その5.私的覚え書き⑤
※この記事は常に新鮮なネタを提供すべく、随時、更新されています。
改めて寺脇氏と義家氏の業績を振り返って見ると活躍のタイミングこそ少しだけずれているが、彼らが学校教師に与えた被害はいずれも甚大であったと考えられる。もちろん、教師に「先生、死ぬかも」とつぶやかせ、教師のなり手を劇的に減らしてしまった原因を創り出したのはこの二人だけではない。教師の責任を問う以上に、この二人を含めた日本の政治家や官僚全体の質がより厳しく問われなければならないと考えるがいかがだろう。
現場では以上のような不満が渦巻いているにもかかわらず、2021年、文科省は「これからの社会と教員に求められる資質能力」の中で「地球的視野に立って行動するための資質能力(地球、国家、人間等に関する適切な理解、豊かな人間性、国際社会で必要とされる基本的資質能力)、変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力(課題探求能力等に関わるもの、人間関係に関わるもの、社会の変化に適応するための知識及び技術)、教員の職務から必然的に求められる資質能力(幼児・児童・生徒や教育の在り方に関する適切な理解、教職に対する愛着、誇り、一体感、教科指導、生徒指導等のための知識、技能及び態度)」及び「画一的な教員像を求めることは避け、生涯にわたり資質能力の向上を図るという前提に立って、全教員に共通に求められる基礎的・基本的な資質能力を確保するとともに、積極的に各人の得意分野づくりや個性の伸長を図ることが大切であること」などと教員に対して過剰なまでの総花的な要求をこれでもかというばかりに列挙している。
学校現場への無理解にも程がある。もうウンザリである。妹尾氏が指摘しているように教員は決して超能力者でもスーパーマンでもない。しかもこれまで長いこと教師の個性をひたすら圧殺し、教科書検定を通じて教える内容の自由を制限し、増やせるだけ仕事を増やす事で教員から資質能力伸長の自主的機会を奪い続けてきたのはどこのどなただろう。盗人猛々しくも上から目線で一方的に教師の資質能力の不足ばかりを言い募ってくるこの厚かましさ、まれに見る鈍感さ・・・呆れるほかない。
辛うじて現場に止まってきた教師達の教育行政への不満や不信感は既に沸点に達しているといっても過言ではあるまい。教師達の教育行政への不信は「諦め」を通り越し、とっくの昔に「絶望」の域に達しつつある。その事を心ある官僚のせめて一人くらいはこの際、是非ともご理解していただきたい。
※参考動画
◎学校の裏側:藤原和博】なぜ学校はウソくさいか/できる子とできない子の二極化/鬼門は小学3
年の算数/2020年代に教員退職ラッシュ/教員の偏差値低下/校長・知事・市長がカギを握る/
山梨県の文書0運動 PIVOT 公式チャンネル 2023/08/31 27:39
◎新時代の教育ルール:藤原和博】学校はどう変わるべきか/YouTubeを認めよ/学校の支配力は2
割/オンラインの3つの活用法/新時代の5つのリテラシー/中学受験の是非/10歳までとことん
遊ばせる PIVOT 公式チャンネル 2023/09/01 42:29
〇書類業務に追われる保育士たち…知っていますか?書かなきゃならない“年間案”→“月案”→“週
案”→“日案” てぃ先生の訴え【久保田智子編集長のSHARE #14】抜粋|
TBS NEWS DIG Powered by JNN 2023/01/14 21:46
「てぃ先生」の指摘を通じて保育士の問題と高校教師の問題とが妙に共通することに気付く。事務
仕事の合理化を通じて仕事量を減らすこと、待遇改善、養成教育の充実…変えていくべきことはも
はや明白ではないのか。分かっていてやろうとしない怠惰な政治のあり方こそがまっとうな学校教
育を実現していく上で最大の障害物となっているのだ。
〇ブラック過ぎる教員の労働環境について【せやろがいおじさん 】
ワラしがみ 2019/01/29 7:41
やや古い動画だが、この時からほとんど何の進歩も見られない現状に歯がゆい思いが募ってくる。
〇ツッコミどころ満載!教員の働き方改革について ワラしがみ 2023/05/30 3:44
※参考記事
○教員採用試験、6割が前倒し 24年度、全国68教委調査
共同通信 によるストーリー 2024.5.4
教師志望者減少の原因の一つに民間企業の採用よりも遅い教員採用の日程を文科省は繰り返し挙げ
ているが、それはいかがなものか。急がれるのは学校のブラック化への対策と画一的、管理主義的
教育行政の見直し、教員人事の公平性や透明性の確保、隠蔽体質の改善などであろう。課題が山積
している中でたいした効果を見込めない小手先の弥縫策を繰り返し、いかにも「やってます」感を
演出しているこうしたお役所仕事こそが、学校を追い詰め、教員志望者を減少させてきた大きな原
因ではあるまいか。
○教員採用試験 一次選考筆記試験について全国共同実施へ具体的な検討始まる
TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2024.1.31
またまた文科省の非常に恐ろしい動きが始まっている。これは文科省において大学入試における共通
一次、センター試験、共通テスト…といった取り組みへの反省がまともにされていない証拠でもある
だろうが、大学入試と同様に教員採用試験の国家統制を招く点で危険極まりない動きである。
この動きはたちまち大学での教員養成教育の内容にも反映され、教員養成教育へも国家統制を強化
することにつながるに違いない。おそらく教員採用試験の二次試験はコネを重視して教育のへの国家
統制に従順な人材確保へ向かう可能性すらある。
教員採用において重要な評価ポイントは授業力でなければならず、それは単一のペーパーテストな
どで測れるはずのない能力である。統一されたペーパーテストの危険性はどうしても評価の公正さが
最重要視されるために客観テスト中心になりがちで、結果的には教育法規を中心とした狭い分野の知
識や理解力が試される傾向が強くなってしまうことにある。しかしこうしたテストで本当に授業力が
測定出来るだろうか、どうみてもはなはだ怪しい。
受験生の授業力の高さを評価するにはまず大学での教員養成教育段階で授業力向上を軸とする講座
を数多く設け、そこで良好な評価を得たものにのみ教員免許を与える教員養成システムの再構築が先
行すべきではあるまいか。教員志望者の足切りは医師や看護師、薬剤師などと同様、本来、大学での
厳しい教員養成教育と免許状の付与の段階で行われるべきだろう。ところが現状における教員養成教
育のシステム上の貧弱さには手を付けずに採用試験だけを変える安易な文科省のプランには不信と疑
念ばかりが募る。これでは知識詰込み型の試験で良い成績をとれる教員ばかりを採用してしまい、改
善されるべき画一的一斉講義形式の知識詰め込み型授業を温存させるだけであろう。
そもそも教員採用試験の「改革」だけでは教師の授業力向上は望めまい。授業力の有無を短時間の
試験で測ること自体が不可能に近いはず。それでも時間をかけて丁寧に教師志望者たちの授業力向上
を図るならば、もはや大学での教員養成教育の充実しか手は思い浮かばないのだが、いかがだろう。
〇「1週間の教育実習で体動かなくなった」学生への調査から浮かぶ危機
朝日新聞社 によるストーリー 2023.11.6
学校や教師によっては教育実習生をただのお手伝い、臨時の補助教員としてろくな指導、助言もせ
ずに授業外の仕事をひたすら丸投げする、残念なケースもある。確かに学校現場の過酷さを体験さ
せておいた方が実習生の将来にとっては身のためかもしれないが、本来は授業準備に専念させる期
間が一定期間、用意されていなければなるまい。指導する教師の考え方にも問題がある場合は決し
て少なくない。総じて教員養成のあり方にはかなりの杜撰さが目立ってきているようだ。
○先生の「ウェルビーイング向上」は何が必要? 収入、仕事の負担などから読み解く
マイナビニュース 宮崎新之 によるストーリー 2024.5.2
質問内容としては非常に興味深いものが多いのだが、記事では有効回答数が学校種別、性別等に分
けて示されておらず、この調査にどの程度の妥当性、信頼性があるのか、読者側が判断できない点
はきわめて残念。
記事では部活動が教師の意欲を引き出している点をプラスに評価しているが、それははたして妥
当なものだろうか、個人的にはかなり疑問に感じる。私の経験ではこの手の調査に協力できる余裕
のある教師は実際、かなり限られている。つまりこの調査の回答者集団自体に大きな偏りがあるこ
とが懸念されるのだ。言い換えるとこの結果が教師集団全体の意見をさほど反映してはいない可能
性が低くはないと私はみている。
たとえば部活動に力を入れるあまり、肝心の授業準備が疎かになっている教員は少なくない、と
いう印象が私にはある。そもそも私自身、そうした傾向がかなりあった。つまり教師が持つ部活動
への熱意はその教師が担当する授業に対する児童生徒たちの高評価を必ずしも約束しないに違いな
い。ならば授業における教師の充実感と児童生徒による授業への評価もまた必ずしも一致しないだ
ろう。当然、教師のウェルビーイング向上と児童生徒の学校におけるウェルビーイング向上とが緊
密に相関するとは限るまい。
教師のみを対象とする意識調査の限界を踏まえて論説しないと、現状からズレたトンチンカンな
分析をしかねない点、ぜひ留意していただきたい。
◎労働者の「成長意欲」、日本は8カ国中で最下位 -「ウェルビーイング」って何?
マイナビニュース CHIGAKO によるストーリー 2023.919
ことは学校だけの問題ではなく、日本社会全体のあり方の問題であろう。
◎4年制大学でも教員「2種免許」取得可能に…単位数4割減、2025年度にも2年課程開設へ
読売新聞 によるストーリー 2023.9.28
恐ろしいほどの逆噴射政策。これで日本の学校教育の悲劇的墜落は不可避になるだろう。こんな泥
縄式の間に合わせ対応では教師への社会的評価までもが奈落の底まで墜落してしまいかねない。教
育行政に関して政府のやることなすことほとんどが真逆を向いている。こんなトンチンカンな教育
行政に期待できるものは一つもない。
◎教員の志願者、減少続く 過去最低の地域も 全国68機関を朝日調査
朝日新聞社 によるストーリー 2023.9.19
少なくとも今年度は教員不足解消の取り組みがことごとく「既に手遅れ」か「的外れ」に終わり、
地域によっては深刻な事態を招いていくであろう。相変わらず、来年度も沢山の問題が教育現場か
ら噴出するに違いない。そろそろまともなかじ取りを期待出来る政府と官僚が登場してくれないと
破滅的な状況が出来してしまうかもしれない…
◎教師の残業100時間!子どもの教育の質を左右する「危機的な実態」を専門家が解説
コクリコ編集部 によるストーリー 2023.8.16
〇なぜ私たちは「誰も見ない書類作成」「文書の体裁をいい感じにする仕事」に忙殺されるのか
現代ビジネス 酒井 隆史 の意見 2023.12.23
◎日本には「クソどうでもいい仕事」が多すぎる…もうすぐ韓国にも抜かれる日本のヤバい現実
現代ビジネス 池田 清彦 2022/11/13 06:00
○研究者を苦しめる「不合理な現実」…「論文」ではなく「誰にも読まれない管理書類」ばかり増え
るワケ 現代ビジネス 岩尾 俊兵 の意見 2024.4.7
大学の教員と同じ悩みを高校以下の教師たちも抱えてきた。文科省の官僚たちが得意とする、もっ
ぱらアリバイ作りのための膨大な文書作成を文科省は矢継ぎ早に教育現場に押し付けて教師たちの
時間と意欲を奪い続けてきた。その犯罪性こそ、最も問われるべき問題ではないのか。
◎なぜ多くの人が「仕事を苦痛」に思うのか…世界中で増える「クソどうでもいい仕事」の全容
現代ビジネス 酒井 隆史 の意見 2023.12。
ブルシットジョブに携わる人の5類型として「取り巻き」、「脅し屋」、「尻ぬぐい」、「書類穴
埋め人」、「タスクマスター」が挙げられているが、学校でもこの5類型に当てはまる人がいるよう
だ。教頭は校長の、教務主任は教頭の、それぞれ取り巻きであることが多く、当然、教頭も教務主
任もストレスのきつい激務である。「脅し屋」は管理職や教育委員会、文科省がきっちりと努めて
いるが、教員の不祥事多発により、必ずしも功を奏していない。「尻ぬぐい」は下らない教育政策
を強要してくる政府の犠牲となっている教育委員会以下の教育現場全員が我慢しながら務めてきた
最悪のブルシットジョブである。そして政策を遂行したフリ、成果を挙げたフリをするための「書
類穴埋め人」も教育現場が担当している。こうした教育現場の末端にいる人々の不毛な仕事の山を
築くきっかけづくりに生きがいを見出し、精を出してきたのが諸悪の根源、日本政府という最悪の
「タスクマスター」であろう。
「失敗が予見できる計画を、専門家をふくむさまざまな批判にもかかわらず、無視して突っ走っ
て、しわよせが現場の下請けに押しつけられるなどということは、失敗が大きな確率で予測できる
のに、あるいは失敗があきらかになってからすらも構造的に計画を途中でやめることがきわめて困
難である日本では、深刻なレベルで蔓延しているだろうからです。」という指摘に首を折れてしま
うほど激しく頷いてしまうのだが、皆さんはいかがだろう。
〇イメージは「しんどそう」だけど…将来の夢を「先生」にしてね 兵庫県教委が高校に職員派遣、や
りがい語る 神戸新聞NEXT/神戸新聞社 によるストーリー 2023.7.7
学校のブラック化を主因とする教師不足が深刻化する中で若者の教職離れを食い止めようと各地の
教育委員会が躍起になるあまり、恥も外聞もなく教員採用試験のハードルをひたすら下げてしまお
うとしている。これは言ってみれば教職の大安売り、たたき売りを全国規模で展開しているような
ものであろう。
この状況がどんなに酷く、みっともない話なのか、極端な例だが、分かりやすいので医者で例え
てみよう。仮に深刻な医師不足を理由に医師会の判断で医師の免許を持たない人が医師として病院
に勤められるようになったとしたらどうだろう。さて、免許を持たない人が今、あなたの目の前で
不安げにメスを握っていて、これから震える手であなたの心臓を手術する…患者の立場からすれば
身震いするほどおぞましい光景ではないか。
実際、地方によってはほとんど教師養成教育を受けておらず、免許すら持たない人まで教壇に立
たせる動きが出ているのだ。医者ほどの高度な専門性を要求されない教職ではあるが、それでも児
童生徒の命を預かり、将来の進路にまで深く関わってしまう仕事ではある。「国家百年の大計」を
委ねられた教師が今や希望すれば誰でもなれてしまう…どう見ても正常な事態とは思えない。しか
しうがった見方をすれば現在の教職価値の暴落は軍拡のために教育予算を削減すべく、教師の賃金
を低く抑え、待遇をさらに悪化させる口実には利用できるだろう。案外、政府や文科省、県教委の
狙いもそこにあるのかもしれない。ただし教師に将来を左右されかねない児童生徒の立場から見れ
ばこの新規採用を巡る人事はまさに噴飯物となる。今、教育委員会に蔑ろにされ、心底馬鹿にされ
ているのは現場の教師だけではない。むしろ児童生徒やその保護者側なのである。
しかも教師間のイジメやイジメ自殺事件の隠蔽などの悪質な不祥事が繰り返されてきた兵庫県で
は「やりがい搾取」の実態を放置してきた張本人の県教委がついに自ら高校へ乗り込み、無反省に
も教職の「やりがい」をエサにして生徒たちをブラック職場に勧誘するという詐欺まがいの行為を
行っているらしい。おそらく彼らからすれば学校というブラック職場は悪意ある第三者が作り出す
間違った「イメージ」、すなわちマスコミが作り出した幻想に過ぎないのだ。現在の教師不足は無
責任なマスコミが垂れ流した風評のもたらした被害の一つであり、我々はその後始末に追われてい
る可哀そうな被害者…しかしもういい加減、騙されてはなるまい。これは有為な青少年の将来を徒
に毀損し、人生をブラック化させかねない、まさに教育の名をかたる詐欺的犯罪行為そのものと見
るべきなのである。これまで学校というブラック職場で心身を破壊され、命まで奪われた数多くの
教師や生徒たち、その遺族の痛みを、実際、彼らはこれまでずぅーっと世間から見えないよう、巧
妙に隠蔽してきたのだから。
さて、今、私の手元には「高校教師放課後ノート」(石郷岡知子 平凡社 1993)という本がある。著者は私と同じ1958年生まれで東京近郊の公立高校に勤務して当時10年余り、まだ30代半ばで世に問うた本である。この本の後書きにこうある。
・・・もののはずみ、なりゆきで教師になった。これといった主義主張もなく、また、そのぶん何の気負いもなかった。かつては自分も高校にいたのだから、なんとかなるだろう、と甘く考えていた・・・その甘さを思い知らされ、愕然とし、茫然とするのに三日とかからなかった。それこそなんとなく頭の中にあった高校生のイメージはことごとくくつがえされ、教師の仕事は予想外の多さ、細かさで押し寄せてきた。が、泣き言をいう間もなかった。・・・そして五、六年を過ぎる頃、私はこの仕事が苦しくてたまらなくなってきた。・・・教科指導、生活指導、その「指導する」ということに、私はどこかひっかかる。生徒を指導する中で、ふっと私は何をしているのだろう、こんなことをしていていいんだろうか、と思ってしまう。「こんなこと」とは、指導の内容や姿勢のようでもあり、指導すること自体のようでもあり。・・・何がどうひっかかるのだろう。何がこんなにつらいのだろう。そもそも高校とは、教育とは何なのか。そのなかで私はどうすればいいのか・・・
彼女と同じ年頃の教師でも義務教育の学校教師ならば少し違った感想を持つに違いない。小学校や中学校の教員免許状を取得するためにはかなり多くの教職単位を取る必要がある。とりわけ小学校教諭の場合には原則として教育学部でしか免許状は取得できなかった(但し2005年以降、規制緩和)のだから教育や学校のことをほとんど知らないまま大学を卒業するなんてことはまずあり得ない。従って現場に教師として赴任する前に教育学や心理学等の基礎的な学習は済ませているはずである。とくに教育実習は義務教育の場合、一ヶ月近くに及び、学校教師の辛さも小中学校の実態も少しは理解できていたはずである。すなわち義務教育諸学校の教師は初任校に赴任する前からある程度は現場の厳しさを経験出来ている分、初任であっても多少の準備と覚悟が備わっていると考えられよう。つまり「もののはずみ、なりゆき」で義務教育の学校教師になることは現実にはほとんどあり得ないのだ。この後書きに違和感を覚えるのはおそらく私だけではあるまい。
義務教育と違って高校教師の免許状を取得するために必要とされる単位数は極めて少ない。医師や薬剤師、看護師のように免許を取得するための国家試験すら存在しない。加えて免許取得に必修の教育実習は高校の状況によって差があるものの、実質的にはせいぜい2~3週間ほどで終了。高校によっては3年生での実習の場合、生徒達の受験に支障が出かねない、との理由から実習生にはわずか数時間程度しか授業させない学校も少なくない。そして実習する学校は多くの場合、自分の母校であり、ほとんどがそれなりの進学校である。つまり何としたことか、高校の場合には一定の学力と運、あるいはコネ(?)さえあれば「もののはずみ、なりゆき」でいとも簡単に教師になれてしまうのだ。
しかし実際に教員採用試験に合格した初任者が赴く高校は公立の場合、およそ6~7割方はいわゆる教育困難校と言われる学校であることがどの都道府県でも一般的である。このような「若い内には苦労を買ってでもしろ」的人事では、大学での貧弱な教員養成教育しか受けてこなかった新人教師が戸惑ってしまうのも当然のことであろうし、人事政策としては実に無責任で惨い仕打ちである。
ならば、なぜ、高校教師の免許状取得条件の見直し、大学での教員養成制度の改革を文科省や政府は進めないのだろうか。もちろん私はかつての画一的で国家主義的な師範学校の復活を望んでいるわけではない。むしろ戦後、師範学校による教員養成教育を廃止した代わりに日本は一体どんな教員養成教育を新たに創出し得たのか、を問いたいのだ。特に高校教員の養成教育はどう見ても杜撰なまま、現在に至るまで十分な整備をされずに放置されてきたと私は感じている。とりわけ余りにも貧弱で不十分な教育実習期間と大学での授業実践力の向上に関わる講義の圧倒的な不足は戦後日本の教員養成教育における致命的な欠陥であろう。
※参考記事
・国立教育大・人気ランキング2023…受験者数・倍率・辞退率 リセマム 2023.7.28
かつては地方の学力上位艘の高校生が自分の地元で就職することを念頭に置いた時、地元の国公立
大学、中でもその教育学部や教育系大学に入学して地元の教員になることがもっとも確実で堅実な
進路であった。そうした高校生の需要にこたえてきたはずの国立教育大における実質の入試倍率が
今は平均して2倍前後しかないという。この低さが意味するものとは何なのか、きちんと考えた方が
良いだろう。もちろん最大の原因は学校のブラック化にともなう教職の魅力低下である。しかし学
校の魅力はそこで行われている授業の魅力と相関する面があることも無視できまい。はたして教育
大とよばれる大学での教員養成講座が学生にとってどれほど魅力のある実践的で充実したものなの
かが問われるはず。現今の学校における不祥事の多発を考えると、教育系大学の責任も多少なりと
も問われるべきだと考えるが、いかがか。
・文科省「地域枠」で教員確保支援 大学と教委連携、地元定着を促進
共同通信社 によるストーリー 2023.8.17
これが実際に教員養成教育の充実につながるのなら一つの改善策にはなるだろう。しかし目的を教
員数確保とする限り、結果は危うくなるかもしれない。旭川女子中学生凍死事件を例にとれば分か
りやすいだろう。特定の地元大学出身者が特定の地域で圧倒的な派閥を形成してしまった場合、人
事を含めて派閥政治的な力学が働くことで様々な腐敗が進む可能性は高まるだろう。年功序列的人
事が横行し、同調圧力の高まりによる隠蔽体質の強化が進むかもしれないのだ。やはり文科省は完
全にズレている、というほかない。
・「教師」は誰でもできる仕事!?(下)―40年間も試験内容・待遇が変わらないことに物申す!
2022.10/22(土) 7:00配信 教員養成セミナー
・教員不足で懸念される公教育の「質の低下」ニューズウィーク日本版
舞田敏彦(教育社会学者) 1/18(水) 11:20配信
・公立学校教員採用セミナー「TOKYO教育Festa!」 リシード 2023.7.6
深刻な教員不足によってついに教職のバーゲンセールが全国各地で始まったようである。都道府県
によっては年齢や免許の有無すら問わず、無恥厚顔にも人材の青田買いに走っている。こうした教
育委員会の節操のなさはひたすら醜いばかり…東京都のビラなんかはまるでバーゲンセールのチラ
シのように安っぽい。なぜ教員不足が生じているのか、その根本を見直す努力を怠ってきた報い
が、まさにコレなのだ。
文科省が大学における高校教員の養成教育の充実をサボってきた理由が私にはまったく理解できない。これまで極めて安易な条件で大勢の学生に気前よく教員免許を与えてきたくせに、教員の不祥事が発生すると問われるのは教育委員会や管理職の管理責任と教師個人の自己責任ばかり・・・これって何か変ではあるまいか。
この問題を他の職種を例にして考えてみよう。もし医師の国家試験を高校入試レベルの易しい内容にしてしまったなら、様々な医療事故が多発してしまうのは目に見えている。また自動車運転免許を実技試験無しで免許取得を希望する人全員に配布してしまったなら、交通事故は激増するに違いない。果たして我々は数多の事件事故が生じたとき、事件事故を起こした医者や運転手ばかりを責めるのだろうか。いや、むしろ免許付与をめぐる様々な制度設計の過ち自体を問うべきではないだろうか。
今、教員の不祥事が多発しているとするなら、真っ先に問われるべきは教員養成教育や教員免許制度、教員採用のあり方であるはず。ところが大学における養成教育や免許制度の問題は指摘されないばかりか、現在、文科省は教員の不足を補うために高校での教員免許のハードルをもっと下げることすら検討しているという。他の職種と比べた時、このチグハグ感は半端なく大きい。
そして安易に教師に採用してしまってからの、後手後手に回った泥縄式の免許更新制度や経験者研、校内研修の充実、管理職や教員への厳罰主義など、見当外れの不祥事対策ばかり。最早十分過ぎるほどブラック化した学校現場において、こうした対症療法は問題解決に結びつくことなく、逆効果ばかりを招いてしまうのは火を見るよりも明らか。一体全体なぜ、こんな簡単な理屈が文科省のエリート官僚に理解されないのか、私としてはそちらの方こそ理解不能と言うほかない。
もちろん小学校、中学校にも問題が山積しているのだから、高校に限らず教育行政、及び大学での教員養成教育全体に大きな問題があることは間違いあるまい。また教員採用試験の方法や内容にも疑問は大いにある。特にこれからは教師志望者の授業力の養成に大学はもっともっと力を入れるべきであろう。また教員採用試験では表面的な学力やコネ、あるいは教育委員会への忠誠心ばかり問うのは止めて、専ら授業力の高低で合格者を決めるべきではないのか?
※参考記事
・教員の不祥事根絶へガイドライン作り 静岡県教育長「現場出向き思い伝えるべきだった」と謝罪
SBS NEWS によるストーリー 2023.6.17
なぜ、静岡県で教師の不祥事が続発するのか…それは教育長たる自分の思いが現場に十分伝わって
いないからだと池上重弘氏は考えているようだ。この方、もしかすると相当、勘違いされているの
ではあるまいか。現場の理解力を向上させ、県の方針に対する忠実な協力体制の構築を急いでい
る、とすれば思い上がりも甚だしい。小中高の教育現場を知らない、知ろうともしない人間が自分
の思いを一方通行的に教師たちに伝えようとする高圧的で上から目線の姿勢は現場の反発と混乱を
招くだけだろう。これでは一部の教育改革好きの政治家や文科省の官僚と大差あるまい。まずはブ
ラックな学校体質の改善こそが急務のはず。大学の先生に過ぎない人物が、しかも学校教育の専門
家ですらない人物が県の教育長であること自体が静岡県における不祥事連発の土壌を作り出してい
るというよりほかないように思えるのだが、いかがか。
・「定額働かせ放題」給特法の見直しを…現役教諭らが会見「公教育が生きるか死ぬかの瀬戸際」
TBS NEWS DIG_Microsoft によるストーリー 2023.5.26
・教員の待遇改善策検討を諮問 「残業代」、手当創設など論点
共同通信社 によるストーリー 2023.5.22
・時間外勤務「改ざんされた」 130→78時間 小学校教諭が訴え
朝日新聞社 2022/10/31 19:00
管理する側にとって不都合な記録はことごとく改竄され、破棄される。これでは学校のブラックな
体質が変化する訳はない。
・教員の奨学金減免へ 文科省、概算要求方針 人手不足解消に
朝日新聞社 によるストーリー 2023.8.4
教職の魅力をせっせと殺いできたのは一体、誰だったのだろう。きちんと過去の政策を振り返るこ
ともしないまま、金銭面での待遇を改善すればそれで良しとする安易な政府の対応に期待できるも
のなど何もない。根本的には教師の専門性を蔑ろにしてひたすら教職の社会的地位を貶め、無制限
に学校の仕事を増やしてきたこれまでの「教育改革」の流れ自体を根本から見直していくべき。付
け焼刃の場当たり的な改革の連打にはもうウンザリである。そもそも教育に関しての専門職にふさ
わしい教師養成教育の充実と免許制度、採用の在り方、勤務評定などの見直しが無ければ、教職に
対する社会的評価は高まるはずがない。すなわち待遇改善にふさわしいそれなりの専門性を伴った
教職の在り方をその養成段階から再構築しなければなるまい。目先の教員不足におびえ、慌てて小
手先の策を弄することはかえって日本の学校教育の遅れ、前近代的な体質を延命させ、教職の社会
的地位を一層貶める。すなわち将来に取り返しのつかない禍根を残すだけである。
・<社説>教員の働き過ぎ 抜本的改善に踏み込め 東京新聞 2023.5.24
「抜本的改善に踏み込め」と主張はするものの、具体的な改善のポイントが示されていないのは残
念。ここにも学校現場から社会に向けての発信力の低下ぶりが伺われよう。最早、学校自体がほぼ
ブラックボックスと化してしまい、第三者からは現場の実情が全くと言ってよいほどに見えていな
いように感じる。
・【先生の質は低下しているのか?(1)】 2倍、3倍を切る採用倍率の影響、背景を考える
妹尾昌俊教育研究家、学校・行政向けアドバイザーYAHOO!ニュース JAPAN
2020/7/11(土) 12:05
・学力に不安があっても教師になれる時代に!?【先生の質は低下しているのか?(2)】
妹尾昌俊教育研究家、学校・行政向けアドバイザーYAHOO!ニュース JAPAN
2020/7/17(金) 15:01
・このままでは、メンタルを病む先生は確実に増える 【行政、学校は教職員を大事にしているの
か?(3)】妹尾昌俊教育研究家、学校・行政向けアドバイザー
YAHOO!ニュース JAPAN 2020/6/30(火) 15:14
・心の病で休職の公立校教員、最多5897人 若い世代ほど高い割合
朝日新聞社 2022.12.27
・相次ぐ「警察官の拳銃自殺」――過酷な現場と対峙する若手警官が抱える「使命感とストレス」と
いう解決困難な難問 週刊現代 によるストーリー 2023.5.11
その職種が持つ社会的使命の高さに反比例して職場の環境がブラックだといわれるのは教員だけで
はない。警察官、消防官、自衛官、市役所の福祉課などもストレスが多く、精神的に追い詰められ
てしまうケースが多発しているらしい。
・600億のムダな公共事業を削減したら「殺すぞ」と殺害予告され……泉房穂前明石市長が明かす
「市役所という伏魔殿」 現代ビジネス 鮫島 浩,泉 房穂 2023.5.15
「お上至上主義」「横並び主義」「前例主義」の三つが元明石市長泉氏の体験した役人体質だとい
う。つまり行き過ぎた官僚主義の弊害としてこれまでもよく指摘されてきた大きな組織が抱えがち
な欠点が明石市役所にもはびこっていたわけであるが、この欠点のほとんどは当然、学校組織にも
当てはまる部分が多いだろう。三つ挙げられた組織の弱点は組織の役割次第によっては仕事の安定
性、効率性の面で必ずしも排除すべきものではない側面があったに違いない。特に現状維持の保守
性、安定性を重んじる組織ならばそれらこそが組織を効率的に運営していく上での長所にもなりう
る。だからこそ多くの組織が抱えてしまう弱点なわけだ。
学校の場合、この30年あまり、お上から改革を矢継ぎ早に迫られてきた。「お上至上主義」の教
育委員会は種々の改革の実施を各学校に迫るが、「横並び主義」「前例主義」の校長以下職員はそ
れらを批判的に押し返す余力を奪われ、ひたすら「改革」への、あくまでも表面的な対応に忙殺さ
れていく。こうして教職員もまた警察官や消防官などと同様の、心身をすり減らすストレスフルな
日々を過ごすようになったのではあるまいか。
・世界人材ランキング、日本は“過去最悪43位”に転落…「管理職の国際経験」は64カ国で最下位
BUSINESS INSIDER JAPAN 横山耕太郎 によるストーリー 2023.9.21
◎「ヒト」を切り捨て衰退した日本、じつは「2023年後半」から流れが一変していた
現代ビジネス 石戸 諭 によるストーリー 2024.2.14
「経営」の発想の欠如が今日の学校の停滞を招いてしまったのでは?「経営」という言葉から金儲
けばかりを連想しがちな教師たちにとっては必読の記事。
参考動画
◎【Z世代がたった数年で会社を見切る理由】「いても無駄」と「言っても無駄」/キャリア安全性の
欠如/生存者バイアスの横行/悪しきマネジメントの継承/コンサルが人気の理由
【Momentor代表 坂井風太】 PIVOT 公式チャンネル 2023/06/07 28:36
◎【Z世代育成はスラムダンクに学べ】組織効力感を高める方法/成長の踊り場の乗り越え方/「生存
者バイアス」を捨てよ/1on1面談のコツ/強要ではなく挑戦を促す
【Momentor代表 坂井風太】 PIVOT 公式チャンネル 2023/06/08 31:05
◎【組織崩壊のメカニズム】元DeNA人材育成責任者が日本のマネジメントに警鐘/大企業・メガベ
ンチャーに共通する凡庸化すごろく/優秀なリーダーはこうして潰される
【MANAGEMENT SKILL SET】 PIVOT 公式チャンネル 2023/12/06 55:57
◎【南場智子も出資】最近の若者はすぐ辞めるは本当?世代別で見る3年で早期離職するワケ
【坂井風太】 ReHacQ−リハック−【公式】 2024/01/09 38:51
◎【坂井風太】「生存者バイアス問題」と若手の不本意離職を防ぐには【ReHacQキャリア塾】
ReHacQ−リハック−【公式】 2024/01/17 52:35
◎【人事の“処方箋”】Z世代が3年以内に退職するワケ 優秀な若手社員が会社に“見切り”をつける生
存者バイアスの横行と組織の弱体化ループとは【経済の話で困った時にみるやつ】
TBS NEWS DIG Powered by JNN 2023/12/02 46:03
◎【成長の人事戦略】マイクロソフトを急浮上させた“成長思考”とは / スタートアップ神話の真実 /
社会人1年目からできる組織を強くするリテラシー【経済の話で困った時にみるやつ】
TBS NEWS DIG Powered by JNN 2023/12/03 46:50
坂井氏が登場する以上7つの動画はもっぱら企業の経営論、人材育成論を扱っているが、学校の組織
論、学校経営論、学級経営論、学年経営論としても非常に有意義な内容であり、教員集団や生徒集
団を考える上でも必見の動画と考える。
教師集団の歪みがなぜ、どのようなメカニズムで生じているのか、なぜ公立学校が停滞しがちな
のか、どうすれば教師集団を活気ある建設的な集団、組織にしていけるのか、そうした問いの答え
に結び付く豊富なヒントが散りばめられている。また生徒たちへの進路指導の資料としても大いに
利用できるだろう。
残念ながら学校の管理職が本来、管理職として必須の内容であるこうした組織経営の理論をどこ
まで深く学んでいるのかは極めて疑わしい。学校と言う組織がどのようにして腐敗していくのか、
時代の流れに取り残されていくのか、根強い隠蔽体質や強権的指導体質がどんなメカニズムで温存
されてしまうのか…こうした疑問は「生存者バイアス」、「心理的安全性」、「心理的柔軟性」、
「自己効力感」、「組織効力感」などのキーワードを理解できればある程度まで解決できるはず。