kaoru-itさんのブログ -8ページ目

kaoru-itさんのブログ

ブログの説明を入力します。

こんにちは。
世の中三連休だ、夏休み入りだ。

私もありがたく三連休を享受し、今日はレッスンがvocalとDTMの二本立て。

で、まずvocalの方ですが

休日ゆえに寝坊、
話相手は家族のみで多くなく、張りもせず
声の出にくい状況かな…と思っていたんだけど、先生によれば、悪くはないらしく。

いつもと違う、リラックスしてなめらかな声だとか。

ふーん。

よくあることだとは思いますが、家の中や、家族と話すときの声は、外で出す声よりかなり低いのです。
友達から家に電話がかかってくると、「怒ってるの?」と言われたことも。

怒ってません。ただ、声のトーンと、テンションは低かったかも知れない。
リラックスしているのよ。

で、
前回からさらに、
沢山練習したり新曲を探したりするよりも、
よく考えることの多いインターバルでした。
ねぇ。
あんまり練習出来てないって感じていたから、今日の調子はどうかなって思ったけれど、
悪くなかったな!

少し前に歌っていた曲を改めて歌ってみて、
頻繁に換声があるのが難しい曲だったんだけど、
ずいぶん細やかに、一つの音から、
チェンジが出来るようになりましたキラキラ

なめらかになって聞きやすく、歌うのも楽になった!

ただちょっと、張りというか、破感というか、そういう強さを出すには至ってなくて。
次の課題は、それでいいかなぁ。
若い女の子の、らしい歌なので、若々しさを出したいですね。


そろそろ次のレッスン予約解禁になるから、早めにしたいな。

7.11のFBより移植


で、レッスン終わりました~。

最近秦基博ソングス練習した効果で、換声点付近のビット?的なものが、前より細かくなりました!
以前に比べて、ポコ細やかに、ポコなめらかに、換声出来るようになりました。
そして換声ポイントは、やや低くなってミとファの間くらいになりました。

...

これは今のところ良い感じ。

ここで挟んでおくけど
レッスン以外の時間にも、練習するし考察するし参考文献を読んだりします。
あるいはインスピレーションを得られそうな、他の分野からの刺激も受けるようにしています。

その上で、
レッスンでは私がなにがしかのゴールやセーブポイントにたどり着いていなくても、「イマココ」「イマこんな状態」というのを受け止めてくれる先生で、本当に有り難いっていうことです。

いつも正しく、新しいポイントに進めていたらそりゃ素晴らしいけど
そうしたら、「先生」という人の必要性は半減するし
いつもいつもそんな、順調に都合よくタイミングよく進むもんか。

もう少し細かく刻めば良いだけのこと。
ちょっと面倒だし、エネルギーは使うけれど。

今日の実験は
「aikoの歌を歌う秦基博のマネをする」というもの、
結果、
aikoでも秦さんでもない歌が飛び出しましたけど(笑)
私にとっても新しい歌いだったし、面白い実験だなぁ。
そこから派生して
タテではなくヨコに歌ってみようかと思い、それなら「もしも今座っている椅子や足元が、地震横揺れ体験装置のようにヨコにランダムに揺れていたらどうなるかな?」とイメージしながら歌ってみました。
これまた違った歌いが出まして。
歌詞を間違えたところがあったんですが、間違えた歌詞が瞬間的に先生に伝播したらしいです。
間違った歌詞から生まれたイメージが、即座にピピッと伝わったと。

これは良いことだと思います。嬉しかったですね。

今日は全体的に、歌に色が乗っかっていたとかで、
大変嬉しいことなのですが(それは私の目指すところ)、
なんでそうなったのか考えてみると、歌の世界観のイメージを持つようにしたり、あぁかこうかと方針を持って試してみたり、した上で、
それが他人に伝わるほど外に出てかつ強さ大きさがあったからかと。
あとは、
今日は技術的にあまり頑張らなかったからかな。
技術的に頑張ろうとすると、微妙な表現は置いてきぼりにしがちなので。

分かっていても、頑張らないのは怖いから難しいです。

早くから頑張るのをやめると、技術が頭打ちになる気もするし。。怖い。

ある曲を歌ったとき、先生から「重い」という感想が出ました。
なんだかイメージが乗りすぎたみたいです。マジメすぎというのか?
完成形としてはともかく、「重い」と感じられるほど出せた、乗せられたというのは、良いことかな。
これから、ちょうどよく調整していけば良い。

例えば、「まぶしい西日」という歌詞から、「西日がまぶしいシチュエーション」がちゃんと、強く想起された、みたいなことみたいです。

今後に向けて新たな課題曲設定も。

あーでも
ボカロの調教テクを人のヴォーカリスト調教に生かすという発想の話は
出来なかったなぁ。。時間切れで。。

ここに書いたことは、今日の45分のレッスンでの出来事でした
今日も楽しいレッスンだった~!

今日はね

横須賀で髪を切ってから

時間を見て

川崎へ移動

チネチッタで、先から気になっていた映画

「あん」を鑑賞。


「あん」ってさ、どこでもやってる映画じゃないんだよね。

海外の映画祭でも高く評価されたという話なのにさ。


そんで、5月末公開だった?から、

もう7月じゃん? 1日1回しかやってなくて。


もう少し早く来ればよかったな(笑)


全体的にね

良かったんだよ。これを、先に書いておかなきゃならない。


良かったことの理由の、大きな一つは、

安易に泣かせる作りになっていなかったことだと思う。


予想では、

涙ボロボロ、号泣必至

だろうな、って思っていたんだけど

そうはならなくて。


むしろ、最後に「水彩の月」が流れて

割と丁寧な感じで補完されていたというか。


シングル版を先に聞いていたんだけど、アレンジ少し違っていたし、

少しだけテンポ速かったみたいに思う。2番も流れなかったし。


観終わった後の…後味は、

「甘じょっぱい」という感じ。

それで、ちょっと複雑で微妙な香りがあって、

まさしく最高の「あん(あんこ)」の余韻を味わっているような。


泣かされなかったからこそ、

自分の中に一方的にエネルギーが充填された。

スタッフト

中身を入れてもらった。それもまた、あんのように。


中身が詰まっていること、しかも良い中身が、ということは、

安心感があって、何がというわけじゃないけど

幸せな感じがします。

映画、観に行ってよかったな。


少し論点がずれるけれど

映画の価値って

何かな、ってずっと前から考えていたんだよ。


家では長時間テレビを見ない

映画を録画したり、借りてきて観る事もない

それはさ、家という環境で、テレビという小さなモニターを何十分も何時間も見る集中力が

最近無くなってきたわけ。

それは、私にとってそこまで頑張るほどの魅力がないからよ。


でも、本当に観たい映画は映画館で観るよ。

映画は映画館で観たいし、映画館で観たいと思わない映画はそれ以外でもあんまり観ない。

そんな中で、

映画の価値ってなんなのかなって。


今日は少し思った

映画を作る人たちが見つけた、あるいは知っている

映画という形にして残す価値のあるものを

残してほかの人に伝えるためなのかなって


知っている人たちが、

切り取ってフィルターを通して凝縮したものだ

知らない人にも

凝縮したものならば、少しは分かりやすくなる。


ほらここに、残すべき、気付くべき価値があるから

目を凝らしてごらん、耳を傾けてごらん、と

情報を絞り込んで指し示してくれているものだ。


映画に限らず

自分を刺激するもの、感動させるものに会いに行くこと

出不精で、あまり精力的に行っていないけれど

もう少し積極的にいくべきだな。

私の感性が、確実に豊かになったんだ

それくらいの努力は、自発的にしていかないとな



思いました今日。


そして


今日も傘を持たずに出かけて降られました。


梅雨なんだから。


もうちょっと、気を付けないとね。