今回は、大江健三郎氏の「個人的な体験」です![]()
サルトルの実存主義の影響を受けた新人として、文壇に華々しく登場し、後に日本人二人目のノーベル文学賞を受賞した有名な作家です。でも、私はこの小説が大江作品の初めてでした。
名前だけはもちろん知っていたのですが、大江氏本人の風貌も影響して(笑)、ガチコチに硬い内容の小説を予想していて、なかなか手を出していませんでした。
でも、今回信州読書会さんの課題図書ということで読んでみると、なかなかの衝撃をくらいました![]()
誰しもがわかっていて、それでも表に出していないドロドロとした人間の感情を見事に表現していました。このような内容を描いた小説を他に知りません。
私がゴチャゴチャいうより、まず読んでください
ただ、衝撃を受けたからといって責任は持ちません(笑)
『 自己欺瞞の毒 もしくは甘い涙 』
以前、養子制度の進んだアメリカで、敢えて障碍児を引き取り、育てにくさを生きがいにする養父母の話を聞いた。そのように、自ら障碍児を育てる選択をする人々がいる一方、通常の親は健常児を望む。現実は、綺麗事ではないからだ。
実際に我が身から産み落とす女性なら、どんな赤ん坊でも受け入れる必然性が備わっているが、男性は目の前の赤ん坊の父になる「覚悟」が別に必要なのだ。そんな覚悟を持てないでいた鳥は、重篤な障碍を持つ息子を前に、自己欺瞞へと深く沈んでしまう。
鳥は、息子に対して病院での衰弱死を願う。息子の頭に巻かれた包帯を見て、戦死者のように埋葬しなければいけないと涙を流すが、自らに都合のいい「正当化」の甘い涙だ。自己欺瞞と正当化は表裏一体だ。妻と息子の件を共有できない鳥は、自らの理解者である火見子の元へ隠遁する。火見子自身も、夫の自殺という闇を抱えていた。性的快楽に没入することで、お互いに一時は癒される。がしかし、自らが手を下さない形での赤ん坊の死を願う自己欺瞞の「毒」に侵されていく鳥。そんな鳥に火見子は、「妻にも信用されず、自己崩壊してしまう」と忠告するが、鳥自身の「個人的な体験」ゆえに救うことができない。自己欺瞞の毒は、他人では解毒できないのだ。鳥は、アルコールの摂取で仕事を頸になったり、赤ん坊の見舞いに行かなかったりと自己欺瞞の中を漂うだけだ。甘い涙の味から逃れられないでいた。
一方、デルチェフの自己欺瞞のない行動に衝撃を受けつつ、子供に対して親ができることは迎えてやることだけだと諭される。生命を繋ぐ本能を持つ人間にとって、目の前の生まれ落ちた「命」の前では、どんな理論も哲学も自己欺瞞も無力だ。ただ、迎えてやるだけなのだ。だが、感情が発達した人間にとって障碍のある息子を受け入れるには、段階が必要なのも理解できる。デルチェフに送られた「希望」という言葉が重い。
名前さえもつけていなかった息子に対して、雨に濡れることを心配しだした鳥。少しずつ解毒に向かっていく。以前、絡まれた不良少年たちも気が付かないほど、鳥は成長する。
「この現実生活を生きるということは、結局、正統的に生きるべく強制されることのようです。」との鳥の言葉とデルチェフの辞書で最初に引く「忍耐」という言葉がリンクする。
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