dahliaです。
いつもブログやメルマガでメッセージやコメント送ってくれるみなさん
ありがとうございます。
こないだの続き、です
実は女性で母親との関係で
何かしらモヤっとしたことを抱えてる人は多いです。
そしてそのモヤモヤを抱えてる人は
善い人が多い(私の個人的見解)
私の友人知人でもいる。
母親に
子供の時に
私はこうして欲しかった
こう思ってた
って言ってみた人。
だけど母親からは
自分が期待するような言葉はかけてもらえなかった。
これ、本人はとっても傷つく。
勇気を出して切り出してみたのに。
せめてごめんねの一言さえくれたなら、
私の心は晴れたのに、もうそれだけでいいやって思えたのに、ってがっかりした人も何人か知ってる。
私の友人知人でこのケースの人は
本当にいい人が多いので
飲み込んじゃうというか
あぁ、仕方ないのか、、って思う人がいるんだけど
時々思うんです。
そこで反抗しちゃえばいいのに
さらにぶちまけちゃえばいいのに
って。
中にはやった人もいるけど
結果は色々。
でも、実際にやったことに私は拍手しちゃう。
言わないでいたら、もしかしたらその人は
もっと悶々とし続けたかもしれないもの。
で、親はいつまでたっても親であることには変わりないんだけど、言っても聞き入れてくれない親との距離は取ったほうがベター。
なんかね、話聞いてると
近いんです。
モヤモヤしてる母子って。
見た目、すごい仲がいい母子もいる。
中には結婚して家を出たことで
母親との関係に変化が出たって人もいるけれど
その一方で
親に対してモヤモヤしてるのに
実家にいる人もいますが
こっちの方が概ねモヤモヤ率は高い。
この場合は最終的に
苛立ちやモヤモヤを感じてるのは親に対してじゃない、
本当は自分自身にだって気づかないと変化は起こりにくい。
何かあると母親に対する自分の中の感情が再発する
その状況に自らを置いてることに
自分の中の子供が悲しんだり、怒ってる。
というのも、
親が謝ってくれたら、
母親が変わってくれたらって思ってる=主導権は母親にある
ってことになっちゃうので
自分じゃどうしようもできない
と潜在意識で思ってることに等しい。
だから、自分が自分を嘆き怒る。
案外多いんです。
母親から受けた仕打ちは
母親じゃないと埋められないと思ってるケース。
本当はそうじゃない、
大人の自分が自分のことは如何様にもできるんだけど
このことに気づいた人は
親と距離を取ったり
精神的に解放されたり、自立が進むようです。
親は親、自分は自分!って
客観的な自分が出てくる。
中には保育園で働いて小さな子供たちと接することで、可愛い子供たちに毎日自分が癒されて、もう親とのことはどうでもよくなっちゃったって人もいました。
でね、何かしらで
ぶちまけた方がいい、
または別の方法で自分を解放した方が良いって私が思う理由は
変に理解のある大人のふりをすることばかり上手になっても
どこかで疲れちゃう自分がいたら、それは切ない。
親も大変だったんだよ
自分も大人だし
いつまでもこんなことを言ってちゃダメ
前に進もうよ
って
自分の中の良心が出てきて自分を諭しちゃう。
一見すごーく素晴らしい大人の意見なんだけど
こじらせてる場合にこれをやっちゃうと、逆に長引くことがある。
人間ってね、大人になっても
子供の自分の部分ってものがあるわけです。
その子供の自分が反抗するようなら
まだ感情的なしこりがあるということなので
ちょっとずつ自分なりの方法でリリースできたらいいかなぁ。
ちなみに私は昔、母親にぶちまけたことがありますが
(母親はいい人で私を大事に育てて守ってくれた恩人だけれど)
母親には悪いことをしたと思ってるんだけど
あの時、言いたいことを言えて良かった、
親に反抗する自分に育ててくれたことに
母親に感謝してる自分もいます。
親はね、
産んで育ててくれた恩人だから
大事だけれど
自分も大人になったわけなので
親も子もそれぞれ自立して良いんですよね。
本当は逆だったのにね。
子供心配を親がするっていうのが
イツノマニカ子供が親に気を遣ってる。
そういう人だから、はたから見ても
善い人が多いのも当然と言えば当然かもしれないですね。
でも、自分の今の生活、人生を優先させられる間は
まずは自分の望む状況に自分を置いてあげるのがいいかなぁ。
そうすると満足感が出てくるから
親に対しても寛容になってくるし、
何よりも過去に引きずられないで
もっと自分自身に自分のエネルギー注げるので
それが一番いいかなぁ。


