今回は、カフカの『変身』の感想です![]()
実存主義の先駆者といわれたカフカの言わずと知れた有名な作品で、不条理文学の最高傑作とされます。
最初から、頭を殴られるような出だしで始まって、初読では主人公のグレゴールを到底理解できません。何度読んでも、ますます迷宮に迷い込んでいく感じです。キリスト教観という道標がないとわかりにくいですが、ストーリーを追うだけでも十分楽しめると思います。自分の価値観がフレシキブルになることは確実なので、是非手にとってください![]()
『 自分ファースト 』
グレゴールに対して、違和感から始まる。毒虫に変身したことではなく、なぜ毒虫に変身した自分に動揺しないのか。「グレゴール、後ろ!後ろ!」と蹴っ飛ばしてやりたいくらい冷静に勤め人としての心配しかしない。仰向けになって動けない体であっても、仕事のストレスを思い浮かべるのが先だ。それには、もちろん理由があった。ほぼ「死に体」の家族を養わなくてはいけないからだ。しかし、毒虫になればそれは叶わない。彼にとっては、家族に必要とされる存在意義が自らのアイデンティティを凌駕しているのだ。ここまでだと家族思いの息子で、利他的な立派な人間とされるだろう。今風の言い方にすれば「家族ファースト」だ。しかし、私はそれに対して新たな違和感を覚えてしまう。
それは死に体と化していた家族が、グレゴールが毒虫になったことで再生していくからだ。家族が自立して生きていく道を指し示し、それまでの援助なら本当に家族のためであろう。人間はどうしても「楽」に流れる。グレゴールのやり方だと家族は、ただ堕ちるだけだ。
グレゴールにすれば、自分がいなければ立ち行かない家族は、自分の存在意義を証明する証だった。死に体の家族じゃなきゃだめだったのだ。見た目は家族ファーストでも、実体は屈折した「自分ファースト」だったグレゴール。忌み嫌われる毒虫に変身したのは、家族が再生するためのグレゴールの最後の家族孝行だったのかもしれない。
毒虫になっても世話をしてくれた妹から拒絶された際、息を引き取ったグレゴール。それに呼応するように母も「死んでるのかしらね」とほっとしてしまう。最初から毒虫を息子扱いしていなかった父はもちろん、家族との絆が消えたのだ。そんなグレゴールが最後に回想したのが、家族への感動と愛情だったことを想うと切ない。
家族で散策に出かけるくらい再生したザムザ夫妻とグレーテだが、人間は慣れる動物だ。最初はグレゴールに感謝していたが、その内にその気持ちも薄れていった。グレゴールが毒虫になった理由を自らで理解できないと、この家族から第二の毒虫が出るかもしれない。
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