母のお友達の老人ホームへ訪問 | Talking with Angels 天使像と石棺仏と古典文献: 写真家、作家 岩谷薫

母のお友達の老人ホームへ訪問

 母宛の年賀状に、大学時代の親友が去年、大病をして入院し、回復、その後老人ホームに入った事が書かれてあった。(ちなみに私はその友人の顔すら知らない)

 母とその友人はもう20~30年は会っておらず、母が「会いたい!会いたい!」と言い出すので、私は「お互い、生きている間に、再会できる機会はもうほとんど無いだろう…」と思い、ちょっと遠いが母を車に乗せて昨日、老人ホームへ再会に行ってきました。
 話の種になれば…と思い、母の大学の卒業アルバムも持って。

 はじめて御会いした母のお友達は、大病したにもかかわらず、比較的お元気で、よく喋られました。
 私が、とても驚いたのは、約70年近く前の卒業アルバムなのに、生徒の約半数から1/3の、一人一人の当時のことや、その後の人生まで、逐一記憶して喋ること!驚

 「この人は、医院長と結婚して安泰」とか「賢い人だったけど、不治の病にかかった」とか「電車に轢かれた」「相続でもめた」「階段から落ちて亡くなった」などなど一人一人延々聞かされ、正に人生いろいろ… 
 当時、女性が大学に行くのは珍しかったので元々頭脳明晰なのでしょう。

 いろいろ話を聞く内、早くで亡くなった私の父の話にもなり、そのお友達は、当時、父の御見舞いにも来てくれていただいたそうだ。
 父は病床でもう自分はダメなのを悟っていたようで、母の友達に、「妻のことが心配だ…」と語ったそうで、それを思い出すと、お友達は、今でも涙する…と涙ぐみながら喋られると、私も涙目に…笑

 それでふと思い出したが、私が母の世話をするのは、父の遺志でもあるんだろーな。  昔、近所のボケた老人が、私をよく父と見間違って、私は笑ったものだが、実は彼は本当に、そこに父の姿を見ていたのかもしれない…

 比較的お元気な母のお友達ですが、やはり可哀想なのは老人ホーム行き。
 やはり結局は「嫁姑問題」が原因のようだ…
 この「嫁姑問題」で老人ホームへ放り込まれるケースは結構多いように感じる…
 このパターンは実際、頻繁に耳にするし、見る。
 「嫁になったんだったら、最後までお婆さん、お爺さんは見てあげなきゃ…」
 と私などは思うのだが…

 そういえば今、ロンドンでも、メガン妃が猛威をふるっているようですしね…(あくまで憶測だけど…)
 なんか違うと思うんだよね…… 結局、自分のことばっかり…

 当たり前だけど、母のお友達も「家に帰りたい…」と言ってました。
 老人ホームの方がいい!なんて言う老人は、少なくとも私は見たことがない。
 全くの幽閉生活。     姥捨て山。
 しかもこのホームは都会にあるので地価が高く、家賃も高い上に部屋が独居房かと思うほど狭い… 運動施設も無い。ただ居るだけ… 
 こういうの、ダメだと思うんだよな……

 それに私だって、入院した時はストレス溜まったもの…
 母のお友達も、結構ストレスが溜まっているのではないでしょうか?
 延々、一人で2時間半も喋っておられましたよ。笑
 ウチの母はちょっとおっとりしているので、母にではなく初対面の私にばかり話しかけているのが、可笑しかったですが…笑 
 まぁ、聞いてあげることも、敬意と愛ですから。それに父の御見舞いにもかけつけてくれた人ですから。

 私の入院の時もそうでしたが、御見舞いに来てくれたらうれしいものです。
 お友達は、とても喜んでおられました。
 亡くなる前の、母とお友達のカムイへの敬意です。

 そして昨晩の私の夢では、やはり父が出てきて、こちらが気恥ずかしくなるくらいお礼を伝えているのがわかりました…。
 嫁姑問題で、自分のことばっかり言って、カムイへの敬意が無くなると、結局不幸になるのは、嫁側だと思うんだよね…(特に、死んでから…)

 最後、老人ホームを去る時、お友達が私の年齢を聞いて、「エラク若く見えるねぇ~!」と驚いていました。はい、私は2009年から歳とってませんから。爆

 頭の中ではサイモンとガーファンクルの『Old Friends』が流れる。
 歌詞はどってことないけどね。特に最後の歌詞は違うな…もう恐れなんてないさ… 当時、若いから判んなかったんだろう…でも曲はいい。
 そして当時彼らが想像もできなかった、70を越えたサイモンとガーファンクルが『Old Friends』を歌ってるのね… 声量もなくなっちゃって…


 それにしてもサイモンとガーファンクルはやっぱりいいねぇ。コレとかコレ

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