性別による合否判定の操作は許容されるのか | 福岡の弁護士|菅藤浩三のブログ

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 東京医大で文科省の局長の息子を裏口合格させて捜査が開始された事件の余波で、10年近く女子受験者の得点を意図的に一律で減点していた事実が発覚した。意図的操作の動機は、育児や出産で医師を辞める例が多い女性の合格者数を抑えて医師不足を防ぐ目的にでたもののようで、ワイドショーや新聞はトンデモナイと怒り心頭の様子。
 ところで、医学部入試にあたっては、ペーパーテストの点数の良しあしのみで合否を決めなくてもよいという裁判所がお墨付きを与えた事件があります。
 個別学力検査及びセンター試験の合計得点では、合格者の平均点を超えていながら、なお不合格になった人がいます。この人が、
群馬大学医学部を不合格にされたのは受験時点で55歳だったという自分の年齢が理由としか考えられず、年齢による差別は憲法違反であると医学部入学許可命令を求めたというものです。結果、東京高判2007/3/29判タ1273号310頁ではその人の請求は棄却されました。裁判所は医学部入試の合否判定で年齢を考慮するのは合理的と説示しているのです。検討されるべきはその理由づけの部分です。


 文科省は公私立問わず大学に入学者選抜実施要領を通知しています。年によって表現は微妙に変わりますが、たとえば2019年度の分にはこう明記されています。

 「各大学は入学者の選抜にあたり、公正かつ妥当な方法によって入学志願者の能力・意欲・適性などを多面的総合的に判定する。その際、各大学は、年齢・性別・国籍・家庭環境などに関して多様な背景を持った学生の受け入れに配慮する。」
 なぜ棒線を打ったかといえば、個別学力検査やセンター試験の成績の良しあしがワンアンドオンリーの合否判定基準ではないことを文科省も許容している節があるからです。
 わかりやすい例を言えば、地方医学部に他学部にはない地域枠が設けられているのもこの例です。受験生の出身地域を理由に、合格得点に差を設けることが許容されています。
  医学部の場合、履修者が国民の健康を護るインフラになることを宿命づけられている職種であることがその動機でしょう。もっとも、国民の健康にかかわるインフラとしては、看護師も薬剤師もその他の国家資格者も近似な存在であるのですが、医師は一人前になるまでに多大な費用を養成する側も投下する必要があるため、特別扱いを許容されているのでしょう。もし地域枠が無ければ田舎のインフラは回らなくなります。
 年齢に関しては例えばハンガリー医科大学のFAQには「Q:入学に年齢制限はありますか?A:法律的には年齢制限はありません。ただし、どの大学も30歳以下が望ましいですが、個々人の資質によります。高い学力(特に生化学)や医薬系の経験などがあれば、年齢制限にかからないケースもあります」と、暗に年齢制限があることをほのめかしています。
 群馬大学医学部の当時のFAQにも「応募に年齢制限はありません。制限があるとすれば、あなたの知力体力気力です。しかし、医師として活躍するには、6年間の過程に加えて、臨床研修2年間も含め卒後10年間くらいの経験が必要であることを考慮してください」と明記していました。
 

 件の東京高判2007/3/29は「入学試験における合否の判定にあたり、憲法および法令に反する判定基準、例えば、合理的な理由なく、年齢・性別・社会的身分などによって差別が行われたことが明白である場合には、それは入試の目的である医師としての資質・学力の有無とは直接関係のない事柄によって合否の判定がされたことが明らかということになり、他事考慮として、大学に与えられた裁量権を逸脱乱用したものとなる」と説示しつつも、群馬大学医学部のFAQに記載された一人前になるまでの養成期間を考慮することは合理性があるから、受験者を合理的な理由なく単に年齢によって差別したことにはならないと結論付けました。
 つまり、1人前の医師を育てるまでに卒業後10年の年月とそれだけの多額の費用を要するところ、そこまで手間と金をかけるのは育成した医師に社会貢献させるという使命があるためで、10年かけて育成したのちの人物が医師として社会貢献できる期間がどのくらいあるかを検討して合否判定を出すのは許されるという司法判断が下されたのです。

 では、女性は結婚や出産で医師を辞めがちなので、医学部の門戸で一律に減点するという措置は合理的な理由があるといえるのでしょうか。あと何年第一線で働けるかを推測しやすい年齢と異なり、医師になったどのくらいの女性が育児や出産で辞めがちなのかハッキリせず、そもそも結果的に結婚や出産をしなかった女性(昨今はそういう人も増えてきてます)からすると、まさにいわれなき減点にあたるので、原則として、一律の性別による合否判定の操作には合理性は見出しがたいでしょう。
 

 弥縫策として、募集要項に「当大学は、合否判定の際に年齢・性別も含め総合的に考慮します」と明記しておけば、受験生にとってはアンフェアではなくなるけれども、そもそもその募集要項の記載自体を文科省が許諾しないおそれがあります。

 さらに付加すると、性別による合否判定の操作を知らぬまま、過去10年近くギリギリの得点で落ちて医者以外の人生を選択することになった女性受験者がこれまでもたくさん存在するわけで、その人に対する補償は全くなされないまま謝罪で済ませるのかも今後の大学の対応として注目されます。おそらくまともな対応策が見当たらずほうか無理でしょうけど。

 

 最後に、性別による合否判定の操作を今すぐ無くした場合にどういう状況になるかを推察して辛口で記事を終えます。

 性別による合否判定の操作が例えば2019年から完全に無くなると、間違いなく多くの医学部合格者での男女比率は1:1くらいに接近します。つまり医師になる男性が減ります。
 現在の医療現場では、常軌を逸脱した、医師の犠牲で成り立っている部門もあります。個人の知己で恐縮ですが、ある大学教授は48時間徹夜で臨床したのちに朝からの会議に臨んでました。科によっては当然なようです。
 こんな常軌を逸脱した現場で、育児や出産という普通の生活と医師の激務を両立しろというのは無理に等しく、依然として女性医師の離職率は男性医師より高いままでしょうし、ERや小児科や産婦人科や循環器科など激務が宿命つけられている科を志望する医師は男女揃ってますます減ってしまうでしょう、残った男性にも過重労働が課されることがあきらかですから、男性も多忙になる科を避けがちです。女性医師が増えると、眼科・皮膚科・耳鼻咽喉科・内科と美容整形ばかり増えてしまいそうです。

 結果として、医師不足により閉鎖したり縮小する医療現場も頻出せざるをえないように思います。そうしなければ、医療現場に残る医師がパンクして精神疾患や突然死が続出するだけでしょう。結果として、医師の合格者数が激増しなければ、国民に対する医療サービスの供給量は急激に低下することにならざるをえません。ちなみに、女子医大を増やすのは赤字病院を増やすことになりかねないようです。
 

 人によってはこれを医療インフラの後退と呼ぶかもしれません。
 しかし、現在の医療現場が、特に女性医師に出産や育児といった普通の生活を、並外れた家族の協力や忍耐がなければ許容しない極限状態で運営されている状態が改善されないことのほうが問題なのです。これを解消するには、弁護士激増と同じく、圧倒的な数の医師を増やすしかないです。
 女性医師が結婚や育児でリタイアするのは医師という仕事が嫌いになったからではなく、現在の臨床現場では、両立するには超人的な個人の努力を求められてしまうからです。つまり、諸悪の根源は、女性医師のライフスタイルに対応できていない苛酷な臨床現場がなかなか改善されていないところにあります。
 
 「性別による合否判定の操作はあってはならない」、この言葉を吐き出すメディアは、医学部を受験する女性を喜ばし、女性の人権に敏感な人には当然の結論ではあります。しかしこの言葉は、現在の医療現場の下で医療サービスを受ける市民にとっては医療サービスの供給量を急減させることになることも伝えるべきでしょうし、さらに言えば、医師だって超人ではないのだから、そのような事態を国民は受け入れるべきところまでメディアは言及するのが正しい姿だと思うのです。
 

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