とっても久しぶりの更新になりました ![]()
私自身、SNSの洗礼を受けて、少し更新を見送っていました。
でも、少し期間を置いたことで、このブログに対する意欲が湧い てきたのは収穫でしたね![]()
最初は、右も左もわからずに、なんとなく記事をアップしていましたが、もっと楽しんで読んでもらえるように、自分自身のためにも岡山読書会のためにもどうしたらいいか、考えることができました![]()
私は、「休憩」をとるのが苦手な性格でしたが、これからも積極的に(?)休憩をとりながら、楽しいブログにしていくので、どうぞよろしくお付き合いください…
今回は、「マトリョーナの家」というロシアの作品の感想です![]()
お人好しで馬鹿正直なマトリョーナというロシア女性が主人公なのですが、日本でいう「勧善懲悪」は通用しません。最後は、悲劇的な死を迎えてしまいます。彼女は最後まで、誠実で他人のために働く人生でしたが、彼女自身が抱えていた「業」のために報われない人生でした。でも、作者はこのような滅私奉公的な善良な人々は世の中に必要だと物語を締めます。
「勧善懲悪」的な考え方にどっぷりハマっている日本人の私からすると納得がいかない部分も多々ありました。
当時のロシアの状況を考えると、このような国民を推奨する小説と読めると信州読書会で教えられて、逆にそうであればマトリョーナは救われるとほっとしました
誠実な人間が、すべて報われるとは限らないとわかっているのですが、どこか救いを求めてしまう私はまだまだ甘いのかもしれません![]()
感想を書いた時から、少し時間が経っていますが、すでに読み方や感じ方が変わっているのに驚きました。自分で、感想が「浅いな」と思うくらいです(笑)。人間は、常に同じ場所にいないということですね![]()
『 マトリョーナの家 』感想
この小説の読後、私は世の中が「理不尽」で出来ていることを思い出した。私自身、偽善や悪意に覆われた日常に、あまりに馴染んでいて忘れていた。それ故に「良心と仲良くしている」マトリョーナに出会って、つい怯んでしまった。
イグナーチッチは古き良きロシアを求めて、タリノヴォ村のマトリョーナの下宿に辿り着く。その下宿でのゴキブリの走る音に「なんの偽りも悪意もなかった。」と感じたところに、これから出会う人間の「醜いものや悪しきもの」が暗示されていたように思えてならない。
無欲で善良だったマトリョーナの死が、周囲の人々の本性を一気に暴いていく様に、唖然とするしかなかった。マトリョーナの死後すぐに、セーターの無心をする親友、通夜の席で母屋の行方の駆け引きをする妹や小姑たち、俄然元気を取り戻して中二階を取り戻したファジィ、手伝いが呼べなくなった時だけ思い出す義理の姉……と枚挙にいとまなく、眩暈がするくらいだ。
イグナーチッチに甥の成績を頼んだのも、ファジィの帰りを待たなかったマトリョーナのピュアな負い目があったのだろう。だが、帰還後「ふたりともぶち殺してやる。」と叫んだファジィの本意は、「エフェムと結婚して家を取りやがったな。」のように思えて仕方ない。そのエフェムも情婦を囲い、マトリョーナを裏切っていた。エフェムは、きっと今も生きているに違いない。
マトリョーナのことは、とても他人事ではない。翻って素朴に、自らの結婚式を祝い、葬式で悼んでくれる人間がどれほどいるだろう。あの善良なマトリョーナさえ養女のキーラしかいなかったのだ。「滑稽なほどばか正直」で「他人のためにただ働きをして」もさえだ。しかし、世の中にはマトリョーナのような義人が必要だと作者はいう。村や都、地球にとっても。だからこそ、世の中は耳障りのいいセオリーやスローガン、寓話などで義人を作り出そうとしているのだろうか。無欲で善良であれば報われる…と。
その義人であるマトリョーナに与えられたものが、安らかな死に顔とマトリョーナを慕う下宿人だけだったことが、とても切ない。
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