12月24日(月)仏滅・己未・五黄・危・張・觜・納め地蔵尊・おひつじ座53番星(6.1等)の食





果てしなく続く青空。


100キロを超えるスピード。


理由もなく、走る、走る。


国道二号線の果ては、何処だろう?


そういう時の寂しさや、苦しさ、


悔しさ。


そういう気持ちは、とても大切なもの。


心の中に毒もあり、だけどその毒は、ピュアな心の抵抗力で構成されたある種の、心の個体未満気体以上。


17歳の抱えているものは、その時の光りであり、


闇。


闇の底であがく自分と、同世代の友人たち。


ここから逃げ出したい。


このどうしようもない枠の中から、


学校の窓ガラスの向こうへ。


この狭い部屋の中から、


振り切っても付いてくる影法師。


結局は、自分との闘いなのかもしれない。


地平線の向こうには何があるのだろう?


全ては、終わらない日常?


日常の壁を突き破りたい。


暴走しているのは、


このバイクなのか?


自分なのか?


いや、この社会?


その巻き添えに、


社会の車輪に、


きっと、轢かれてしまったんだ。


だけど俺は死なない。


あがいていた。


ロックは死んだ?


そこから始めるしかない世代なのだから、


狂った時計も、音楽の方向性も、


修正する人は、現れることもない。


音は、高低。


旋律。


そう、ロックを殺したのも、


妄想の行きすぎたパンク・スターの一表現であって、



音楽は古来も今も、本質は、楽器は、


何も変わっていない。


誰かの頭の中、哲学の中で、


新しくされて、


そして、


古くされているだけ。


「音楽は音楽。


政治に使われて勇ましくしても、


音楽と政治は無関係」と、主張した、


中国の竹林の七賢人に、


衝撃を受けた二十歳。


音のイロハもわからず、


ただ叫んでいただけで、


それは音楽であり、音楽ではなかったんだ。


オオタ☆ヒロユキと話したから、


ロックがわかったと、


言われた時に、きっと、音楽を一つずつ学ぼうとギターを背負いビートルズ他のコピーバンドをしていた彼は、


音楽を勉強する前から、


(ロックを)主張の道具に使っていた=音楽レベルは低くとも、音楽という理論ではなく、言葉で形容できないような、私の魂に、何かを感じ、


そんなことを口にした?


そう、それは、実は、音楽でもロックでもなく、何か、エックス。


そう、自分自身は音楽をやっている意識ではないのだから、


音楽の道も、この先、続いていく?


いや、音楽という道ではないかもしれない。


そんな予感もしていて、


そう、つまり、音楽は、一つの表現として使っているだけで、


目的は、


新しい何かを創ること。


その頃から、そう考えていた、十七歳のクリスマス・パーティーの夜。


誰とも本当は接点はなく、


周囲に話し応えのある人間が少ないために、


私の話の方がへヴィだからか?


向こうから、


質問、


質問が飛んできては、


応えていたその席上。


もっと、もっと話を聞きたい!


行く先々で、そう言われることが多く、


自分が話すばかりで、

人の話を聞く機会を極度に少なくしてしまい・・・


その時期の私は、きっと成長が止まっていたはずです。


何かをやろうと、


主張すると、


それは面白い。


そうだ、そうだ。


それが続くと、それ以外のものをシャットアウトしてしまい、


自分の世界も狭くなっていることを、


もっと早く気付くべきでした、


それだけに、


「普通の愛」


その小説のタイトルには、大きな衝撃を受けました。


普通でなければ、何もわからない。


普通でなければ、世の中のことは、何もわからない。


一人だけ、先に進んで孤立して、


大きな輪の中にいずに、


そこに、存在しても。


学校という空間を出てしまえば、


無関係に、話を聞きたいと、


集まってくる者もなく、


自分の存在価値の無さを痛感した時、


「普通の愛」


は、心に響きました。


それから、


価値観をすべて反転させて、


新しい人生を歩んでいくことに。


周囲からは、


まったく面白みがなくなった。


期待していたのに、


こんなにつまらない人間になってしまったとは。


失望した。


失望した。


失望した。



いや、


それは、皆の目が曇っているから。


本当に目の良い人は、


わかってくれるはず。


そう、私は自分の人生を反省して、


生きることに、新しい価値を見い出し、


学ぼうと思ったのだから。



人が変われば、


付き合う人間も変わり、


私の人生は、


色を変えたのだと思います。



クリスマス。


今年もその時期が来て、


人生で一番盛り上がっていた、


十七歳頃のクリスマス・パーティーの光景を、


私は時々、思い浮かべますが、


あの時、


もっと、こうしておけば、


ああしておけば。よかったと。


しかし過去は、もう変えられないもの・・・。



○月○日。


○○でライブをやろう。


そこで、まだ世界に表現されていない、


表現をやってみせる。


N。


そして、バンドAのメンバー。


バンドBのメンバー。


バンドCのメンバー。


古着屋で買ったコートを羽織り、


たくさんのアクセサリー。


クリスマス・ライブの当日。


トリを務めた私のバンドは、


始まった瞬間、


「待ってましたー!」


突然、雄叫びが上がり、


男女とも、


ジャンピングジャックフラッシュ。


暴れるために集う皆と、


頭の中は、


どうすれば、この生きにくい社会の悪ルールを、


変えていけるだろう、


だから、叫んでいる自分との間に、


感覚的な距離はありながら、


全員が、


飛び跳ねながら、


私が唄い出すのを待っていたように思います。


反戦。


腐ったルールを破壊しよう。


この世から銃を失くそう。


色々な主張を、


音に乗せて叫ぶほどに熱狂する客席。


暴れる若者たち。


飛び跳ねて、


拳を上げて、


エネルギーを出しきって、


ライブが終わると、


疲れ果てて、


壇上を降りると、


皆が押し寄せてきて、


これは、


何ていう歌なんだ、


スゲェ。


モノスゲェ、ノレた。


最高。


こんなの初めて。


私の身に着けているものは、


ほとんど、


引きちぎられていた?


抱きつかれ、


最高、最高と、興奮されて、


だけど、


何故、ここに集う人たちに自分は、


自分が重ならないのだろう?


いつも図書館で、黙り込んで闇と化している自分。


半面、確かに、演説のようなパフォーマンスをしている自分。


心安らぐ、教会の中にいるのが好きだった自分。


客席にいて、踊り狂う人たちは、


踊ったり、発散したい明るい人たちで、


考える人である自分とは、対極のように思えて、


考えながら、控え室へ。


ある日を境に、考え癖をやめて、


明るくなった自分になって、


やはり、踊るだけでも楽しい、幸せという感覚がわかったので、


その頃の私には、


ダンスとか、踊るとか、


その喜びがわからず、


深い深海の中にいるような感覚者だったように思えます。


今は、とても明るい人間にはなりましたが。


辛党だった当時と、甘党の今、


そういうところからも、人間が変わったように思います。


当時から舌好調だった強運で友人のA氏は、


昔から、変わっていないため、


今、話をすると、


どうしてこんなに変わっているのだろうと、思いますが、


当時だから、私もこういう人間と不思議な仲になったのでしょう。


いえ、多種多様な人間が周囲にいて、


その中で、目立とうと、A氏も私も必死だったのだとは思います。


A氏は、お笑い系ですが。


私は、ロック的な、クレイジーな表現という括りで?


飛んだ人間ばかりと付き合っていると、


頭が休まらないので、


今、十代の方は、出来るだけ、


変な人たちと深い仲にならない方がいいことは、


アドバイスできます。


大勢のバンドマンや、


異端な人間。


私はそういう人たちとかかわって、


人生の教科書を厚くして、


実際の教科書を薄くしてしまったので、


世の中の姿というものをわかった今は、


世の中、


正当に生きていくことが、


一番だと、思いますよ。


特に(利害の明確な)嘘は、


付かない方が無難ですし、


不正をすれば、


結局は、


何年後かに、後始末せねばならない時が回ってきます。



フェアでありたい。



私は、


そう心がけています。



十代は、私が、


激しい生き方をしたせいで、


傷つけたり、やかましさで迷惑をかけた人には、


やはり、謝る気持ちはずっとあります。


一方立てば、一方立たず。


私が、主張するなら、一方にも何か主張があるはず。


自分以外に自分のような人間がいなかったために、


私の主張やパフォーマンスを聞きに、


大勢の人間が集まってくれ、


ここで、黙れとか、反論して、殴り掛かってくるものは、


校内にはいなく、


何故か、


「よく言った」


「スカッとした」


「誰も言わないけど、俺もそう思っていた」


次第に、オオッーと言われだして、


人気が出てきて、


ある日、


自分も、哲学者や、文学者のように、


革命運動とともに、


弾圧されて、二十歳まで生きれないだろうと、


思っていましたが、


何故か、人気が出てしまい、


何故か、校内レベルですが、支持をされていって、


何か、


自分の中のエネルギーが、


心からの叫びが、


鎮まっていったのです。


受けていく=これは、幸福です。


私は、


運がよかったのでしょう。


そして、


人生を反省するようになったので、


静かな人生を送るように、


二十代はなりましたし、


その頃、会った方は、


私にとって、


心で付き合ってきた時期だけに、


少数でも、良い付き合いをしました。


十代(15~19歳)は、


毎日誰かと話をし、討論をしたりで、


演説者と、大衆のような関係でしたが、


もう一度、同じことをやれと言われたら、


とても無理です。


しかし、


外では危険な場面もありましたが、


私は、生きてきましたし、


二十代は、静かに、


透明に、


そして、世の中に良い影響を与え、


ビッグバンのような十代とは違い、


目には見えなくとも、


良い生き方を心がけていました。




今の私は、


バランス。


中庸。


光り。


それが、メインテーマとしてありますから、


何かを口にしても、


おそらくは、


さほど間違ったことは、


この唇からは、


発されないでしょう。



クリスマス。


家族で過ごされる方。


親友と過ごされる方。


カップルで過ごされる方。


孤独でいる方。



明日(25日)は、


孤独でいる方のために、


一つ、


手を合わせておきます。



世の中、


誰しも幸せになる


権利がありますから。










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 私は、愛知県を、「無震県」と(ある時期まで)改名することを提唱しています!

 地震の波動を受けないためにも!

 地震に無縁の「無震県」

 大地の揺れも無縁となりますことを!

 静岡県の新名も閃きました。
 それは「静震県」です。

 そして、東京都の新名も閃きました。
 それは「地鎮京」です。




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