安倍政権がとりあえず今夏の参院選後に目指しているのは憲法96条1項だけの改正です。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130501-OYT1T01659.htm
現在の憲法96条1項は憲法の条文を改正するためには次の①+②の要件をクリアしなければならないとしています。なお私の説明では憲法と国民投票法(奇しくも、平成19年に第1次安倍政権で成立した法律です)をミックスしています。おそらく普通選挙と一緒に憲法改正投票をすることはないでしょうから(選挙権の年齢枠が異なるので)。
①衆議院・参議院それぞれの総議員(≠出席議員)の3分の2以上の賛成による、改正原案の発議
②国民による国民投票法に基づく改正原案に対する有効投票数(≠18歳以上の有権者総数)の過半数の賛成
※②について最低投票率は設けられていません。また、投票総数ではないので白紙投票や無効票はカウントに含められません。
安倍政権はいま、①を両院それぞれの総議員の2分の1以上に緩和することを企図しているようです。今夏の参議院選挙が①を充足できそうな千載一遇の機会ですから、まさに機を見るに敏でしょう。
ところで①の要件がなぜ設けられたのかについて、単純に日本の再軍備化をおそれたGHQの押しつけだったのかを考えてみました。
第1に、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続要件はⅰ天皇の勅命による発議ⅱ衆議院・貴族院それぞれの総議員の3分の2以上の出席による議事ⅲそれぞれの議事における3分の2以上の多数の賛成、となっていました。
つまり、国民主権ではないのだからⅰと②が違うのは当然としても、①に比べるとⅱ(3分の2)×ⅲ(3分の2)=総議員の9分の4でも改正可と緩和されてはいますが「3分の2」という数字自体は大日本帝国憲法を参考にしており、必ずしも押し付けとは言い難い面もあります。
第2に、通常の法律よりも厳重な改正手続を要求するものを硬性憲法といいますが、ほとんどの近代憲法は硬性憲法を採用しています。
その理由として、国民主権下では最高法規である憲法改正に国民を直接参加させるのが当然といえること、人権の保障は特に少数者の権利を保護することに意味があるのだから通常の多数決に拠っては憲法改正できるとすると人権がより損なわれやすくなること、近代憲法は国家権力の行使を厳しく制限する最高法規であるから、国民や議員にそれなりの反対がある中で押し切って改正されるべきでなく安易な改正は避けられるべきであること、があげられます。
第3に、じゃあアメリカはどうなっているかというと合衆国憲法第5条(Article V)を参照してみましょう。
1stステップの議院での発議は上院と下院の投票で、定足数の3分の2によって修正原案を提案することになってます(もう1つ、憲法議会による場合がありますが)。
ただし2ndステップの修正原案の決議の方は、合衆国ならではで、4分の3以上の洲によって批准されることを求めています。
結構、2ndステップのハードル高いですぞ。
私が注目したのは第2の理由で、仮に今夏の参院選後に2分の1でよいという憲法96条改正が通過したとき、ねじれ国会以外の場面では国会では改正原案の発議は常にクリアされて国民投票がその時々の政権下で実施されてしまいがちという状態が生み出されます。
そんな頻繁に憲法改正の機会を作り出すことを国民は真から望んでいるのでしょうか。
世論調査によると不思議なバランスを国民は持っているようで、憲法改正には多数派が賛成だけど、憲法96条改正には多数派は反対という結果も公表されています。世論調査の信ぴょう性は不確実ですが。
http://mainichi.jp/select/news/20130503k0000e010141000c.html
私が正直、不安なのは、憲法改正に関する国民投票の実施方法が一括方式ではなくても個別条文ではなく、内容において関連する事項ごとに区分して国民の賛否を問う形になっている中で(国民投票法)、改正手続のハードルのみを下げてしまうことです。
今の自民党憲法改正草案を読むかぎり、さすがの私の目からもイッチャッテル部分があるので、どんな枠づけをされるか、心配です。
また、②については上記※のとおりけっこう緩めの要件を設けてしまった以上、①まで緩めてしまうと、なし崩しの改正が続発する気もしてなりません。
そのあたりの問題点を拾い上げたブログをUPしておきます。
http://shizuku5342.blog45.fc2.com/blog-entry-151.html
憲法記念日の今日、こんなことを考えた朝でした。
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