ふと、この人は育ちが良いんだろうなぁと思う瞬間がある。
何気ない一瞬にかいまみえる育ちのよさ。何気ない一瞬にかいまみえる育ちの悪さ。
魚の食べ方が美しい、とかそんな次元の話じゃなくて。バスローブ着てペルシャ猫をナデナデしてるとかそんな次元の話じゃなくて。吉良監督ばりにいつも一升瓶片手にフラフラしてるとかそんな次元の話じゃなくて。
友達にしろ、職場の人たちにしろ、サシでじっくり話していたりすると、あぁこの人は幸せな家庭で大事にかわいがられてきたんだろうなぁと思うことがたまにある。
なんというか、良く言えば素直。悪く言うと単純だなぁと。私なら、そんな簡単にまっすぐ受け取らないなって思う言葉や態度をストレートに受けとるあたりに素直さを感じ、育ちの良さを感じる。
もちろん私も大事に育てられた自信はあるけど、残念ながらあまり良い育ちではないようなので、まずは疑うところから始まってしまう。
例えば、親しげに近づいてくる人にはとりあえず警戒する。たぶん前世はベン率いる野犬集団の一味。憎き赤カブトに一矢を報いることもなく果てていった・・・ウゥッ(泣)
職場でも、やたらと親しげな空気で近づいてくる人がいたりする。なんなんだろうね。
親しげに近づいてくるなら異性がいいです。異性ならなんでも喜びます。犬や猫でも、メスよりはオスが寄ってきた方が、俄然テンションあがります。
話は変態的に飛んだけど、同性に『いや~かおりさん好きだわ~』などと言われても、私の何をどういう風に好きなのかレポート用紙にまとめてくれないと信用できない。
かつて私が山もっちゃんへの愛をレポート用紙2枚分にまとめて送りつけたように。(←まじです)
単に好きだとか仲良くなりたいと言われると、怪しげな商売に引き込まれるとか、こんな私めのどこかにひとかけらの利用価値を見いだしたのだろうかとか思って警戒。
ルールルルと言われて心許して近づいた途端に、正吉くんのじいちゃんが仕掛けたワナに足がガチャーン!キャーン!みたいな悲劇が私におこるかもしれない。(←圭くんしかわかってくれなさそうな例え)
たぶん、大事大事に愛されて育った人は、いちいちそんな警戒心ないと思う。愛されて当然、みたいな間違い。(←間違いって言っちゃうあたりがもう)
いや、でも私だって親とばぁちゃんに大事大事にされて育ったんですけどね。ひとりっこだし、愛ひとりじめ!みたいな。
お下がりなんて着たことねーぜ!オヤツもひとりじめ!ファミコンもひとりじめ!人生ゲームもドンジャラもひとりじめ!(←つまり遊ぶ人がいないだけ)
この通り、いまだにパラサイトして家事もノータッチだぜ!米といだの何年前か記憶にねーぜ!
若くてかわいい子なら、こういうのが『お嬢様』になるのに、私くらいになると『パラサイト』とか『痛い』とか言われるぜ!
貧乏な家庭に育ちつつも、鍋はよそってもらい、焼き肉は焼いてもらい、いい年齢まで魚の骨も取り除いてもらっていたというお嬢様なわたくし。貧乏お嬢様・・・リアルびんぼっちゃま。背中が裸ではないけどな!
びんぼっちゃまというか、一応は女なので・・・『おじょうさま代』の貧乏バージョンで『びんぼうさま代』ってところか。
また話がそれてしまった上に、自分的にうまいこと言えた!的ドヤ顔をお見せすることができず残念な次第。
とにかくまぁ、育ちって結構表に出るから気をつけて!って話。
なんだかんだいって、行き着くところは皇族の人たちは天真爛漫で性格いいんだろうなって話。
ある程度俗世間にもまれてきた人間の天然ぶりっこは信用しねぇけど、皇族の人たちならアリだよな。皇族の人たちなら軽井沢でテニスをたしなむのもアリだよな。
最終的に、私は皇族には寛大って話。