大学入学共通テストで導入される英語の民間試験の是非について議論が過熱しています。
私は入試英語の問題は民間試験の受験料や試験会場の有無ではなく、授業の英語だけでは受験に勝てないことにあると思います。本人が努力をすれば点数を伸ばせる国数社理に比べ、英語は本人の努力よりも環境要因の方が大きな科目です。英語を勉強しなくてもいい子こそ英語が出来る子なので、英語を学ばねばならない時点ですでに負けています。異なる言語環境にあった子供たちの英語の能力を競わせること自体がそもそもナンセンスです。英語を流暢に話せるのは帰国子女やインターナショナルスクール生など裕福な家庭の子供たちが多いので、英語の試験における経済格差を打ち消そうとすると収拾がつかなくなります。
私は大学入試では英語は高卒相当と言われる英検2級レベルの試験を文科省が開発して全国の高校を会場として実費で実施し、その合格をもって高校の卒業資格の一部または大学入学資格の要件とすればよいと思います。TOEFLやTOEICの同等のスコアでも代替できることとすればよいでしょう。入学要件にするのは厳しいように聞こえますが、入学に必要な英語力を満たしていることを条件にするほうが帰国子女と英語力を競い合わせたり、最高得点が英検1級よりも高水準なTOEFLやTOEICを導入してどこまで英語を学べばよいのか不安を煽るよりもよほど公平です。
文科省や各地の教育委員会が、この統一英語試験の合格率が全国どの学校でもほぼ同じになるよう合格率が低い学校の英語の授業を支援すれば、どの高校に通っても必ず英語が一定レベルまで到達することになり、保護者の経済格差による英語力の格差をある程度是正できることが期待できます。合格率が低い学校を非難するのではなく支援すること、合格率を全国一律に見せかけるために試験の難易度を下げないように監視することが重要になります。
卒業要件または入学資格を厳しくする一方で、合格者には高校での一般英語の授業を免除し、希望者には任意で難易度が高い選択英語を履修できるようにすればよいと思います。世界でも底辺の日本人の英語力。英語が出来る生徒からすると退屈の極みで生徒の個性や能力を重んじる教育とは言い難いです。
ある大学受験生の1週間の学習時間の配分を見たら、英語10時間、得意な数学は2時間、国語と歴史は各3時間などとなっていました。外国語は出来るに越したことはないけれど、知恵や知識とは性質が異なるものです。英文科以外を志望しているのに語学の勉強に一番長い時間を割くのは何かがおかしい。定められた英語試験に合格したら好きな科目の勉強に専念出来るほうが良いと思います。英検2級レベルなら高校卒業まで待たずに早々と取ってしまう子もいるかもしれません。幼児英語に反対していた人たちが、大学入試の段になって英語が出来ないために英語漬けになっていたらそれはそれで変な話です。
英語入試騒動、どうなりますことやら。