天高く | 脳梗塞と民話語り

脳梗塞と民話語り

よう来なすったなあ~、ゆっくりしてきなっせ~





月・火曜日はブログ定休日だよ、

気温は多少おかしくとも

   植物は素直にその季節になると花を咲かせたり、実を付けたりします

     新聞などではサクラが咲いてしまったとの報道もされていますが


まったいがいは順調に節の物が咲いているようです

  ウオーキング終わって汗びっしょりの俺を出迎えてくれるのは

  


   アメリカハナミズキの赤い実

       ちょっと紅葉した葉と赤い実と、それにどこまでも青い空




     







     


秋空って感じの空ですね

   天高く馬肥ゆる秋の空って感じがします


若い女性なら感傷的にもなるんでしょうが

   還暦過ぎた爺さんには縁遠い響きになっております


空気も乾燥してくると見えてくるのが

   日本一高い富士のお山、そう富士山ですね


何度か飛行機から写真をと、挑戦してみるが

   いつも上手く撮れないで居るんですよ


そのうちに劇的なところをパチリって収められたらいいな

   そんなことを思っています


だって脳梗塞になった今、富士山に登れと云ったって無理だもんね

   子供が小さいときに何度か登っておいて良かったと今になって思うよ


でもテレビで良く流している大菩薩峠からの富士山

   一度アレは見てみたいと思ってんだ、方法を考えてナ


何かしたいと思っていれば

   何かの希望が少しでもあれば

      考えたり、工夫したりして身体は思うようにいかなくとも


かならず叶えられると俺は思っている

   夢や希望は生きている限りもっていなけりゃ駄目だと思うよ


例えそれが人からみて、叶えられない夢だとしても

    叶えられるんだと信じて希望を捨てなければ

       絶対に叶えられると俺は思っている


恐ろしいのは、夢を希望を持つ前に自分の心で


    そんなことは絶対無理と云って諦めてしまうことなんだと思うね


倒れた当座は夢も希望もなく

   失意のホントどん底にいた


でもそこからはい上がってきたら

    もう恐い物など無いんですね


手足が二本づつある人に出来ることが

    なんで俺に出来ないことがあるカー、てんで


やって来た結果が今ある自分なんでしょうね

    良いか悪いかは分からないが


一度しか生きてはいけないんです

   健常者だって一日は一日です


時間はみんな平等に分け与えてくれている

   だとしたら、不自由な部分は人の助けを借りてでも

       どんどん出掛けていって楽しく生きていかなければつまんないじゃないか


96才になる聖路加病院の日野原先生だって同じ一日なんです

   『 一日一日が連なって一生となる』 


今こうして書いているあとから過去になっていって居るんですよ


   酷な言い方すると、死に向かって突き進んでいるわけだから


      ボーとした一日を過ごせば、ボーとした一生になっちゃうかもね


楽しく過ごそうよ 


   与えられてる時間を大切にしてサ




                         kanya-suzu