信州読書会さんに参加させていただいて、毎週金曜日に
課題図書の感想文を提出させていただいています![]()
今回は、岡本かの子の『 老妓抄 』の感想です![]()
年老いた芸妓の小そのは、よく若い芸妓に自分の体験談の
話をします。最後は、いつもこんな風にまとめます。
「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を
求めているに過ぎないのだね。」
ある時、家の電気の修理を頼んだ時にやってきた柚木と言う
青年に出会います。年齢は離れていましたが、馬が合うのです。
「今の仕事ではパッションがおこらない。」という柚木の言葉を
聞いて、夢を応援してあげたいきもちになります。
そこで、住む場所や生活費を与え、「道具の発明」という夢に
専念させることにしたのです。
いくら頑張っても、先に特許を取られていて、うまくいきません。
しかし、自由が欲しい、お金に困らない生活がしたいための
夢でしたが、それが叶えられていることに気がつき、柚木の
生活は次第にぼんやりとしたものになっていきます。
自分の欲が中途半端に中和されてしまい、柚木自身が心寒く
感じてしまいます。
小そのは、急かすわけでもなく、失望することもなく、柚木を
見守り続けますが…というのが、ざっくりとしたあらすじです。
とても上質な短編とは、このような作品をいうのだろうなと思える
素晴らしい小説でした![]()
とても読みやすいので、是非手に取ってください![]()
『 華やぐいのち 』
( 引用始め )
「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね。いまこうやって思い出して見て、この男、あの男と部分々々に牽かれる者のものの残っているところは、その求めている男の一部一部の切れはしなのだよ。だから、どれもこれも一人では永くは続かなかったのさ」
< 新潮文庫 P.11 >
( 引用終わり )
完璧な男はいない。職業柄、たくさんの男の中を泳いできた老妓にしか言えない台詞だ。だから、老妓はひとりの男しか見つめなくてすむ堅気の女を羨ましがってみせる。自分には、座敷にも男にも柚木のいうパッションが起こらなかったと思い泛べる。
だが、ひとりの男しか見つめない人生でいいかと問われれば、老妓は否と答えるに違いない。老妓は、まだまだ十分に自分の人生に「パッション」があるし、「いろ気が起こっている」のだ。
( 引用始め )
年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり
< P.39 >
( 引用終わり )
物語の中で、老妓が詠んだ歌である。
自らは年老いて、分別がありすぎ、体力がないと自覚しているわりに、「仕事であれ、男女の間柄であれ、湿り気のない没頭した一途な姿をみたい」(P.34)と「いろ気」がある。そういうもの身近にみて死にたいと年若い異性をそばにおいて暮らす老妓。芸妓を退いた後も、自らの美意識を保ちながら、三味線や和歌の稽古事にいそしみ、電化装置を庭にしつらえる姿は、パッションの塊だ。老妓としての「まるで行燈をつけては消し、消してはつけるようなまどろい生涯だった」(P.13)と永年の辛苦の人生を述懐している陰で、ますますいのちが華やぐのを感じていた。対して、老妓に若さを吸い取られるように、人生の目的を見失い、出奔を繰り返す柚木。そんな出奔さえ嬉しく思う老妓に、柚木やみち子が勝てるわけがない。老妓は、辛苦が深ければ深いほど「いよよ華やぐいのち」を体感中なのだ。
男だけが完璧じゃないわけじゃないだろう。誰の人生だって、完璧じゃないのだ。みんな人生の一部一部の切れはしだけを持って生きているようなものだ。誰もがその切れ端で達観するところを老妓は、柚木やみち子を使って、持っていなかった切れ端をも集めようとしている。柚木の驚きが真に迫る。「たいへんな老女がいたものだ」。
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