Work Life Balance


日本語に訳してもワークライフバランス


思うに、日本人は"Life"を翻訳できないのだと思います。日本では"life"な感覚が乏しいので、その語感を日本の人に伝えるのはなかなか難しい。


米国に暮している頃、宿題やお手伝いをしなさいと親にガミガミ言われている子供が"there's no life"と文句を言っていました。もちろんこれはやらない本人が悪くて、ふざけて言っているのですがその言葉にハッとさせられました。


Lifeにはいろいろな用法がありますが、WLBのlifeには「人間らしい暮らし」という意味が込められています。仕事が終わって家に帰ったら家族で団欒するその程度のことです。


米国での生活で子供心に一番驚いたのは平日でも、ワクワクするような楽しいことがよくあったことです。サマータイムで日が長いこともあるのでしょうが、学校が終わって宿題やピアノの練習をしたら、夕食を弁当箱につめてコミュニティ・プールのプール・サイドでご近所の人とお話しながらディナー兼スイミングをしたり、晩御飯は庭でBBQだったり。親の運動を兼ねて夕暮れ近所を散歩するだけのこともあります。子供のサッカーや野球チームの試合は平日の6時ぐらいスタートのものも多いので家族で応援に行くこともあります。クリスマスの時期はナイト・イルミネーションを見に行ったり、毎日ではありませんが、平日でも週に1-2度ぐらいは子供が喜ぶようなことがありました。それでも家に帰ってシャワーを浴びて9時前に寝るには十分なのです。我が家は駐在員家庭でしたからもちろん父抜きですけれど、米国人の友達は両親が一緒でよく誘ってくれました。


日本では予定表には仕事の予定だけで、帰宅したらあとはもう食事をして寝るだけで一日が終わっている感覚の人が多いのではないでしょうか。家に帰ったら家での楽しい予定があるような暮らしが"life"だと思うのです。


ワーキングマザーのWLBとよく言いますが、仕事と家事のバランスを指していることが多く、職場でも家庭でもともかく働きづめな様子のlifeは「人間らしい暮らし」というよりはむしろ"there's no life"に近く、言葉の用法に違和感を感じます。


食育雑誌がワーキングマザーが忙しい中で、手早く食事の準備をするための特集を組むというので驚きました。コンビニ弁当を遠足に持たせるのは究極な時間節約とはいえ、手早く食事の準備をしたいと思うのも根本の思想は同じように思います。これはWMを応援している特集になるのか? 8時間の労働時間の中から10分を短縮するのは簡単そうですが、30分の調理時間を20分にする労力は楽になるというよりはさらに凝縮される感じがします。余った10分は何に使うんだろう? そもそも余りなどないのか?手早くすべきなのは調理時間なのか別の時間なのか?


私はWork Life Balanceは楽しく人間的な暮らしの部分を増やそうという考えだと思っていますが、もしもワーク・ライフ=仕事と家事ととらえるならどちらも効率よく圧縮したくなるのかもしれません。同じ食事を作るのに状況によっては楽しくも苦痛にもなりえます。


"ワーク"ははっきりしているのに、"ライフ"の定義の曖昧さ。


この国のワーク・ライフ・バランスはどこへ向かっているのでしょう?