Slush Tokyoでボランティアをした大学生のお子さんを持つお友達に誘われて、噂に聞くSlush Tokyoへ行ってきました。ウォーレン・バフェットや、村上世彰もIT投資はよくわからないと言っています。正直、私も思いっきり場違いで、何のことやらよく分からなかったけれどそれでいいのです。若者による排他的なイベントで大変良かったです。(尚、会場の若者は皆親切で、見るからに関係なさそうな不審な私にも声をかけてブースを案内してくれました。念の為。) 

どんな風に排他的かというと、まず、ビッグサイトの大奥、東7が会場。ちょっとやそっとではたどり着けません。会場のすぐ外は眩い春の海。潮の香がします。

次に、明るさの感度が落ちている中高年にはキツい黒が基調の暗い会場。展示会といえば昼白色というイメージを覆し、怪しげな赤いライトが辺りを照らしています。若者は夜が好きなんだな~。多分、若者には何ら支障はないのだと思うけれど、私には人の顔も見分けがつきませぬ。眼鏡を買い換えよう。スポンサー企業のビーンバッグで爆睡している若者多し。会場は暗いし、寝心地が良いのでしょう。

そしてとどめは、英語ONLYのイベント運営。Slush Tokyoのウェブサイトにも英語の案内しかないし、会場にも日本語による説明や表記は一切なく、外国人のみならず、日本人同士のステージもすべて英語。英語ネイティブなプレゼンテータが日本人向けにゆっくり喋ってくれる配慮もなく、アジアな英語も飛び交うので、帰国子女や留学経験者でないと全ては聞き取れないのではないかと思いました。

"xxx JAPAN"とか"xxx TOKYO"などの海外の有名なイベントの日本開催は、日本人のために全て日本語化してあげることに価値があったのですが、Slush Tokyoは外国のイベントの雛型をそのまま日本に持ってきただけという潔さ。翻訳・通訳・デザインの日本語対応などをせずに元のテンプレートをそのまま使えるとなれば、運営費用を削減したり、作業時間を大幅に短縮できるので海外の旬のイベントを活きのいいまま日本に持って来ることが出来ます。

私が行った時はちょうど米国の弁護士事務所が次のステップを目指すスタートアップ企業向けに、米国に進出する際の米国法人の設立方法、ビザの取得法、資金集めの手段、投資の回収方法について早口でプレゼンをしていました。かつて渋谷のビットバレーから沢山の国産IT企業が生まれた時は理系なヲタク系社長がほとんどでしたが、Q&Aで質問をしていた若者は海の王子ばりに英語が流暢でした。スタートアップも芸能人みたいにアメリカ・デビューを目指す時代になると日本語でプレゼンをしている場合ではないですね。

ここ1-2年、都心部のちょっと国際色あるイベントでは参加者の7-8割が英語を話すという感触があります。いったいいつまで通訳を入れなくてはならないのだろうと常々思っていました。炎上を覚悟で申し上げますと、英語を話さない人にとっては大変価値がある通訳も、英語を話す人たちにとっては本来のスピーチの時間が半分になってしまう、話の腰を折って勢いを削ぐ、ゆっくりすぎて聞きづらいなど、誰も言いませんが実は大変にかったるいものです。同時通訳を入れると同時通訳ブースの設営、機材のレンタル、通訳者の手配等で半日で50万円以上の費用がかかります。大半の人が英語を分からない場合は仕方がありませんでしたが、一握りの日本語しか話さない人のためにどこまで翻訳をするべきか、その費用は誰に転嫁すべきかはイベント主催者としては悩ましい問題です。いずれ翻訳ロボットが活躍するのでしょうが、それまでしばらくは日本国内においてすら英語が出来るか、出来ないかで情報の機会損失による格差が生まれる時代が少し続くかもしれません。

 

ちなみに参加者の多くが英語話者とわかるのはQ&Aのときです。以前は英語が出来る人も日本語で質問をしていましたが、最近は一人が英語で質問をすると続く質問がみな英語になってしまうことがあります。もともと英語人格は積極的に挙手しがちなので勢いがつくとQ&Aセッションが盛り上がるのですが、日本語しか話せないと却って気後れして益々質問出来なさそうな雰囲気を感じます。一度だけ、Q&Aでマイクを握り「この会場の皆さんは英語が大変お出来になるようですが、ここは日本なんですよ!どうして日本語が出来るのに英語で質問するのですか?英語の会なら来なかった」とプチ切れされた方をお見かけしたことがあります。英語の質問は日本語に翻訳するし、日本語で質問されたらもちろんスピーカに英語に翻訳しているのですが、日本の中の日本語環境が少しずつ脅かされているのは事実と思います。


バブルの頃は、一番いい魚は築地へ、一番いい情報は即、日本語に翻訳されるから英語は必要ないと豪語する人がそれなりの数いました。私が20年前に米国企業の仕事をしていたときは大きな社内会議では英語が下手な日本人・韓国人・イタリア人には同時通訳を付けていました。しかし、通貨危機を経て韓国の若い人たちの英語力は飛躍的に伸び、日本だけが取り残されました。

 

年柄年中、英語教育の是非で揉めていて、なかなかこれといった方向性をガツンと決められない日本ですが、日本のビジネスの世界では遅ればせながら香港やシンガポール、フィリピン、インドなど他のアジアの国々のように仕事での公用語は英語という日が案外すぐそこまでやってきているのかも...と感じたSlush Tokyoでした。