今回は、武者小路実篤の『愛と死』の感想です本

全開の『友情』に引き続いて二作目の武者小路作品ですが、今回もとても読みやすく、さすが近代のライトノベル作家と呼ばれていただけあります。

今回はタイトル通り 、愛する人の「死」がメインテーマになっていますが、実は愛する人が死んでから21年後に主人公が独白しているとスタイルがすごいのです。亡くなってから、21年後まで思い続けられるって、現代のライトな愛情ごっこの前では太刀打ちができません。
とても読みやすいですが、年月の重みと「愛する」ことの意味をかみしめながら、読んでみてくださいねビックリマーク

 

 

『 死の向こう側 』

 

 私は、思い違いをしていた。

「愛」と「死」はベクトルが真逆だと思っていた。だが、村岡の「これは二十一年前の話である。」との言葉に私は打ちのめされた。死が二人を引き裂いたのではなく、夏子の死から「愛」が始まったのだ。

それまでの村岡と夏子の仲睦まじい面映ゆい感情は、まだ自分の為に相手を求める「恋」だったのだろう。しかし、相手を永遠に失う理不尽さを経て、愛に昇華する想いもあるのではないか。村岡は、「生きているものは死んだ者に対してあまりに無力なのを残念に思う。」との想いのもと、「生きている人間の為に働く。」と宣言する。それは、夏子を奪った自然に対して復讐を果たすためで、村岡なりの愛し方なのだ。恋のままだと、恋人の死に絶望することしかできずに後追い自殺をするかもしれない。だがそれは、残された人間の自己満足であり、亡くなった人間への感情もすべて消えてしまう。

自らが生きて相手を想い続けることは想像以上に難しいと思う。だからこそ、「これは二十一年前の話である。」との言葉が重い。

お互いが「生」の中で育む愛ももちろん存在するだろうが、「死」を乗り越えた愛は壮絶だ。「恋」と「愛」が並列なのではなく、「愛」とベクトルが同じなのは「死」ではないかと涙を流しながらこの小説を読んだ私は辿り着いた。

 

わずか一年二か月の新婚生活と二つの命を残し、戦場に散った亡き夫に対して、戦後七十年を経てもなお、夫に恋文を書き続ける九十四歳の女性がいる。

『 貴方(あなた)!!貴方!!貴方!! 

何回も呼んでみたいのです。

貴方と呼ぶと貴方と過ごした一年二か月の新婚生活に戻るのです。

貴方のぬくもりが蘇ってきます。有難う!有難う!』 

『 貴方が買ってきて下さったショール、今も大切にしています。

  私の肩にやさしくかけて、ギュッと抱きしめてくれましたね。

  体がポッと熱くなりました。貴方!有難う!』

<週刊女性プライム 人間ドキュメント 大櫛ツチヱさん から引用 >

今も、夫の話題になると笑顔がこぼれるらしい。こんな「愛」を見せられたら「死」すら霞んでしまう。愛って生半可なものじゃないと実感しつつ、また泣いた。

 

 

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