遺言無効確認請求事件を巡る諸問題 | 福岡の弁護士|菅藤浩三のブログ

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 判タ1380号で東京地裁の複数の裁判官が複数の論点を整理した論稿が掲載されていましたので、備忘的にポイントをまとめてみました。
 ただし全てのポイントは網羅していず(例:渉外遺言)、自分にとって有用な部分しかピックアップしていませんのでご容赦ください。


 特に、この論文で紹介されている、訴額算定方法・訴状例・訴状チェックリスト・文書送付嘱託申立例は、遺言無効を主張しようとする原告側弁護士にとって実務的に有用なひな形といえます。
 

 それから、この論文は、2006年の判タ1194~5号で大阪地裁の複数の裁判官が複数の論点について事例判断を整理してくれた《遺言無効確認請求事件の研究》と併せて活用すると、効果は倍増します。


第1ア:訴えの利益
  遺言者がたとえ心神喪失の常況に陥り回復する見込がなく、生存中の遺言撤回の可能性がない場合であっても、遺言者の生存中に遺言無効確認を求める訴えはできない(最高裁1999/6/11 判タ1009号95頁)。


第1イ:当事者適格
  遺言執行者がいる場合の、被告は遺言執行者である(最高裁1956/9/18 判タ65号78頁)。

  ただし、遺言執行後の抹消登記手続請求は遺言執行者がいても受遺者を被告とすべきである(最高裁1976/7/19 判タ340号153頁)。


第1ウ:その他手続的関連事項

 1、遺言無効確認の訴えは固有必要的共同訴訟ではない

 2、遺言無効確認の訴えは家裁の調停前置主義の対象となる(家事事件手続法257条1項、旧家事審判法18条1項)。

 3、被告の住所地及び被相続人の相続時住所を管轄する地裁又は簡裁となる⇒遺産分割確認訴訟の管轄は家裁ではない


第2、訴状記載にあたり検討すべき事項

 1、遺言無効の確認を求める原告が主張すべき事柄は、突き詰めれば①(無効と考える)遺言の存在②遺産が被相続人所有であること③被相続人の死亡④原告が相続人であること、この4点である。

 2、遺言が無効であることの主張立証責任は原告になく、遺言は有効に成立したと主張する者(一般に被告側)に、遺言が有効であることの主張立証責任が要件事実の上では発生する

  しかし、遺言無効の具体的な原因として何を考えているのかも、原告から訴状に具体的に記すことで、争点の早期把握が容易になる。

 3、訴状には、少なくとも遺言書・相続財産目録(できれば登記簿謄本や預金通帳など)・戸籍謄本・相続関係図を証拠添付すべきである。


第3ア:遺言能力の有無が争点になる場合

 ①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否内容程度

  よく利用される証拠は、遺言時やその前後の診断書・HDS-RやN式老年者用精神状態尺度や柄澤式老人知能の臨床判断基準など精神心理学的検査結果・担当医師の供述・遺言後の後見開始審判における精神鑑定。

   そのほか、入院記録や看護記録・遺言時の状況に関する公証人や立会人などの供述・同居者の供述など。


 ※ⅰ、東京地裁では、遺言者の生前の医療記録を他の相続人の同意なく裁判所に送付嘱託に応じて開示しても、医療機関が個人情報保護法違反を云々されることはないと解釈している様子。


 ※ⅱ、医師が裁判所からの照会に対して黙秘権を行使できる秘密とは、一般に知られていない事実のうち、専門家に事務処理を依頼した本人が、秘匿してもらうことについて単に主観的利益にとどまらず、客観的にみて保護に値するような利益を有するものに限られる(最高裁2004/11/26 判タ1169号138頁)。

    従って、遺言能力の有無が争点となった場合、公証人もまた職務上の守秘義務を理由とする黙秘権行使はできない(東京高決1992/6/19判タ856号257頁)。医師も同様に考えてよいのでは。


 ※ⅲ、電子カルテは準文書(民訴法231条)に該当するため、電子データ自体でなくこれを印刷した文書を裁判所に顕出してほしい。


 ※ⅳ、医師は多忙なので出頭でなく書面尋問(民訴法205条)を利用することも多いが(書面尋問については判タ1316号の論文が有用)、書面尋問の内容すりあわせがかえって煩瑣な場合には、そもそも書面尋問を採用すべきでなく、実際に喚問すべき場面ともいえる。


 ②遺言内容それ自体の複雑性

  遺言内容それ自体と遺言者の日常の知的能力との相関性を探る。

 ③遺言の動機理由(遺言者と受遺者や相続人との交際状況や遺言に至る経緯)

  相続人をないがしろにして受遺者を厚遇することが自然か、あるいは、そのような遺言をその時期に作成することが余りに唐突でないかなど。
  よく利用される証拠は、遺言者の日記やメモ、生前の遺言者との交際状況に関する供述。


第3イ:遺言書の偽造や遺言者による自筆性が争点となる場合

 ①筆跡の同一性

  よく利用される証拠は、遺言書と対照すべき(民訴法229条)遺言者の日記やメモといった生前の文書、筆跡鑑定書。

※ⅰ、筆跡は個人の日ごとの感情に左右されたり、時間の経過によっても同一人物の筆跡が変わるなど、個体格差の大きいものである。
  従って、筆跡対照文書はできる限り多いことが望ましい

※ⅱ、私的鑑定書では中立性や専門性が疑問視される。
   料金を支払った依頼者に迎合した意見が述べられていたり、採用された経験則が確立したものか判然としないことや、結論を導くあてはめが半ば恣意的と思われることも珍しくない。

※ⅲ、裁判所の筆跡鑑定ですら科学的に確立した手法とまでいえないこともあり、筆跡鑑定の結果のみで直ちに筆跡の異同を判断することには慎重にあるべき。


 ②遺言者の自書能力の存否や程度

  よく利用される証拠は、遺言書と対照すべき遺言者の日記やメモといった生前の文書

 ③遺言書それ自体の体裁や複雑性

   用紙・筆記具・朱肉・インクの濃淡・言葉づかい・文章形式など

 ④遺言の動機理由など(第3アの③と同じ)

 ⑤遺言書の保管状況と発見状況が自然かどうか

   自筆証書遺言は証人が不要なので、いつでもどこでも作成できる利便な一面、死後発見されない危険性も高い属性がある。


第3ウ:方式違背が争点となる場合

 1、カーボン紙使用による複写の方法で記載した遺言書も有効(最高裁1993/10/19 判タ832号78頁)。


 2、遺言書の日付が真実の作成日と相違していても、真実の作成日が遺言書の記載その他から容易に判明する場合には遺言書はなお有効(最高裁1977/11/21 )。


 3、昭和41年7月吉日という記載は、真実の作成日が特定できないので遺言書は無効(最高裁1979/5/31 判タ389号69頁)。


 4、遺言書に押印が欠けていても例外的に有効な遺言となることもある(最高裁1974/12/24 判タ318号234頁)。


 5、遺言書本文に押印が欠けていても、封筒の封じ目に押印があれば有効な遺言である(最高裁1994/6/24 )。


 6、記載自体からみて明らかな誤記の訂正は、民法968条2項の所定の方式に拠らずにそれがなされていたとしても、遺言を無効にするものではない(最高裁1981/12/18 判タ467号93頁)。


 ☆公正証書遺言と共同遺言に関する裁判例の紹介は割愛します。


3エ:遺言の内容自体が公序良俗に反しないかが争点となる場合
 遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究する必要がある。
 だから、遺言書の特定の条項を解釈するにあたっても、当該条項と遺言書の全記載との関連・遺言書作成当時の事情・遺言者の置かれていた状況などを考慮して、当該条項の趣旨を確定すべきである
最高裁1983/3/18 判タ496号80頁)。


4、和解勧試における留意点

 1、遺言無効確認請求で原告が勝訴する場合(=遺言が無効の場合)、引き続き遺産分割協議が控えていることになる。
 遺産分割は家裁の専権で、地裁や簡裁で訴訟上の和解として遺産分割を行うことは許されないので、もし訴訟上の和解で遺産分割まで終局解決する場合には「遺産を分割する」ではなく「遺産を分割することに合意する」と表現しなければならない。

 

 2、他方、遺言無効確認請求で原告が敗訴する場合(=遺言が有効の場合)、遺留分減殺請求も予備的に主張されていることが多い。
  予備的主張の部分もまた終局解決には話し合いを要する事件であり、
遺産が現金以外の現物分割しにくい不動産だったり、株券など複数の資産に分かれているときは、その分け方も意識して和解協議を勧めていなければならない。


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