不動産は商事留置権の対象となる | 福岡の弁護士|菅藤浩三のブログ

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 下級審が割れていた中、とうとう最高判2017/12/14がでました。
この判決は不動産への抵当権を行使して債権回収を図る金融機関には悪夢でしょう

 まず、商事留置権(商法521条)とはⅰ当事者双方が商人でありⅱ商行為によって生じた債権が弁済期にある場合ⅲ債権者は商行為により自己の占有下にあるⅳ債務者所有の有価証券又は【物】をⅴ弁済を受けるまで留置することができる、という担保物権です。
 民事留置権(民法295条)との違いは、α民事留置権の場合は債務者所有である必要はない、β民事留置権の場合留置物と被担保債権との牽連性を必要とするが商事留置権は牽連性を不要とする、γ債務者が破産すると民事留置権は消滅するが(破産法66条3項)商事留置権は特別の先取特権として存続する(破産法66条1項)、というものです。
 

 さてなぜ悪夢なのか、事例を使って説明しましょう。
【金融機関Xは食品会社A社に1億円を貸して、食品会社A社所有の更地に抵当権を設定した。土地の更地の価値は8000万円。A社は建設会社Y社に更地上に5000万円の工場建築を注文した。Y社はA社の注文に即して工場の8割ほどを作り上げたが(わかりやすくするために建物の所有権はA社に帰属するも、請負代金支払時期は全額完成後引渡時だったとします)、なんとA社に人が死亡する食中毒が発生しA社の売行が急激に悪くなりA社は破産した。Y社は代金回収できるまでこの工場と敷地を占有し誰にも引き渡さないことにした。金融機関XもA社に貸した1億円を回収する必要があるので抵当権に基づいて競売を申し立てた】

 Y社としては、建物にだけ商事留置権を主張できても敷地に対して商事留置権を主張できないならば(否定説)、敷地の買受人から不法占拠人として建物収去土地明渡を求められることになる。みすみす建物収去土地明渡を拒否できなければ請負代金回収はおぼつかない。そして建物に対する請負代金請求権は敷地との牽連性はないが商事留置権の成否にとってそれは不要である。
 従って、敷地に対して商事留置権を主張できるかどうかはY社にとって5000万円×80%の出来高請負代金を回収できるかどうかの死活問題である。

 他方、Y社が敷地に対しても商事留置権を主張できるならば(肯定説)、たとえA社が破産しても商事留置権は消滅しないし、また、担保競売によっても消滅せず買受人に対しても商事留置権を主張できる結果、買受人は事実上A社の請負代金全額を弁済しなければ競落物件を利用できない(民事執行法59条4項)状態に置かれる。それを踏まえて、競売の際には当該担保物件の価値から被担保債権額を控除して評価する。
 その結果、敷地の担保価値が低下し極端な場合には無剰余取消に該当し(民事執行法63条)、競売自体を進めることができなくなる。
 従って、敷地に対して商事留置権が成立しないかどうかは金融機関Xにとって融資額を幾ら回収できるか、さらには例えば敷地の価値が被担保債権の金額を下回るようなケースでは(安い土地に高い工場をつくるなど)そもそも担保権実行による土地の換価手続をとることができるかどうかの死活問題である。
 
 かくして商法521条の【物】に不動産が含まれるのかが、バブル崩壊後、競売申立をしまくった金融機関と、請負代金を回収し損ねたゼネコンとの間で、し烈に争われて、肯定説・否定説それぞれに立つ裁判例がでてきたのです。

 例えば、否定説に立つ東京高決2010/7/26金法1906号75頁はこう説示しました。

「商事留置権は継続的な取引関係にある商人間において、流動する商品などについて個別に質権を設定する煩瑣と相手方に対する不信表明を避けつつ、債権担保の目的を達成することにより、商人間の信用取引の安全と迅速性を確保することをその制度趣旨とするものである。商事留置権は債権者が債務者の所有物を占有していることを要件とした一種の浮動担保と理解することが可能であり、不動産に関しては継続的な取引があるにしても、債権者がその都度債務者の所有不動産を占有することは通常考え難いことも斟酌すると、商事留置権はあくまで動産を対象としたものと考えられる。」

 文理解釈からは弱いと言われつつも、これまで否定説は不動産執行実務では根強く支持されてきました。
その理由は、肯定説に立つと、抵当権が成立した後に商事留置権が発生し抵当権実行による回収額を減ずる事態を容認することになり、金融機関に予測も回避も困難な多額の損害を及ぼしかねず結果として融資実行に消極的になりかねないこと、占有以外に公示方法のない担保権ながら公示している担保権の実行にまんまと介入できる状態を招来し公示主義に立脚する担保法秩序を大きく乱すこと、建物の請負人が契約締結時に抵当権の設定されている敷地の換価代金からまで優先的に請負代金を回収しようという意思や期待を持って請負契約に入ることは稀であること、建物の請負人には不動産工事の先取特権を土地に対して取得するという代替措置もあるのだから先んじて土地に抵当権を設定した金融機関よりもその先取特権を先行して取得公示しなかった請負業者を優先させる理由がないこと、このような価値判断が下されてきたからと思われます。
 私も金融機関サイドでこの論点で実際にやり取りしたことがあったので(その際は勝訴しましたが)、今回の最高裁の判断にはなぜ全員一致なの?と不思議でかなわず、昔を思い出して記事を書き留めました。
 なお弥永真生先生の『リーガルマインド商法総則・商行為法』は[Y社の敷地占有は商行為による占有開始に該当しないのではないか][そもそも請負業者はどの程度の行動をすれば敷地占有していることになるのか]など付随論点にもさりげなく触れてコンパクトにまとまっていますので必読です。

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