量化をはかるとともに階段を上らせるなどの改良を重ねた。新型のASIMOは歩くだけではなく、手のひらや指のセンサーを備えて紙コップにお茶を注ぐことや、3人の音声を同時に認識できる、周囲の動きに合わせて衝突を回避できる、片足ジャンプできるなど、急速な進化を遂げている。 

   ソフトバンクは画期的なロボット「Pepper」を2015年に発売した。感情機能を持つAIを搭載し、人の笑顔や反応を記録分析学習できる。またネットを通じて他のPepperの学習内容も取り込むことが出来る。「ASIMO」の機能と「Pepper」の機能とを併せ持つロボットが登場すれば私たちは様々な場でロボットを見かけるようになるだろう(実験的にはロボットだけで対応する喫茶店がすでに試みられている。ただしpepperに関しては近年、見飽きられて次第に物珍しさが無くなり、客寄せ効果が薄れてきたことや限定的機能の割りに維持費がかさむなどの点から急速に顧客を失いつつある)。

   2016年、イギリスの学者デビッド・レビは「2050年にはAIを搭載したロボットと人間とが結婚する日がくる」と断言した。日本マイクロソフトの「りんな」は雑談力に磨きをかける。大阪大学の石黒浩は2015年にアンドロイド「エリカ」を開発し、「同じ部屋に一ヶ月住めば必ずエリカを好きになる」と豪語する。AI搭載のアンドロイドはいずれ私たち人類と見分けがつかない存在になっていくだろう。当然、人類も機械を一部体内に取り込んでサイボーグと化し、徐々にアンドロイドに接近していくのだろう。将来的には「AI vs. 人類」という二項対立的な捉え方自体が成り立たなくなる日が来るかもしれない。

   遅かれ早かれ人がロボットを操っているのか、ロボットが人を操っているのか,

制御の主導権がどちらにあるのかすら不分明になる時が来てしまうかもしれない。問題が複雑になりすぎて手に負えなくなる前に人類が知恵を結集し真剣になって考えておくべき事がありそうである。

 

   確かに科学技術の発展はその悪用を防ぐことが可能であれば輝かしい未来を人類に用意するだろう。しかし原子爆弾、原発事故、環境破壊等、科学には負の遺産も多いという見方がある。新しい科学技術がどのように使われるのか、情報公開を通じて国際的に厳しく監視できるシステムの構築が今後必要不可欠となるに違いない。さもなければ「マトリックス」や「A.I.」が描いた無残な未来が人類を待ち受けることになるだろう。実際、既にVR技法は軍事訓練にも取り入れられている。そしてAIが搭載された殺人兵器としての無人戦闘機はとっくに実戦に投入されている。

   今やAI対策は人類全体にとって喫緊の課題となっていると考えるが、皆さんはどう考えるだろう?

参考記事

DeepMindの研究者が「AIが人類を滅ぼす可能性は高い」との論文を発表

   Gigagine  Dick Thomas Johnson 2022/10/09 20:00

イーロン・マスク氏らが人工知能に警鐘 映画『ターミネーター』のような世界を危

   惧 よろず~ニュース によるストーリー  2023.4.2

参考動画

[NHKスペシャル5min.] AIと戦争の危険な合体 忍び寄る新たな戦争の脅威 |

   NHK 2021/07/13 4:40 ・・・必見!

【ゼノボット】複製して子孫残す!カエルの細胞から生まれた“生体ロボット”|#

   アベヒル《アベマで放送中》 2021/12/15 9:50

 機械と生物との境界がさらに曖昧なものになる。

【日本が危ない!】いま、世界は幕末!?未来から来た女が言う『日本の危機』と

   は【未来から来た女 Vol.1】 2019/01/24 5:32

年金制度が崩壊し、日本から若者が脱出! そして2040年に世界大戦が起きる・・・?

 【未来から来た女 Vol.2】 2019/01/31 6:23

日本に残された道は「○○○○の放棄」しかない!?そして起こる『シンギュラリ

 ティ』とは【未来から来た女 Vol.3】 2019/02/07 6:48

AIが実現した『シンギュラリティ』 そして訪れる人間の『変化』とは・・・【未来か

 ら来た女 Vol.4(最終話)】 2019/02/21 6:46

 日本の近未来について楽しく考察する上で良い「たたき台」となる。4話に分かれるがそれぞれ短い

 ので授業で利用しやすい利便性もある。ただし4回すべて続けて視聴させてしまうと論点を整理する

 ことが難しくなってしまう。展開によってはvol1と2だけ見せて、日本の将来を見据えたどのよう

 な対策があり得るのか、生徒達にまず問い、意見を募っておく。その後vol3以降を視聴させ、生徒

 達およびアニメの論点を整理してから討論のたたき台に使う・・・といった工夫が必要かもしれな

 い。もちろん第4話で人々の「善意」を落としどころにしてしまったのは甘すぎる・・・とは感じ

 る。トランプのような人が現れて人々の悪意を組織化し、集団的に暴走させることを防ぐにはどうし

 たら良いのか、人々の善意をどのようにして政治的力に組織していけるのかが、SNSの発達した

 今、最も問われていると思われるが、その点に関する言及や提案がイマイチ足りない。控え目に見て

 もシンギュラリティが人類に都合の良い方向で実現する保証はなかろう。

  まずはどういう方向性が妥当なのか、日本のあるべき方向性を他の資料も示しながら全員でじっく

 り討論させてみたい。

  なおAIやITの発展、NFTやメタバース等の発展によってもたらされる社会の変化については

 本ブログ第6章「あなたと日本の進路問題」でいくつかの資料を紹介している。

参考動画

【最新版】今、自分はどこに居てどこの世界を生きているのか?本当にあなたは分

   かっていますか? 成田悠輔の未来論

   半熟仮想株式会社 2023/11/03  11:23

[英語スピーチ] ホモサピエンス最後世代になる皆さんへ|ユヴァル・ノア・ハラリ|

  ホモサピエンス | Yuval Noah Harari |日本語字幕 | 英語字幕|

 Gariben TV 2021/10/04 17:24

[英語ニュース] あなたの心は今読まれる | ユヴァル・ノア・ハラリ | 2020年度卒

 業祝辞 | Yuval Noah Harari |日本語字幕 | 英語字幕 | NO BGM

 Gariben TV 2020/11/18 6:30

 ハラリの動画はまとめとして視聴することを推奨。時間が足りないときはこの動画を、時間に余裕が

 あるときはこの一つ前の動画(緑字)が良いだろう。ハラリの発音は聴き取りやすいのでちょっとし

 た英語の聞き取り訓練にもなる。

【成田ロボ】「人間はポンコツ」なぜロボットは人型なのか?己の分身に思いを馳

 せる?/3体のPepperと共生する女性&成田悠輔が議論|

 #アベプラ《アベマで放送中》 2022/01/22 ABEMA 19:27

人型ロボットはここまで来た | WIRED.jp 2022/03/18 WIRED.jp 7:36

Robots that work alongside humans - a peek into the future | Daniel

  Fitzgerald | TEDxChandigarh 2020/08/15 TEDx Talks 9:38

 

その2の主な参考文献

「だまされる脳」日本VR学会等 講談社ブルーバックス 2006

「皮膚感覚の不思議」山口創 講談社ブルーバックス 2006

「進化しすぎた脳」池谷裕二 講談社ブルーバックス 2007

「サブリミナル・インパクト」下條信輔 ちくま新書 2008

「単純な脳、複雑な『私』」池谷裕二 朝日新聞社 2009

「謎解き・人間行動の不思議」北原義典 講談社ブルーバックス 2009

「錯視入門」北岡明佳 朝倉書店 2010

「脳はなぜ心を作ったのか」前野隆司 ちくま文庫 2010

「和解する脳」池谷裕二・鈴木仁志 講談社 2010

「脳と心」ニュートン別冊 2010

「知覚の正体」古賀一男 河出ブックス 2011

「錯覚する脳」前野隆司 ちくま文庫 2011

「知覚の正体~どこまでが知覚でどこからが創造か~」

  古賀一男 河出ブックス032 2011

「脳と意識」ニュートン 2012 5月号

「脳には妙なクセがある」池谷裕二 扶桑社新書154 2013

「心の多様性~脳は世界をいかに捉えているか~」

  中村哲之他 大学出版部協会 2014

「脳がつくる3D世界」~立体視のなぞとしくみ~」

  藤田一郎 Dojin選書064 2015

「自分では気づかない、ココロの盲点 完全版」

  池谷裕二 講談社ブルーバックス 2016

「皮膚は心を持っていた!」山口創 青春出版社 青春新書 2017

「AIに心は宿るのか」松原仁 集英社インターナショナル新書022 2018

※VRに関しては「だまされる脳」、AIとロボットに関しては前野隆司氏と松原仁氏の本が大いに参

 考になりました。脳の働き全体に関しては繰り返しになりますが、分かりやすさと面白さの点で池谷

 裕二氏の本が群を抜いていると思います。