神戸・独女ライター発「恋愛マッスル!」 -23ページ目

人生の時間

 

 

 

 

今週の水曜、父が入院しました。

 

 

先週の日曜朝に救急車で運ばれ、その後一旦帰宅はしたものの

その3日後に別の病院で即入院との診断。

 

 

この1週間は父にとっても家族にとっても

まさに怒涛の日々だった。

家族みんな衝撃でとまどいながらも、パニクってる暇もなく

入院手続きや病院や関連施設などへの連絡など、準備に奔走した日々。

 

人生でも極めて特殊な、非日常な1週間。

 

ぶっちゃけ、

この1週間で1ヶ月くらいの感覚だったタラータラー

 

※ちなみに写真のケータイは父のもの。病室に持ち込めないので家に持って帰ることに。

新しくなったのが嬉しくて、いつも肌身離さず持っていたんだけどね。

 

 

 

 

このブログでも父や母の写真をたくさん載せているし、

母と旅行や買い物に行ったりと

『仲良しでいいね!!』『親孝行だね〜』とたくさん言っていただきますが

実は、夫婦や親子、姉妹などそれぞれ家族間での口喧嘩も多々あり

その都度、ほころびながらも乗り越えてきた家族でもあります。

 

でも、家族を思う気持ちはそれぞれに同じだと思う。

 

 

毎年、家族の誕生日やクリスマス、お正月やお盆には集まって

家族でお祝いしていた私たち。

 

 

つい先月、4月23日の誕生日に姉からの電話に応える父。

 

 

コロナ禍ですが気持ちだけでも、と

近所にある仕出し弁当の宅配と、美味しいケーキでステイホームなお祝い。

 

 

 

今回の父の緊急入院。

それに加えて、母もちょっと会話がかみ合わないことが多くなり

聴力も衰えてきてる・・・

(右耳は以前から聞こえないけど、左耳も聞こえにくくなってるらしい)

 

昨年あたりから、父も母もぐっと弱ってきたなあと思っていたけど

気づけばかなりまずいレベルになってるガーン

 

 

父や母の異変を

もっと敏感に察知してあげればよかった。

毎月実家に帰省しては身近で両親を見ていたはずなのに、

私は一体なにをしてたんだろう、、、、

 

 

平たく言えばこれは

「両親の介護がはじまった」ということになるんだろうけど、

そんな安易な言葉ではすまされない、

もっと特殊でもっと重い感覚、、、、

 

人生の最期の時間を

なんとか紡いでいくような感覚というのだろうか。

 

 

私がひとつ年をとるたびに

両親はもっと年をとる。

当然、高齢になるほど、心身の衰えは免れない。

当たり前と言えば当たり前だけど、

私はそれを認めたくなくて、見て見ぬフリをしていたのかもしれない。

 

 

 

高齢者は一般的に軽く扱われたり、医療放棄されたりと

そんな話もちらりと聞くけど(もちろんそうじゃないと信じたいムカムカ

これまでの日本を背負って戦中・戦後を一生懸命生き延びてきた人たち。

 

医療に限らず、社会的な孤立や意欲の低下、

高齢者心理への理解など、大切なことはたくさんある。

 

 

最近は父や母の【人生の時間】に

ふと思いをはせることが多くなった。

 

 

私は高齢者こそ、

豊かで幸せな気持ちで生きてほしいと思うし

私自身も人生の最期は幸せな気持ちで過ごしたい。

それは、人間として守られるべき尊厳だと思う。

 

 

日本の医療、介護システム、

こころのケア、医療機関のスムーズな連携、、、

問題は山積みのように感じます。

 

 

 

 

最近、家族のブログが多かったのも

無意識のうちに人生の時間を感じ取っていたからだと思います。

参考までに、、、

↓↓↓

 

◎親もひとりの男と女

◎父への感謝

◎誕生日に想うこと〜切なさと愛しさと〜